そして、嵐は突然に
剣をロゼッタさんに預けた翌日。
仕方ないのでナイフでの「オーバースラッシュ」訓練をする。
「六割……六割……」
流し込めばほぼ一瞬で魔力が満杯になるので、それでいいなら簡単なのだけど、それでは威力が出ない。
増してナイフは許容量が普段の剣の半分以下。
慎重に加減するのは集中力と少々の時間を要した。
「……オーバースラッシュ!!」
振るう。
……そして、ユーカさんのように真っ二つとはいかないけれど、なかなかいい具合の傷を大岩の残骸につける。
「魔力込めなさ過ぎかな……難しい」
「そこそこいい感じじゃん。これなら予備としちゃ充分じゃね?」
「『パワーストライク』なら何も考えず魔力込めるだけでいいから一瞬なんだけどね。……もう開き直って素手の方がいいかも。ナイフじゃリーチなさすぎて心もとないし、こないだのサーペントみたいに雷引っ張ったりしちゃうし」
「いや電撃使うモンスターなんてそうそういねーよ……あと素手はちょっと難しいぞ」
「え? ユー、素手の技あるんだよね?」
「あるけどお前、投げ技とか普通にできねーだろ。あれはさすがに体術の心得がちょっと必要だ。すぐには身につかねーぞ」
「いやいやいや。素手ってそういうことじゃなくて、パンチとかチョップとかの強化技とかさ。それこそ『オーバースラッシュ』みたいなのとかさ」
「あー……お前、そういうの試す暇なかったんだっけー……」
ユーカさんは「何から説明したものか」という顔をする。
「魔術の勉強ちょっとでもしてたらすぐわかることなんだけどな……まずな。武器を媒体にした技と素手発動の技は性質が全然違う。手から直接破壊力のある魔力波を出すのはすげー難しい」
「……なんで?」
「魔術的には魔力行使の『目的』ってのがわりと重要でな。剣は『切り裂く』ことしかできないから、魔力で強化すると切り裂き特化に魔力が変容する。でも手は出来ることが多すぎて、『ぶん殴る』力と『保持する』力、『握り潰す』力、『引っ掻く』力、『ねじる』力……魔力がいろんな形に分散しちまうんだ。それを防いで単一目的にまとめたいなら、呪文詠唱か専用の魔導具使うしかない。格闘系の前衛が腕輪とかつけてんの見たことあるだろ。ああいうの使わないとロス多すぎて効果出ないんだ」
「えー……」
見たことはあるけど、ゲン担ぎとかただのオシャレだと思っていた。
「足も同じ。意外と足って色んな目的で動かせるからな。それをぼんやり魔力注いで強化するのはちょっと難しい。……ただまあ、手よりはまだしもマシかな。筋肉単位で魔力を込めることで思ったように強化する、って手はある」
「なら蹴り技の方が目がある……?」
「モンスター殺すレベルの蹴り技使って足が無事に済むようにするつもりなら、結構対策いるぞ」
「……そうだろうね」
太腿とかふくらはぎとかの筋肉を魔力で強化する、というのはイメージできるが、いざ蹴る段でどこをどう強化したら足が「壊れない」のか、というのは見当がつかない。
となると……やっぱり足輪とかで魔力を制御するか、あるいはメチャクチャ頑丈な脛当てを用意するとかしないと、蹴りで武器の代わりにするのはキツいか。
……なんか、予備武器持てっていうユーカさんの意見が一番正しい感じに思えてきたな。
「そういえば『必殺ユーカバスター』とか『フルプレキャノン』ってのはどうなんだろう」
「あー……まーフルプレキャノンはいつか本人に会った時にでも聞けばいい。どうせ真似するには色々覚えないといけないからまだ無理だし。で、必殺ユーカバスターは簡単に言うと」
「言うと?」
「限界まで魔力を溜め込んだ拳を一瞬で高速回転させて、無理やり破壊方向にエネルギーを振り向けるんだ。で、そのままぶつける。……回転だけじゃマジで指向性のないただの破壊エネルギーにしかできねーから、敵もブチ抜くけど腕にもほぼ同じ威力で跳ね返ってくる」
「……ええと」
「まあ、普通に殴るよりは確実に強いんだけど、使わなきゃいけないほど硬い相手なら確実に拳は駄目になる。手首も。肘までで済めばまあまあ。肩が外れる可能性もあるな」
……どんなシーンで使うんだそんなの。
「マードがいなきゃ使えない技だな、前言った通り。……マジで最後の手段」
「僕には向いてないことだけはわかったよ……」
そもそもゴリラユーカさんだからこそ意味のあったダメージ交換だろう。僕では普通に殴るのさえ大した威力にならなさそうだし。
「ま、今はソレで『オーバースラッシュ』撃つ練習に集中しろ。無駄にはなんねーよ。今回は火も出ないからアーバインたちも文句は言わねーだろ」
ナイフを改めて握り直し、僕は言われた通りにする。
……しかし実際、ナイフでもこれだけの射程と威力があればなかなか頼もしい。
魔力を込めるのにあまりにも小刻みの加減が必要で、どうも威力にバラつきが出るのをもう少しなんとかすれば、カッコよくダブルナイフっていうのもいいな。
なんて、構えをいろいろと変えて妄想しつつヒュンヒュンとナイフを振って「オーバースラッシュ」を飛ばす僕。
ユーカさんはそれを見て溜め息。
「……ってーかさ。そのナイフですらアタシやファーニィは何分も溜めてようやくワザになるってのに、お前ほんと雑ーにやっちゃうのな。……マジで羨ましくて泣けるわ」
「ユーなら、子供の、ころから、できて、そう、だけどっ」
次々振りながらそう言うと、ユーカさんはバカ言え、と笑う。
「ようやく『パワーストライク』としてモノになったのは、それこそフィルニアでひでー目に遭った頃だよ。それも敵から逃げ回りながらなんとか溜めてのとっておき、って感じだったぜ。『オーバースラッシュ』の安定発射なんて、それから半年はかかったな。2秒で撃てるようになったのはここ2、3年ってとこだ」
「そんなに……」
「マジで天才だよ、お前は。……アタシの力が入ったせいだとしても、卑屈になるこたねー。もうくれてやったもんなんだから、その才能はお前のモンだ」
「……なら、なおさらしっかり大成しないとね」
黙々と、ナイフを振る。
……口には出さないけど。
もしも、僕に本当にユーカさんのような……ユーカさんをも超えるような才能があるのだとしたら。
どんなドラゴンや邪神を倒すよりも、ユーカさんをこそ守りたい。
そんなに長い旅でもないけど、一緒にいて、思う。
この人はやっぱり英雄で、それでいて今の見た目通りの可愛さもあって、今のかわいい外見を喜んで受け入れているようで、戸惑っている……どこか女性として未成熟なところもあって。
それはきっと、この人があまりにも英雄として立派に生きすぎたからで。
……ここからは何もかも重荷を捨てて、楽しく人生を生きたっていい。本当にそれぐらい価値のある事をしてきた人だ。
そして僕は、その荷を受け取って……守るものもなければ、目指すものも曖昧だ。
だから、受け取ったものに責任をもって大英雄になること以上に、ユーカさんをそばで守ることを目標にしていきたい。
別に好きあった恋人なんかじゃない。いつかは離れてしまうものかもしれない。
行き場を失った僕の庇護欲が、死んだ妹の代わりを求めているだけなのかもしれないけれど。
……どうせ底辺として足掻いた末に、死ぬくらいしか予定がなかった僕の人生だ。
いつかお互いに本当に理想の姿になれるその日まで、ユーカさんのために生きたっていい。
仲間として、弟子として、心からそう思う。
そんな特訓をしている最中だった。
「エックスさーーーーん!! エーックスさーーーーーーーん!!!」
遠くからそんな風に叫ぶ男の声が近づいてきた。
「なんだ?」
ユーカさんが立ち上がり、僕もナイフを収めて声の方を眺める。
しばらくするとメルタの酒場の店主が、エプロン姿のまま、ほうほうの体といった感じで現れた。
「え、エックスさーーーん……!! あ、アンタたち、エックスさんの飲み仲間の……!!」
「おー。なんだ、アイツに用かよ」
ユーカさんが応対する。僕は周りを見回し、近くにいたファーニィと目を合わせると、ファーニィは心得たとばかりにマード翁を呼びに行く。
今日も少し上流で釣りか、あるいは川風呂にでもいるはずだ。
「どうしたんですか」
僕は改めて尋ねる。
マード翁に用だとしても、暇な冒険者の一人も使いに出せば済むだろう。店を空けるのはうまくないことのはずだ。
……店主はしばらく息を整え、背後を何度も振り返り、唾を飲んで。
「……街に山賊団が来たんです。ウチの連中が応戦してるんですが、冒険者なんて言ってもここらの連中ですから……」
「山賊団か……ったくどこもかしこも」
ユーカさんは苦い顔をした。
「このままじゃ町中がメチャクチャにされてしまう……でもエックスさんなら」
「ちと高いぞい」
マード翁はファーニィに引っ張られてきた。
そして、僕とユーカさんに目配せして。
「……付き合ってくれるかの? あんまり気持ちのいい仕事でもないが」
「もちろん」
「あー、まあしゃーねーだろ」
僕は即座に頷き、ユーカさんは耳をほじりながら言う。
そしてアーバインさんも木の上から降りたって。
「……今度は置いてきぼりはナシな。さすがに留守番はつまんねーや」
「も、もちろん私も行きますよ?」
ファーニィもやる気アピール。
話は決まった。
 




