祝勝と慰労の夜
依頼は完了した。
それを証明するためのモンスター解体でクロードが吐いたりもしたのだけど(特にトロールのでかい耳をそぐのに耐えられなかったらしい)それ以外はおおむね問題なく済み、夕方にはトロールの耳とグリフォンのクチバシを持ってマイロンの街へ帰還。
それなりにたんまりと報酬を手にして祝杯を上げることになった。
「かんぱーい! いぇーい!」
こういうときに一番元気なのはファーニィだ。
祝うべき時に遠慮しないのは大事なことだし、僕はあんまりそこではしゃげるタチでもないので、そういうムードメーカー気質はありがたい。
それに見た目も華やかなので周囲の受けもよく、率先して「ウチのパーティが今日トロールとグリフォンをヤりましてね?」と自慢もしてくれるので、あっという間に酒場で僕らのテーブルを主役にしてくれる。
いろいろ困った子だが、そういうところは本当に冒険者向きだし、助かる。
冒険者は何より評判ってところはあるからね。実力を喧伝するお調子者だってパーティには必要なのだ。
……というのは、ゼメカイト時代を思い返して改めて得た結論。
こういうメンバーって、勢いのいいパーティにはひとりはいたよなあ、と。
で、いきなり酒場でも特にみんなが渋り合って難儀していた案件を片付けた僕たちが(その報酬の一部で酒をおごったおかげもあって)大いに地元冒険者から評価を上げて地固めに成功した陰で、クロードの表情はふるわない。
まあ、うん。
出る時には僕にさんざん勝って「これなら冒険者としても大活躍できるだろうな」と自信に満ちた状態だっただけに、いざ実戦でゴブリン一匹殺せず、トロールとグリフォンにはそれぞれビビり倒して騒ぐしかなかったのだから、本当に立場がない。
……いや、僕だってちょっとは胸がすいた……というところはある。貴族とはいえ年下の少年にまるっきり侮られて、仕事自体もナメられていたわけだから、いい気味、と思う気持ちもなくはない。
でもまあ、それも大人げないというか。
僕があまりにも対人戦闘力が低い、というだけの話でもあるし、それは何も変わらないので、勝手にスカッとしていても仕方ない。
彼が実力を発揮できれば、このパーティにとって重要なパーツになるのも間違いないのだ。
フォローしておこう。
「クロード」
「…………」
「まあ最初はそんなものだよ。ユーだって『よくあること』って言ってただろう」
「……それは、そうなのでしょうが……これでは足を引っ張ってしまいます」
「幸い僕らはそう急いではいないし。君が力をつけるのだって今後のためになるのなら、肩慣らしのための小さい仕事をやるのも悪くない。本当に実力が出せさえすれば、あんなゴブリンなんか瞬殺だったはずだろ」
そう言ってやるものの、クロードは「ゴブリンは、そうですね」と呟き。
「……トロールにもグリフォンにも、僕が立ち向かえるイメージが湧きません。あんなものに……あんな恐ろしいものに、こともなげに冷静に立ち向かって……すごいんですね、みなさん」
「まあ僕だってユーに出会う前は、あんなの見たら必死で逃げ隠れる以外なかったよ。ほんのちょっと前までのことだ」
実際、死の覚悟を決めるしかない相手だったと思う。
どちらも最低限「オーバースラッシュ」が使えないと、勝負にもならない相手だったものな。
「でも実際には、手傷すら負うことなく圧勝……ほぼアインさん一人で」
「いやいや、トロールはともかくグリフォンは、アーバインさんの援護がないと相当ドタバタになったと思うよ? 弓手の仕事は大事だってすごく実感したし」
僕がそう言うと、横にいたアーバインさんは盃をドンと置いて「そのとーり!」と大声で言う。
「アイン、えらい! ちゃんと俺の功績を俺の功績として評価するのえらいぞ! トドメ役が一人で鼻高々になっちゃいがちなんだ実際! 誰が倒したかじゃなくてそこまでの流れも大事なんだよそれをホントあいつらさあ!」
「はいはい」
だいぶペース早いな。注意しとかないと。
いや、それよりクロードだ。
「僕は簡単に勝ってるように見えるだろうけど、あれでも結構危ない判断してなんとかうまくやってるんだ。僕はフルプレさんや“邪神殺し”のユーカさんみたいに、叩き合いのゴリ押しってわけにはいかないからね。たまたま攻撃力だけが高いだけなんだし。……君は戦士としての基礎がある。もっとマシな戦い方ができるようになると思うよ」
「そう……なんでしょうか」
「いきなり大物を一撃ってのはイメージが難しいだろうけど、それは当たり前だよ。本来はもっと手順を踏んで殺す相手だからね、あいつら」
「そうそう。その気になりゃ一発で殺せるユーカやアインが異常なの。フルプレももちろん異常者なのは言わずもがな」
アーバインさん、ここぞとばかりに「俺が火力不足なんじゃなくてこいつらが火力過剰なんだよ」と言わんばかりのフォローに回る。
まあ、とりあえずその論調で行こうか。
「みんな冒険者なんて簡単だ、って思うのはよくある話で、最初の一戦で自信を無くす冒険者っていうのは本当に多いんだ。でも、そんなことじゃあ君の目標に届かないだろう?」
ただでさえ彼の目標は「一国の姫との結婚」だ。並大抵の努力では達成できないからこそ、冒険者という道に進むことにしたわけだし。
思ったよりハードだぞ、ですぐ諦めるのでは、どうしようもない。
それに、せめて稽古での実力を出せるようになってからそれは測ってくれないと、こっちも稽古の仕返しでいたずらにひどい思いをさせただけみたいで後味が悪い。
そういう思いで励ます僕に、クロードはおずおずと聞く。
「……逆に、アインさんはどうして……モンスターとの戦いなんて続けられたんですか?」
「僕はまあ、そもそも帰るところがなかったからね。冒険者になったきっかけが家族がいなくなったせいだし……」
「……それは」
「ああ、そんなに気にしなくていいよ。よくある話。……もともと僕はただの農奴だったんだ。親は早くに死んだから妹しかいなくて、その妹も……死んじゃってね。ただ、そんな家で……たった一人の家族との思い出がある場所で、そのまま老いて死んでいくのに耐えられなくて家を出た。農奴が一度家を捨てたら、帰るわけにはいかないだろ。だから痛くても苦しくても、前に進むしかなかった。……本当に、ゴブリン相手にも死闘するような実力で、一年ぐらいずっとやってたんだ。だから今のクロードなんて僕から見たら妬ましいぐらいだよ」
「……そんなことが……その、すみません」
「いいんだ。……次は実力を出せるようにしようよ」
なんか、先輩っぽい物言いは僕には似合わないな、と思いながら。
騒がしく明るい酒場の真ん中で、少年を慰める。
……でも、後輩を育てるっていうのも悪くないな、とちょっと思う。
ユーカさん、こんな気分で僕に付き合ってくれてるんだろうか。




