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山賊団

 山賊。

 暴力と人数をたのみに、無防備な旅人や集落、時には街にさえ嵐のように襲い掛かり、殺し壊し犯し、好きなだけ奪って去るならず者集団。

 もちろん人として最低最悪の類の存在ではあるが、往々にして冒険者が転びやすい末路でもある。

 冒険者は公然と武器を持ち歩き、荒事に長ける。

 そしてそれゆえに平穏な地域では恐れられ、忌まれる存在でもある。

 それぞれの理由からその冒険者としての前途を諦め、さりとてその経歴から普通の社会にも弾かれてしまった時、その手に残った「力」を、「経験」を、どうやってカネに換えるか。

 ……生きるために仕方なく、という場合もあるかもしれない。根っからの邪悪ゆえではないかもしれない。

 だけど、そうなってしまった英雄のなりそこないたちは、明日の我が身でもあり……そして「今は」まだそうではないことを証明するためにも、冒険者はそれと進んで戦う義務がある。

 少なくともゼメカイトではそう言われていたし、皆そう信じていた。


「ひなびた温泉地じゃからと、大胆なことをするもんじゃよなー」

 へたり込んでしまった酒場の店主をキャンプ地に残し、僕たちはメルタの街に急行する。

 山深いので随分と隔離されていた気がするが、実際は街まで数キロ程度。道が悪いことを加味しても、一時間もかからない。

 そして目にしたのは町外れの家を燃やし、住人に暴行を働き、金品を奪っては堂々と路上に積み上げる山賊団の姿。

「領主の兵は何をやってるんだ」

 僕の呟きにマード翁は肩をすくめた。

「こんな街にそんなもんいくらもおらんよ。とっくにやられちまったか、あるいは連中の規模が知れた時点で息を潜めとるじゃろ」

「息を……って、それじゃなんのためにいるんですか」

「ま、少なくとも玉砕するためではなかろうて。住民の心証は悪くなるじゃろうが、末端はそんなもん知ったことではない。将もおらんのに負ける戦いにわざわざ手を突っ込むのは、なんも足しにならんからの」

 マード翁はあくまでドライ。

「英雄はそうそうおるものではない。……悪い話は勝手には止まらんのじゃよ。他人を当てにしてはならん」

 僕が不満を示してしまったのは、まだわずかに「領主に守られる善良な平民」という価値観を引きずっているせいか。

 冒険者なら、そんな考え方は捨てるべきなんだろう。

 僕たちは武器を握り、暴力に暴力で対抗することを決意した人種なんだから。

「アーバイン。ちと斥候を頼めるか」

「へいへいよっと。五分待っててくれ」

 アーバインさんは派手な金髪を帽子に隠し、目から下は暗い色の布で覆って、マントの前を合わせて動き出す。

 もう暗くなる時間帯に差し掛かっている。少しでも視認性を下げ、万一見咎められても変わり身がしやすい恰好だ。

「私も行きましょうか……?」

「ファーニィちゃんはやめとけ。ユーカとアイン君も動くでない。山賊どもは下手なモンスターより厄介じゃてな」

 ファーニィは今まで冒険者を狙った悪戯を繰り返してきたし、見た目からも警戒はされにくい。アーバインさんがいなければ適任として頼っていたかもしれない。

 ……しばらくしてアーバインさんは戻ってくる。

「山賊は30人くらいだな。もう少しどっかに散ってるかもしれないが、まあとりあえず騒いでんのはそれくらい」

「手練れはおったか」

「気にするほどのやつはいないと思うぜ。……俺だけでもやれると思う。さすがに若い奴らに同族殺しさせんは酷だし、やっちまうか?」

「まあ待て。パーティではなくワシが受けた仕事じゃ」

「……了解」

 アーバインさんはそう言って口布をほどく。

 その背後に、同じように全身を隠した人間が二人、いや三人、忽然と現れた。

「!」

 振り向いて驚くアーバインさん。僕とファーニィは慌てて身構えるが、ユーカさんとマード翁は冷静。

「人間相手は久々だから鈍ってんじゃねーかアーバイン」

「まあ、過信はしとらんよ」

「お前らもうちょっとそういうのはさぁ!?」

 追跡者たちは次々に短めの曲刀やナイフでアーバインさんを狙い、さらに集団の中で唯一まともに武装しているように見える僕にも襲い掛かってくる。

 アーバインさんはさすがの身体能力で斬撃をかわし、僕は謎の襲撃者相手に……ナイフを躊躇なく、振るう。

 剣の代わりに帯びていた小ぶりのナイフを、抜刀一番、敵の曲刀に合わせる。

「!」

 キンッ、と澄んだ一音。曲刀は一方的に半分に折れて飛んだ。

「馬鹿なっ……」

 崩れた体勢で目を見開く襲撃者に対し、僕は返す刃を首に叩きつける。

 軽いナイフとはいえ、魔力を充分に込めた「パワーストライク」状態だ。人間の首を飛ばすには充分過ぎた。

 ……そして、一息で首なしになった仲間の姿を見て、残りの襲撃者が明らかに怯む。

「っ……なんだ、酒場の雑魚どもと毛色が違うっ……!?」

「何の躊躇いもなく首すっ飛ばしやがった……」

 僕はそれに何も言うつもりはない。

 どうせ人語を理解しないモンスター相手だから、いちいち独り言だって言えるんだ。人間相手に同じようにはしない。

 いや。

 人間、ではない。

 相手は敵。標的だ。

 冒険者よりさらに命が軽い、殺すべき敵。

 怯んだ相手に、僕はさらに「オーバースラッシュ」を放とうとして……アーバインさんとマード翁(マッチョ化)がほぼ同時にその二人に一撃を食らわせ、地に打ち倒す。

「っ……」

「お手柄。だけど皆殺しはいらねえぜ」

「容赦のなさはユーカ並みじゃの。ちょいと見直したわい」

 アーバインさんは相手を腹這いにして背を蹴りつけ、マード翁は無力化する姿勢を取るまでもなく破壊的な剛拳を顔面に決めたので、意識も吹っ飛んでいる。

 そしてファーニィは僕の殺人を見て引いていた。

「……本当に迷いなく同族殺しちゃいましたねアイン様」

「同族殺しはエルフ的にはまずいんだっけ」

「いや普通人間でもまずいでしょ……なんでそんなあっさりできるんですか……」

「同族ったって縁も何もない、どうでもいい相手だろ。そして敵だ。モンスターと一緒じゃないか」

 僕はナイフを収めつつ、少しズレた眼鏡を直す。

「迷う理由なんか何もないよ」

「……怖……」

「荒んどるのお」

「そういう覚悟は決まってんだなあ。なるほどユーカについていけるわけだ」

 ファーニィは改めて引き、マード翁とアーバインさんは苦笑い、といった感じ。

 そしてユーカさんはちょっと不満そう。

「でもコイツ、アタシが『決闘とか言い出す奴がいたら適当に騙して逃げて後ろから殺せ』って言ったら引いてたんだぜ」

「そういうのと闇討ち返り討ちは違うと思う」

「お前の基準わかんねー」

 ユーカさん的には、正面から挑んでくる相手もこういう襲撃も変わらないって認識なのか。

 僕はむしろ、話してる相手をシームレスに「モンスター同様の敵」と認識する方に、なんか埋めがたいギャップを感じるけど。

 ……そして唯一意識が残っている、アーバインさんの足元の襲撃者は。

「く、くそが……っ、なんなんだテメェらは……」

 もがきながら、毒づく元気がまだあるようだった。

「おお、イキがいいのう。何、単なる凄腕冒険者Xとその愉快な仲間たちじゃわい」

 マード翁はマッチョ化した体格でノシノシと彼に近づき、アーバインさんをどかせて彼の襟首をつかみ、持ち上げる。

「ちょいとお喋りをしようかの。何、死にはせんよ。……何度でも治してやろう」

「え、えっ……」

 何度でも「治さなければいけない」ようなことをされながら「お喋り」をさせられる。

 その宣言だった、と彼が気付くまで、そうはかからなかった。


 …………。


「まあ、烏合の衆じゃの。強いらしいのはトップのロナルドとかいう奴だけで、他はお察しという感じのようじゃ」

「数は?」

「まあ40人前後といったところで、すぐ喧嘩で殺し合ったり知らん奴が合流したりで正確には把握しきれとらんようじゃの」

「……さすが最底辺って感じですねぇ」

 ファーニィはいつのまにやら用意していた弓を手にしていた。

 まあ魔法で戦うというのも市街地では難しい。下手に派手なことをすれば、その場は良くても後で文句を言われてしまう。

「中には元冒険者や元傭兵もそこそこおるようじゃが、ま、ワシが溢れる元気で叩きのめせばなんとかなるじゃろ。アーバインの弓もあるからのう」

「ま、そういうことで。アインたちはとりあえず酒場に行っとけ。冒険者たちの抵抗拠点になってるはずだし」

 マード翁はローブの上半身を脱ぎ、モリモリにパンプアップした肉体を見せつける。

 彼とアーバインさんで山賊団の本体を直接叩き、残りの僕らは酒場に籠城している冒険者たちの救援、という作戦になるようだ。

「全滅してなきゃいいけどなー」

 ユーカさんが頭の後ろで手を組みながら言うと、マード翁はニッと笑って首を振る。

「ソロ慣れしとる奴らが多いから案外しぶといぞ、ここの連中は。それに、店主が救世主(ワシ)を呼んで来ると信じておるんじゃ。報いてやらねばの」

「……ちぇっ、かっこいいこと言いやがって」

 ユーカさんは手をほどき、肩を回して拳を手のひらに叩きつける。

「んじゃ、行くかアイン、ファーニィ。……ひと暴れといくか!」

「いやユーは控えめにね? 今弱いんだからね?」

「わーってんだよ! だけどマードもいるんだから多少の無茶はできるってもんだろ!」

「た、多少で止めてね?」

 一番心配なのがユーカさんだけど、マード翁もアーバインさんも微笑むだけで止めない。

 僕にはわからない何かがまだあるんだろうな、とは思う。それを問い質すような時間はないけど。

 ……とにかく、僕とファーニィ……いや、僕がユーカさんの分もやればいい。

 それができるだけの力は、ついているはずだ。


 マード翁とアーバインさんが、山賊たちの本隊に殴り込みをかける。

 ノシノシと筋肉を見せつけながら彼らに迫り、愚直な拳と投げで彼らに挑むマード翁と、それを少し離れた屋根の上から援護するアーバインさん。

 燃え上がる民家の近くで、たった二人と数十人の激突が始まる。

 彼らの心配をしても仕方がないので、僕たちはそれを尻目に酒場へと最短距離を駆ける。

 酒場からの攻勢を警戒していた山賊たちが、僕たちの登場に罵声のような声を上げ、それぞれの武器をこちらに向けてくるが、ファーニィの放つ矢がその胸に突き刺さる。

「ぐぁっ!?」

「エルフだ! 横に動け! この闇ならそう簡単には狙えねえ!」

「ですよね」

 ファーニィはそう言って、弦から離した手で魔法を放つ。

 光だ。まばゆく周囲を照らす光の球。

 ファーニィに注目しつつ、接近をためらっていた山賊たちはその光に目をやられて怯む。

 立ちすくむ彼らはカモだ。

 僕はナイフを握り……「スラッシュ」ではそこら中を壊してしまうと判断して、構えを変える。

 オーバーピアース。

 山では「スラッシュ」の練習ばかりだったけれど、これもきっと、「六割」で撃つ方が威力が高いのだろう。

 だがそんな繊細なことをしている余裕はないし、山賊たちはロクな装備じゃない。

 ヘルハウンドの腹を貫くだけの威力があれば、充分。

「はぁあああっ!!」

 周囲を囲む山賊たちに、一突きずつ、ナイフを素振りしてみせる。

 ……山賊たち自身にはきっとそういう意味不明の行動に見えただろう。

 そして次の瞬間、彼らの胸や腹に貫通痕が空く。

「がはぁっ!?」

「ぎぇっ!?」

「ごふっ!!」

 悲鳴が重奏となる。

 ……それを見てファーニィはまたドン引きした顔。

「ちょっとぐらい躊躇しません!?」

「しない。それより走れファーニィ!」

 ナイフを抜き身で手にしたまま僕も走る。酒場には一足先にユーカさんが飛び込んでいた。

 そして僕、続いてファーニィも飛び込む。

 ……中はまるで戦場の救護テントだった。

「随分やられてんな」

 ユーカさんが言う通り、中にいる冒険者十数名は誰も彼も負傷している。中には腕を失ったり目を赤黒く染まった包帯で隠している者も。

「殺された奴もそこそこいそうだな」

「……アンタ、確かエックスさんの」

「おー。奴は今あっちで暴れてる。ファーニィ、治癒してやれ。やらねーよりマシだろ」

「えー、私今度こそ弓で大活躍する予定なんですけど」

「もうこっちにはこぼれてこねーよ」

 ファーニィが渋々弓と矢筒を置いて治療にかかる。どうも数少ない治癒師は最初の衝突でやられてしまったようで、ファーニィの腕でも女神のようにありがたがられている。

 その光景を見てまずは一安心。

 そしてマード翁たちの戦況を気にして、僕は一度酒場から外に出る。


 ファーニィの作った光はまだ生きている。体に穴の開いた山賊たちは、動けるものはなんとか物陰に引き上げ、動けないものはそのまま。

 治癒師による治療でもなければ遠からず手遅れになるだろう。

 それに対して思うところはない。自分が死に近づかなければ本領発揮しない……という欠点は克服しなければと思うが、他人の死に余計な感傷を持たない、というのは今のところ問題には感じない。

 交流のあった相手ならともかく、敵だ。人型のモンスターと考えて何ら問題はないだろう。

 マード翁たちはどうなっているだろう。ここからでは見えない。今からでも加勢に行くべきだろうか。

 ……いや。


「……これをやったのは、貴様か」


 路地から姿を現した男に、目を奪われる。

 他の山賊たちとは身なりが違う。

 使い古した、しかし充分に価値のあるものとわかる鎧を身に纏い、研ぎ澄ました刃のような目つきをした剣士がそこにはいた。

 ……味方、では、ないな。

 だとすれば。

 山賊の中で唯一の実力者として名を挙げられた……。

「お前がロナルド、か」

「口の軽い奴がいたようだな。まあ、こんな稼業だ。そんなものかもしれんな。……貴様の名を聞こう」

「山賊に教えて何か益があるかい?」

「……道理だな」

 眼鏡を押して、僕は腰を落とし、構える。

 手にはナイフ。こんな立派な武者相手には甚だ頼りないが、相手もこの光景(・・・・)を前にしてそれが滑稽というつもりはないらしい。

 ロナルドはその鎧に似合うような立派な剣を抜き、上段に構えた。

 ……屋内のユーカさんとファーニィは呼ばない。

 頼れる状況とは思えなかった。

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