6話 心の奥
「お母さんはどんな人だったの?」
10歳になったばかりの少年が、父親に尋ねる。
「良い人だったよ」
父親はとびきり優しい顔で少年の頭を撫でる。
少年は嬉しそうに頬を緩めていた。
懐かしい記憶だ。
小学生の頃に家族の授業があって……少し寂しかったのかもな。
俺は母を知らない。
幼い頃になくなったそうだ。
周りの子は当たり前に母とのエピソードを発表していて、気にしてなかったはずなのに心に靄がかかった。
子供ながらに……いや、子供だったからこそ、周りの子が母から愛されているのを、肌で感じられたんだろう。
だが父は俺に、それこそ母の分まで愛情を注いでくれていた。
俺は満たされている筈だったんだ。
俺を寂しがらせないようにと命を燃やしてくれる姿を見て、母の話題は避けるようにしていた。
それなのに冒頭の質問だ。
うちに帰って、父を見て、酷く胸がざわついた。
喉元まで出かかった問は、父を傷つける物だと思って、とっさに別のことを聞いた。
「お母さんはどんな人だったの?」
別に母の容姿が知りたいわけではない。
性格は……知りたいが、あのとき求めていたのは別のものだった。
「良い人だったよ」
漠然とした、答。
だが、父は見たこともないほど優しい顔をしていた。
それが、俺の期待を真っ直ぐに肯定してくれたようで、気恥ずかしくて、でも嬉しくて、俯いてしまった。
見透かされていたのかもしれないな。
それ以降、俺は母のことを少しずつ尋ねるようになっていった。
流石に直球な質問はできなかったが。
……意識がゆっくりと明るい方に引き寄せられていく。
正直名残惜しいが、良いものを思い出せた。
満足して、過去に別れを告げる。
……俺は母に、愛されていたか?
未だ消えない問に、気づかないまま。
ジャブです。
また数日空くと思いますが、ご容赦ください orz