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聖女様の秘密の恋を応援したい侍女の話、イケメン騎士をそっと添えて  作者: 矢崎未紗


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第6話 そして大団円、たぶん(中)

 夜空一帯を煌々と照らし出す白銀の満月のごとく美しくたおやかで、優しさと慈愛にあふれたまさに「聖女」のルシリシア。一方のディルクは野に生きる肉食獣のごとく精悍で活力にあふれており、その振る舞いはどちらかというと粗野に感じる。手放しで「お似合いですね」とは言いがたい二人だ。


「自分とはまったく違う、むしろ正反対の人柄だからこそ余計に惹かれる、ってことはあるからねえ」


 ジェレミーはのんびりと言いながら紅茶の入ったティーカップに口を付けた。

 何を隠そう、自分自身が今まさにそうだ。

 異性からの視線が気になりすぎて、自分がどうあるべきか、どうありたいのか、落ち着いて考えられずに十代を過ごしてきた。ディルクに会ってからは彼のような強い男になりたいと憧れて少しでも彼に近付けるように主に仕事の面で真似をしてきたが、ディルクの真似をするだけの自分のままでいいのかと問われると、肯定しがたい。

 そんな自分と違って、パメラは自分の気持ち――聖女様の役に立ちたい、聖女様にも幸せでいてほしいという思いに素直だ。誰にどう見られているとかどう思われているとかは関係なく、ただただ聖女様のことだけを考えている。猪突猛進で考えなしとも言えるような行動もするが、しかし考えるだけ考えても動き出せない臆病者に比べれば、当たって砕けろ、なんとかなぁ~れの精神で前に進むエネルギーを常に自家発電できるパメラはなかなかの逸材だと思う。

 ジェレミーが密かに抱え続けている生きづらさを、パメラのパワーは爽快に吹き飛ばしてくれる。自分もパメラのように細かいことは考えずに突っ走ってみたいと、ふと思ってしまう。そしてそんな太陽のように明るくてまばゆいパメラを、一人の女性としてとても好ましく思う。


「ジェレミー様、申し訳ないのですが、今後も不定期に特殊作戦部隊の庁舎を訪問してもよろしいでしょうか。せっかくウォンクゼアーザ様がお認めになってくださったのに、このままだと本当にルシリシア様とエングム様はお会いすることすら叶わないまま月日が過ぎてしまいそうで……せめてエングム様の様子をお伝えしたいんです」

「僕は構わないよ。ただ、長期任務で不在のこともしばしばあるから、せっかく来てもらってもいないことがあるけど」

「ええ、それは承知しております」

「あと、ディルク班長の様子と言っても……本当に普通だからなあ」

「そこは、できれば何かこう……ルシリシア様についてどう思われているとか、何か聞き出せないでしょうか」

「うーん……女性同士と違って、男同士はあまり自分のプライベートをおしゃべりで共有したがらないからなあ……一応聞いてみるけど、あまり期待しないでくれると嬉しいなあ」

「わかりました。期待はしないでおきます」


 その後、ジェレミーの予想通り、ルシリシアのことをディルクに尋ねても特にこれといった話は聞けなかった。

 しかしルシリシアと会えないことをディルクなりに不満に思ったようで、ある日しびれを切らしたディルクは離小城に直接向かった。ルシリシアとの面会を希望したが神聖院に断られ続けていたので、「直接乗り込んでやる」という気持ちになったようだ。そんなディルクを、老いた神官たちは離小城の正門すら開けずに文字通り門前払いをした。


「こまけぇことに無駄に時間をかけてるとルシーを攫っちまうぞ。こっちは神のお墨付きなんだ、いつまでものんびり待つと思うなよ」


 門を挟んで敷地内にいる神官たちを一人ずつ睨みつけて、ディルクはそう脅した。

 前代未聞の聖女様の恋、そして結婚。それらをどのような形で進めるべきか、習慣やしきたりを重んじる年老いた神官たちは頭を悩ませ続けていた。何をどう変えるべきか決断できなかったとも言える。

 しかし、若い神官たちはそうではなかった。両思いの二人をまずは会えるようにしてあげたいと相談し、模様替えをするなどして離小城内にディルクの私室を作った。そして「まだ法律が変わっていない」だの、「聖女様と聖女様に仕える者以外の人間を離小城に招くなど前例がない」だのと渋る老神官たちを、「お二人の仲はウォンクゼアーザ様が認められているのです。そのお二人がいつまでも会うことすらできないなんて、神のご意思に反すると思いませんか」と言って説き伏せた。その後、神聖院はディルクを正式に離小城に招いた。


「はあ、もう……ルシリシア様ってばエングム様にお会いできて本当に嬉しそうで、ずっとにこにこされていて、かわいくて仕方がなかったです」


 ルシリシアとディルクが離小城で再会できた数日後、パメラはパン屋マリエットではなく城下町にある大衆食堂でジェレミーと顔を合わせていた。今日はパメラが庁舎を訪れるとちょうどジェレミーが昼休憩に入るところだったので、昼ご飯を一緒にすることにしたのだ。


「うん、ディルク班長も欲求不満が少しだけ解消されたみたいだったよ。傍目には全然わからないけどね。オンオフの切り替えがきっちりしてる人だから」

「エングム様は神皇軍の中で、聖女様との関係をのろけたりしないんですか?」

「一切しないね。野次馬が何か尋ねても、聖女様のことに関しては絶対に口を開かないよ」


 ちぎったパンをかじり、野菜のスープと牛肉ステーキを交互に味わいながらジェレミーは答えた。


「口の堅い方なんですね」

「まあ、そうだね。もとからプライベートのことを他人にほいほいと話すような人じゃないし」

「それではルシリシア様におみやげ話が持ち帰れないです。ジェレミー様にだけ話してることとか、何かないですか。いつもとはちょっと違うエングム様のエピソードとか」

「うーん……」


 ジェレミーからパメラへ、そしてパメラからルシリシアへ。ディルクについて伝言ゲームで聖女様に教えられるようなこと。パメラが望むようなネタは、正直ない。聖女様とディルクは毎日気軽に会える環境にいないので、会えない時間を埋めるような話題提供をしてあげたいとも思うが、ディルクは本当に、聖女様との関係をおいそれと口にしないのだ。


「あの……すみません、ジェレミー様」

「え?」

「私、わがままを言っている……というか、ジェレミー様を困らせているうえに、甘えていますよね」

「そうなの?」

「はい」


 頭を抱えて唸っていたジェレミーを眺めていたパメラは、ふと思った。

 離小城を離れることのできないルシリシアの代わりにディルクの様子を探って、彼のことをルシリシアに教えてあげたい。その思いでこうしてジェレミーをたびたび訪ねているが、ジェレミーの言うとおり、あのディルクが聖女様との関係をやたらと他人に話さないことは十分に想像できる。ルシリシアに伝えたいと思うことがあるなら、ディルクは他人を伝書鳩代わりにすることなどなくルシリシア本人に直接伝えるだろう。


「何かないかと言われても、エングム様のことですから本当に何もないんですよね、きっと」

「そうだね、聖女様については本当に何も話さないから、僕が教えられるのはいつものディルク班長の姿だけだよ。任務のことは守秘義務があるから言えないけど、どんな鍛錬をしたとか何を食べたとか……。でも別に、パメラ嬢がわがままだとか甘えてるだとか、僕は思ってないよ?」


 こうして尋ねてきてはディルクのことを聞き出そうとするパメラ。残念ながら彼女が望むような話題を提供できないが、そんな彼女のことをジェレミーが悪く思ったことは一度もない。


「君はそれだけ本当に、聖女様のために何かしたくて仕方ないんだよね」


 そんな献身的なパメラのことは、むしろとても好ましく思っていた。誰かのために懸命に動こうとするそのエネルギーとバイタリティーは尊敬に値する。

 結局ジェレミーは、普段のディルクが鍛錬場でどんなトレーニングをしているのかをパメラに説明した。きちんと準備運動から始めて、まずは筋トレをしてから全身運動、小休憩をしてから再び筋トレをして、最後にある程度身体が疲れた状態で武器を持ち、元気なほかの兵士を相手に模擬戦闘を行う。長剣だったり弓だったり斧だったり二本の短刀だったり、使う武器は日によって違うがあえて身体が疲弊している状態で行うことによって、疲労を蓄積した状態でも武器を使って戦闘できるかどうか、自分を追い込む。そうした鍛錬の積み重ねが、本番の任務で緊急事態が起こった際に役に立つのだ。

 ディルクと聖女様が出会うきっかけともなった()(わい)の儀。その儀式を受けにいったディルクは足の骨の骨折と全身擦過傷という中程度のけがを負っていたのだが、それは彼自身の過失ではなく任務中にしくじった部下をフォローしたためだ。ディルク一人だけならちょっとやそっとでけがを負うことはない。それらのけがを癒してもらうために受けた離穢の儀でルシリシアと出逢ったので、「日頃からめちゃくちゃ鍛えているディルク班長でも、たまにはけがをするのも悪くないと思ったかもしれないね」と、ジェレミーは下手くそな冗談で締めくくった。


 その後、二週間に一回程度ではあるが、ディルクは離小城に招かれていた。しかし司法院と神聖院の聖女制度大改革は遅々として進まず、我慢の限界に達したディルクはある日、あの集合住宅の部屋を引き払い、離小城に勝手に引っ越してしまった。「今日からはここに住む。勝手にするからお前らも勝手にしろ」と、主に老いた神官たちに不遜に告げるディルクによって、離小城内は小さなパニックになった。しかし、パメラと同様に聖女様の恋をとても前向きに応援していた使用人や若い神官たちは、数日も経てばディルクの存在にすぐ慣れた。ディルクと寝食を共にできることで聖女様が毎日とても嬉しそうなのが喜ばしく、かわいらしいその姿が非常にほほ笑ましかった。また、二人が仲睦まじくしていると天の神の機嫌もいいようで、ルシリシアほどではないが何人かの若い神官たちは、以前よりもウォンクゼアーザの存在を近くに感じると言って熱心に祈るようになった。

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