手口は似ていると警部は思う。――
手口は似ていると警部は思う。
後ろ手に縛られ、頭を二発。これは外部に漏らしていないが、ふたりはまず一発撃たれて地面に倒れ、とどめに二発目をもらっていた。そして、犯行に使われた銃はピオスコ巡査のものだった。銃はダレッサンドリのものは運転席の下に、ピオスコの銃は後部座席のシートで発見された。回転式で弾倉には六発の弾が込めてあったが、ピオスコ巡査の銃は四発が発射されていた。犯人は銃を発射したときに銃弾に残る旋条痕のことを知っていたようだ。銃身の内側には弾をまっすぐ飛ばすのに必要な溝が螺旋状に彫ってあり、そのときに弾に残る傷痕は旋条痕と呼ばれ、指紋と同じくらい特定が簡単なのだ。そのことを知っているのは警官か憲兵、推理小説の愛好家、そして、狡猾な犯罪者だ。
犯人はふたりの警官を自分の銃で脅した。そして、複数なら相棒が、単独ならふたりのどちらかに一方を縛らせてから、単独犯が残りのひとりを縛る。そして、脅すのに使った銃はしまい込み、ピオスコ巡査の銃を犯行に用いた。鑑識は銃にはピオスコの指紋の他に革手袋らしい跡を見つけている。犯人は少しも慌てず、入念に準備して、冷静にふたりを射殺したのだ。
「サリエリ女史の事件は犯人は自分の銃を使いました。それ以外はほぼ同じです」
だまされて車でさらわれ、郊外で後ろ手に縛られ、頭に二発。一発は倒れてから。
「わたしはサリエリ女史とサント・ヴェッキオの事件を調べていました。ヴェッキオはサリエリ女史に会って取引をしたいと告げたが、ヴェッキオはあらわれなかった。そして、翌日、サリエリ女史は誘拐され、二日後に死体で見つかった」
「ああ、思い出した。ひとり、執念で事件を追い続けている憲兵中尉がいるときいたことがある。あなたのことでしたか」
「わたしは彼女の死に責任があるんです。彼女を追い詰めたのですから」
「人の死の責任を負えるのは神だけですよ」
「そうかもしれない。ですが、この世界は神の狂気の産物です。ひとりの女性を誘拐し、手を縛り、頭を撃ったやつが、いまものうのうと生きている世界が純粋で智慧にあふれ、完璧につくられたものであるはずがありません」
若いな、と警部は思い、〈翼〉葉巻をつけた。包み紙には砂漠の上を飛ぶ飛行機が描かれていた。子どもたちはみな空を飛ぶか、自動車を非常識なくらいのスピードで運転する職に就きたがる。
「それで」紫煙をくゆらせ、警部はたずねた。「あなたは今回の事件とサリエリ女史の事件が同一犯であると思っているわけですね」
「ある意味でそうです」
「ある意味とは?」
「同一の人間、あるいは同一の組織に属する複数の人間ということです。あなたは〈叔父〉が実在すると思いますか?」
警部は苦笑した。「火を吹くドラゴンはいるかとたずねるようなものですよ。見たことがない以上、いるとはこたえられません。おとぎ話の産物ですよ。復讐を誓った若き剣士。男爵。さらわれた姫君。沈黙を守り、道理を暴力で通す人びと」
「あなたはいないと思っているわけですね」
「そこの取調室に移動しましょう」
警部はドアを閉め、言った。
「〈叔父〉について話すときは慎重に話すものですよ、中尉」
「おとぎ話の産物を恐れるのですか?」
「火を吹くドラゴンがいると簡単には信じられない。だが、もし実在したら、とんでもないことになる。いいですか、中尉。やつらはどこにいるのか分かりません。あまりにも秘密を厳守するので、誰が〈叔父〉なのか分からないのです。〈叔父〉だと思っていた男がそうではなく、これは〈叔父〉ではないなと思っていた男が〈叔父〉であるといったことも起こりうる。あなたはサリエリ女史とふたりの巡査は〈叔父〉に殺されたと言われる。結構。ですが、どうするのです? 正体も分からない相手にどうやって手錠をかけるんです? サリエリ事件は迷宮入りして捜査は打ち切られた。〈叔父〉がかかわっているのかもしれない、引き金を引いたのかもしれない。だが、彼女を恋慕した頭のいかれたやつがやったという可能性もある」
「やつらはサリエリ女史の書物庫を焼いた。書物庫のもたらす事実を恐れ、それ以上にその事実を自在に引き出せる彼女を恐れた。こうした事実を踏まえて考えてください。ふたりの巡査も頭のいかれた男がやったとお思いですか?」
「可能性は排除できないな。〈石の棺〉市でそんな大それたことをやるやつはよっぽど頭が変になっているらしい」
「あるいは十分に守られているからこそ行える」
「〈叔父〉と政治家の癒着についてはあまり言い触らさないことだ、中尉。その手のおこぼれがまっとうな市民のくちばしを潤していることもあるから」
「犯罪に特化した秘密結社のもたらす利益を得ることが市民と言えるのですか?」
「だが、〈月の丘村〉の乳製品工場は数人の政治家と〈叔父〉がもたらしたものと言われている。第一候補地で火災が起きたからと」
「〈叔父〉が火をつけたとお考えですか?」
「そう判断する材料はあまりない。火災調査官も完全な事故だと言っている。だが、〈月の丘村〉の乳牛持ちはみな、自分たちの知らない力が働いて、乳製品工場がもたらされたと思っている」
「今度の事件はどうなのです?」
「そう結論を急がないでくれ。あんな手慣れた殺人は〈叔父〉が関わっているかもしれないし、あるいは国王の手先が生きていることが我慢ならん革命家たちの仕業かもしれない。我々には軽々しく断定ができるほどの材料は集まっていない。だいたい、サリエリ女史の殺害方法はセンセーショナルだったから、たいていの新聞が書いている。ひょっとすると、サリエリ女史の事件とあえて結び付け、警察を間違った証拠へと誘導しているのかもしれない」
「可能性は無限にあるとおっしゃるのですね?」
「そうではない。ただ、いくつかの可能性が生じているから、サリエリ事件とのつながりだけを重視はできないということだ。きみはそもそも〈叔父〉と思われる人間の名前をひとつでも挙げられるのかね?」
「それは——まだです」
家父長的度量で包み込まんと、警部は中尉を諭した。
「ともあれ、これは難しい事件だ。犯人が犯罪慣れしていて、ひょっとすると殺人慣れしている可能性だってある。初めてとは思えない手際の良さだ。仮にこの事件がサリエリ事件と同じ性質のものなら、ふたりの巡査は何かを探り、ある人物にとって都合の悪い真実に近づいて殺されたということになる」
「下院議員のコラーゾ氏は犯人逮捕につながる情報に懸賞金を出すそうですが、そのことについてはご存じですか?」
「初めてきいたな。彼の新聞社が発表するのか?」
「ええ。今日の夕刊で」
「それはあまりよくないな」
「なぜです?」
「つまらない情報が山のようにやってくる。懸賞金はいくら?」
「五万レラです」
「これから隣人を売る連中がわんさかやってくる。どれも真実には程遠い。五万レラは大金だが、真実を知るものは自身の命を五万レラで売るとは思えない。古王国人には軽薄さと慎重さがひとつの体のなかで同居していることを知っていれば、なおさらだ。コラーゾ議員は生まれはこっちかね?」
「いえ。共和国です。教育もそこではないですか?」
「なるほど。いかにも共和国人らしい。金の力を過信して、権力を過小評価している。共和国では違うかもしれないが、古王国では権力がなければ、金はいくらあっても役に立たない」
「〈叔父〉もまた権力のひとつです」
「きみはどうしても〈叔父〉につなげたいんだな」
「ええ。わたしはサリエリ事件と今回の事件を結ぶものは〈叔父〉だと思っています」
頑固な若者だなと思う一方で、サリエリ事件との共通点については完全に捨てるわけにはいかないとも思った。〈叔父〉の話を鵜呑みにはできないが、サリエリ女史が何かの悪事の証拠を探して殺害されたのならば、ダレッサンドリ巡査とピオスコ巡査もまた誰かにとって不都合な真実に近づいて殺されたのかもしれない。だが、署では彼らは巡邏係であって、捜査官ではない。何か家に残しているかもしれない。
「何か分かれば、お知らせします」
「お願いします」
中尉が帰ると警部はダレッサンドリとピオスコの家に電話をかけ、遺族たちに家に伺う約束を取りつけた。