お守り描きのルベーネは——
お守り描きのルベーネは赤毛のラバにまたがって、古い街道を〈月の丘村〉へ進んでいた。〈月の丘村〉には迷信深い老婆が三人いて、聖ルイジのお姿を描いてもらいたがっていた。ルベーネはいろいろお守りの札を描くが、やはり一番人気なのは聖ルイジだった。何せ聖ルイジは美女に見違えるような甘いマスクの持ち主だし、ミルクの守護聖人だ。最近、乳製品工場ができた〈月の丘村〉では最も欲しい加護であった。
ルベーネは朝靄が流れてくる木立のそばを通り過ぎ、退屈しのぎと旅の安全を願って、一番安いインクでラバの背に聖アマーツィオの姿を描いていた。筆を休めて、視線を上げると、黒い自動車を見つけた。自動車は街道からそれた、細い道の行き止まりに止まっていた。ルベーネはこの辺りを巡礼代わりに行商していたので、道には詳しかった。あの細道はずっと続いているように見えるが、実は数分もいかないうちに涸れた川に切られてしまう。それで立ち往生してしまったのだろう。ルベーネは親切なお守り描きだったから、案内してやろうと思って、道を曲がった。
近づいて分かったのだが、運転席側のドアと助手席側のドアが開きっぱなしになっていた。さらに近づいて分かったのだが、この車は警察の自動車をあらわす古王国の紋が車の側面に塗ってあった。
古王国人で好き好んで警官と話す人間はいない。しかも、田舎道で行き止まりで立ち往生して機嫌を悪くしている警官となると、これはまずかった。さらにまずいのはルベーネの行商許可証はずっと昔に期限が切れていた。
だが、引き返すには近づきすぎた。ここから急にラバの首を転じて、引き返したら、逃げたとみなされ、痛くもない腹を探られることになる。二時間にわたる職務質問など食らうならまだいいが、売り上げを賄賂がわりに巻きあげるやつがいる。ルベーネは親切が人を喰う昔話を思い出しながら、ラバの腹を軽く蹴り、涸れた川を覗き込もうと近づいた。このあたりには貴族の持っている狩猟用の森があって、密猟者が獲物をここまで引きずって、肉にばらすことがある。涸れ川はかなり深く土を穿っているので、いくら肉きり包丁を乱暴に振るおうが、街道のほうからは見えない。
警官たちは密猟者がいると通報されて、ここに来たに違いない。
そう思って、川を覗き込んだ。
ふたりの警官が頭から血を流して倒れていた。後ろ手に縛られたままで。