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第4話 待つ夜のおしゃべり(前編)

「パメラ嬢、何か飲む? 白湯ぐらいしか出せないけど」

「いえ、結構です。お気遣いありがとうございます」


 一人掛けのソファに腰を下ろしたまま石のように固まっているパメラは首を横に振った。ほぼ家具がない室内は生活感が少なく、事前に説明されたとおり、この部屋の主がほとんどこの部屋に帰ってきていないことがわかる。


「まさかうまくいくとはねえ……さすがに驚きだよ」


 ジェレミーはダイニングテーブルの方の木製の椅子に座り、パメラの横顔をぼんやりと見つめながら呟いた。

 今代の聖女ルシリシアとその想い人ディルクを引き合わせるべく、パメラは慎重に時間をかけて準備をした。離小城内を警備する騎士の夜間の動きを調べ上げ、パターン化し、どのタイミングでどこにいれば騎士と鉢合わせせずに離小城内を移動できるかシミュレートを重ねた。それから、移動の際に夜の闇にとけ込めるようなやや長めの黒いフード付きローブを二着調達し、さらに離小城の北門の鍵を密かに複製した。北門を出たあとはジェレミーが御者を務める馬車で城下町に向かうが、人目につきにくいルートをどう移動するか、彼と打ち合わせを重ねた。


 そしてついにその日はやって来た。パメラは詳しいことは言わず、強引にルシリシアを引っ張って離小城を脱走した。予定通りジェレミーと合流して彼が馬を引く馬車に乗り、ディルクが一人暮らしをしているという集合住宅をゲリラ的に訪れ、ついに二人を対面させた。ルシリシアもディルクも突然の再会に混乱していたようだが、パメラは「なるようになぁ~れ」と言ってルシリシアを鼓舞すると、ディルクの部屋に彼女を残して自分は階下にあるジェレミーの部屋に向かった。ジェレミーの正式な住居はリエルソン家の本邸なのだそうだが、仕事の関係で本邸に帰るのが遅くなる日や、任務の都合上家族とも顔を合わせられない期間を過ごすために、ディルクと同じこの集合住宅の一室を借りているとのことだった。しかしこの部屋へ帰らない日々の方が多いらしいので、室内は必要最低限の家具しかなく、非常に殺風景だった。


「やっぱりお二人の恋は、ウォンクゼアーザ様の望むことなのではないでしょうか」

「うーん……どうかなあ」


 ジェレミーは全肯定するのではなく懐疑的だという返答をしたが、正直に言えば同意する気持ちが大きかった。

 盲目的に神を信じているわけではないと自分では思っているが、他国に比べればこのレシクラオン神皇国は子供の頃から神への信仰心が身近にあり、ウォンクゼアーザの存在や威光を感じる心はジェレミーの中に確かにある。そしてその心はパメラと同じように考えていた。聖女様とディルクの出逢いは、神の思し召しなのだろうと。


「それにしても、もう少しお相手はなんとかならなかったのでしょうか」

「なんとかって?」

「いえ、その……何もあんな筋肉兵士じゃなくても」


 パメラがディルクを目にしたのは今日が二回目だ。先日ジェレミーと一緒にいるところを見られた時にも思ったが、ディルクは事前に聞いていたとおり、本当にぶっきらぼうな兵士だ。黒髪に太い眉毛、目元はつり上がっていて眼光は鋭く、そして服を着ていてもやたらと体格がいいことがわかる。背が高いだけでなく首も腕も胸板も太くて分厚くて、なるほど、特殊作戦部隊で一、二を争う実力を持っているというのも頷ける。自分は女なので最初から勝負にならないが、ディルクと腕力で喧嘩でもしようものなら、普通の男性であってもものの数秒で地面にねじ伏せられてしまうだろう。


「まあ、そこはさすがに聖女様の好みもあるし……仕方ないんじゃない?」

「ルシリシア様はマッチョがタイプというわけではないはず……ないはずです!」

(でもディルク班長に惚れてるわけだし、どうかなあ)


 ジェレミーはパメラに反論したかったが、実際に反論すると不必要にこじれそうな気がしたので黙っておくことにした。


「お二人で仲良くお話しして、交流できているでしょうか」

「ディルク班長は女性との会話を楽しむタイプじゃないだろうからなあ。まあ、さすがに聖女様相手じゃまずは会話をすると思うけど」


 でも、とジェレミーは思った。

 十中八九、ディルクも聖女様に惚れている。そして常に最短ルートで最適解にたどり着くことを選ぶディルクのことだ。互いの気持ちの確認が終わったら、おそらく会話をして交流などという甘っちょろいことはしない。一足飛びに関係を進めるだろう。なぜなら、こうして聖女様と密会できる二度目の機会がおとずれる可能性は低い。つまり、チャンスは今夜限りだからだ。

 だが、いまここでパメラとそこまで生々しい話をする必要はない。


「待ってる間にさ、パメラ嬢のことを教えてよ」


 そこでジェレミーは話題を変えた。世間話でもよかったが、せっかくこうして聖女様脱走事件の共犯になったのだから、もう少しパメラのことを知りたいと自然と思った。


「私のことですか?」

「うん。ほら、聖女付き侍女になった経緯とか」

「そんなたいそうな話じゃないですよ」

「いいから教えてよ」


 ジェレミーが食い下がるので、パメラはゆっくりと話し始めた。物心ついた頃には母と二人暮らしだったこと、しかしその母は病にかかってしまったこと。そしてどうにか離穢の儀を受けられたがすでに手遅れだったこと。そしてその離穢の儀で、まだ子供だったルシリシアにひどい言葉をぶつけてしまったことを。


「ルシリシア様に謝りたくて……それで聖女様の侍女になりたいと思ったんです。それに、そんな風にとても優しい聖女様のために働けたらいいなって……でも神聖院に頼み込んでも当然門前払いでして」

「それで、どうしたの?」


 結局パメラの母は病で死んでしまった。孤児になったパメラは住まいさえも失ってしまったが、幸運なことにキャロリン・バレーヌという商人の婦人に拾われて、その屋敷で小間使いとして住み込みで働くことができた。そしてその婦人の仲介で、聖女付き侍女の職に就けたのだ。


「ね、ほら……そんな大げさな話ではないですよ。ただ私は、とても運が良かったのです」


 一通り語り終わってパメラは小さな声で呟いた。

 ジェレミーのような、立派な家に生まれ育ったイケメンの騎士にするような話ではない。何も楽しいことはないだろうし、逆に気を遣わせてしまうかもしれない。パメラはそう思ってため息をついたが、ジェレミーはよく浮かべる作り笑いではなく、真剣な表情を浮かべた。


「そっか。パメラ嬢はきっと、ウォンクゼアーザ様の〝祝福〟を賜ったんだね」

「え?」

「母君のことはお悔やみ申し上げるよ。文明は日々発達しているとはいえ、原因や治療法がわからない病はまだたくさんある。それまで元気だった人が突然亡くなってしまうことも珍しくない。子供だった君にとって、母君の死はさぞつらかっただろう。でも君は、そんな悲しみの渦の中でも聖女様のことを考えた。母君のために泣いてくれた聖女様の優しさを思い、そして自分の発言の過ちを悔いた。その心がきっと、〝白き心〟としてウォンクゼアーザ様に認められたんだ。だから君には〝祝福〟が与えられた。君を小間使いとして雇ってくれて、さらに聖女付き侍女への道をとりなしてくれたその商家の婦人との出会いは、きっと神からの祝福なんだよ」

「そっ……そうでしょうか」


 のんびりした性格と言われているウォンクゼアーザは、人々にひとつだけ強く願っていることがある。それは純粋で無垢な「白き心」を持つことだ。そしてその白き心を持つ者に「祝福」を授けてくれるという。その教えは古くからこの世界のどこでも聞かれるものだが、しかし白き心や祝福の具体例はない。「神から祝福された!」という本人の申告でしかそれは観測できない。

 パメラは今まで、自分が白き心を持っていると自認したことはないし、ましてや神から「祝福」を授けてもらったと思ったこともない。だが真面目な表情のジェレミーに指摘されて、そうかもしれないと思った。家なき子になった直後のキャロリンとの出会いは、神からの祝福と言っても差し支えないほどにありがたい縁だった。彼女に小間使いとして住み込みで雇ってもらえていなかったら、路上で飢え死んでいたかもしれないのだ。そうならずに使用人としての仕事を学ばせてもらい、さらにはこうして聖女様の侍女にもなれなた。


「自分ではそんな風に考えたことはありませんでしたが……でも確かに、言われてみればそうかもしれません。白き心を持っているかどうかはわかりませんが、でもウォンクゼアーザ様の祝福はあるような気がします。これからも神に感謝しないといけませんね」


 胸の中があたたかくなったパメラは、無邪気にほほ笑んだ。

 ここしばらくはルシリシアのことで神に語りかけることが多かったが、自分もまた、ウォンクゼアーザに見守られていた。目で見えるわけでもないしその声が耳に聞こえるわけでもないが、大いなる存在は確かにいるのだ。

 久しくバレーヌ家を訪れていないが、たまにはキャロリンの顔を見に行ってみようか。キャロリンはしがない子供の小間使いのその後など特に気にもしていないだろうが、「自分は聖女様の侍女として毎日充実しています、その節は本当にありがとうございました」と、たまにはゆっくりと礼を述べに行ってもいいかもしれない。パメラはそう考えた。


 ジェレミーとそんな話をしつつ、静かな夜の時間がゆっくりと過ぎていく。待つ覚悟はしておいたつもりだったが、ルシリシアは思いのほか長いこと、ディルクの部屋にとどまったままだった。ジェレミーの部屋でルシリシアを待つパメラは、真夜中という時間もあって、不覚にもソファに座ったまま船を漕いでしまう。

 そんなパメラに、ジェレミーはそれほど使っていない毛布を引っ張り出してかけてやる。そしてしばしの仮眠をとるパメラに代わって、聖女様とディルクの逢瀬が終わるのを待った。

 そうして夜が明ける前の未明の頃、ジェレミーの部屋のドアが慎重にノックされた。ジェレミーはパメラを起こし、パメラははっとして玄関ドアに向かう。するとそこには黒いフードを目深にかぶったルシリシアと、やけにすっきりとした表情のディルクがいた。


「送ってやってくれ。くれぐれも気を付けろよ」

「了解です」


 ディルクはジェレミーに声をかけて、ルシリシアを託す。パメラとルシリシアの二人は来た時と同じように真っ黒なローブで全身を隠し、ジェレミーが静かに歩かせる馬が引く馬車に乗って離小城に戻った。こうして聖女様の一夜の大冒険は無事に完遂したのだった。

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