葡萄棚はきれいに刈り込まれて、涼しげな——
葡萄棚はきれいに刈り込まれて、涼しげな風だけを通していた。
その影のなかを歩いていくと、教会の敷地をあらわす、扉のない門に〈共和国スタジアム・建設候補地〉の看板がかかっていた。
ピエトロはレモンの鉢を冬のあいだ置いておくためのガラスの小屋を作っているところだった。レモンは小屋から出ることなく、ピエトロが立ち退かされる可能性が強かったが、この若者はそんなことは関係ないと思って、釘を打っていた。彼はカラヴァッジョに気づくと、朗らかに笑った。
そこでピエトロと言葉を交わしたが、いくら思い出そうとしても、それを思い出すことができなかった。
いつも連れている五人の護衛とともに来たのがいけないのかもしれない。だが、最近、自覚してきたことだが、彼の頭のなかで〈叔父〉が関係していない話の記憶が、砂が指のあいだからこぼれるみたいに失われていた。頭のなかで重要度が決められ、会話が機械で測ったみたいにきれいに切り取られるのだ。
物静かな庭師の青年とした会話は、彼の本能が不要と判断したらしい。
自分は人として終わっているのだな、と思い、終わったのはいつのことだろうと思い返した。コンツェッタ・サリエリが殺されたときか、メゼリーニを殺したときか。
執務室に戻り、最近、経済犯罪摘発隊が政治家たちからちょっとした恐怖の対象になっているときいたことを思い出した。カラヴァッジョはこれまで誰にもできなかったこと――〈叔父〉の絶滅を果たそうとしていた。だが、〈叔父〉が消えた後、部隊はどうなるのか? 共和国議会に議席を持つもののなかでも少なくない数が、説明できない金を口座に入れているようで、もし、カラヴァッジョ大佐がそういった資金に目を向けたら、どうなるのか、心配でしょうがないものがいるのだ。
〈叔父〉が絶滅した後、何をするか、彼は考えていなかった。情けない話だが、〈叔父〉を撲滅できると自分でも信じていなかったのだ。だが、いま、それは実現しようとしている。そして、そこまできて、彼は自分に何も残らなくなりつつあることを実感していた。
だから、自分宛てにアンジェロ・アッリーゴから電話がかかってきたも不思議には思わなかった。
お互い、どうしたらいいのか分からないのだ。
「あなたはどうすればいいのか、分かっていますか?」
アンジェロの問いにカラヴァッジョはこたえた。
「おれの行動はいつもひとりの女性に対する贖罪だった」
「〈ギャング〉はほぼ壊滅です。主だった人間が死んで、〈翡翠〉はあなたが目を光らせているから動かせない」
「泣き言を言いに来たわけではないだろう?」
アンジェロがクスリと笑った。
「僕はあなたが知りたいことを全て教えられます」
「主要な〈叔父〉と〈ギャング〉を一生刑務所に入れられるほどのものは既に得ている」
「コンツェッタ・サリエリのこと、まだ分かっていないことがあるでしょう?」
「どこで会いたい?」
「お互い、ひとりで来ましょう。用心はすべきですが、そうでないとお互い、相手を信じられません。砲兵隊通りのジェラードショップで。明日、正午。どうですか?」
「わかった。いいだろう。そっちが望むのは?」
声のしない苦笑いを感じた。
「わかっているはずです。僕は〈叔父〉ではない新しい権力を模索しました。でも、それは失敗でした。僕とともにあった仲間たちは全員、ただの犯罪者でした。僕の夢は破れた。どこかで一区切りしたい。そして、あなた以上にそれがふさわしい人間はいません。他に理由は必要ですか?」
電話が切れた。カラヴァッジョも受話器を置いたが、そのとき、電話のなかからカチッと言う音がした気がした。
カラヴァッジョはサデーロ大臣に電話をかけた。
「もしもし?」
「閣下。カラヴァッジョです」
「ああ、きみか。ひょっとして、いい知らせかな?」
「そうですね。以前の立候補の件ですが」
「決めてくれたかね?」
「ええ。ただし、条件がふたつ」
「ぜひともきこうじゃないか」
「ひとつは現在の摘発隊です。これは継続します」
「もちろんだ。それでふたつ目は? どんな無茶な用件が来るのか、わくわくしてくるよ」
「聖フランツィウス教会をスタジアム候補地から外してください。それさえ、叶えば、わたしは与党議員の選挙応援で国じゅう飛び回りましょう」
「教会? でも、きみは教会に通うタイプには見えない」
「これがわたしができる、唯一の人らしさなのです」
大臣との電話を切った。そのとき、また受話器のなかからカチッと音がした気がした。




