特訓は続行
僕はアーバインさんとファーニィに座って反省させられた。
「あのなーアイン? 俺はわりとエルフ的自然主義は気にしない方だけど山火事だけはシャレになんねえぞ? ちょっと景気のいい焚き火程度に思ってるかもしれないけど本格的に燃え広がったら俺らの魔術程度じゃ何の歯止めにもなんねえからな? 鉄砲水や噴火と同じでもう何もかもなくなるまで遠くで待つしかなくなるんだぞ?」
「はい……」
「森が燃えるのって人間が思う以上に悲惨ですからね。人間って生きる年数が短いせいか逆に森がきちんと環境構築するのって簡単だと思ってるフシありますよね。どうなんですかアイン様」
「いやそのへんはあんまり……」
言葉の意味はかろうじて分かるけど、それが具体的に何を指しているのかわからない。
ファーニィってちょっと頭足りないよな、というのが普段の認識だけど、こういう難しい話になると歯が立たない。アーバインさんも同じ。
「火ィ消えたんだしいーじゃんか」
ユーカさんはケロッとしたものだった。それをチラッと見てエルフ二人は揃って溜め息。
「俺たちは雑に火事起こしちゃう気構えに文句を言ってるわけでね?」
「そうです。わざとじゃないとは言いますが防ぎようはあったわけで」
なおも言い募ろうとするアーバインさんとファーニィ。
しかしユーカさんは肩をすくめる。
「山火事なんてモンスターの縄張り争いとかでいくらでも起きるじゃん。アイン詰めたところでどうしようもねーし」
「それでも起こさない気持ちが大事なんだよ! っていうか木々の一本一本にも精神が宿ってるっていうのを人間は軽視し過ぎるからさあ!」
「っていうか火を噴く系のモンスターって基本、森みたいな可燃物の多い地域には出ないでしょう!? たまに流れつくこともありますけど!」
「アタシがやっただけでも森ン中でファイヤーブレス持ちが出たの20件以上あるぞ。こないだアインとやったヘルハウンドもだけど」
ユーカさんの冒険者歴を考えても結構多いな……。
あんなブレス出せるのが森の中にいたら、確かに火事なんて起き放題だ。どうしようもなくないだろうか。
そんなことを考えているとアーバインさんは溜め息。
「それを野放しにしてると砂漠になっちゃうんだよ。だから冒険者なんてモンが浸透する前は、エルフがそれぞれの森に火炎系モンスターが入らないように生息域を調整してたし、赤飛龍なんか根絶する勢いで狩ったりしたんだ。……狩ったのになあ……」
「結構いるよな」
「遺跡とダンジョンが悪いんだよ! なんで絶滅させたと思ったらあそこから溢れた奴が種族再興してんのさ!」
「アタシに言うな。それにワイバーンなんかいくら狩っても微差だろ。ドラゴンがいたら」
「なので俺としてはユーカにもっとドラゴン狩っといて欲しかったんだよね」
アーバインさんの前史がおぼろげながら見える会話だ。
っていうか、アーバインさんでも単騎じゃ狩れないんだな、ドラゴン……。
そしてファーニィは改めてユーカさんを怪物を見る目で二度見している。
「……ドラゴン狩れたんですかユーちゃん」
「おー。二頭は狩ったぞ。一頭は……まあ引き分けた」
「いやアレはユーカの負けだったろ」
「死んでないから負けじゃねーだろ!?」
「ユーカって意外と討伐失敗は多いんだぜ。パワーゴリラだから変な特殊能力使う奴には相性悪い」
「お前はそもそも火力弱すぎて狩れねー相手多いじゃねーか!」
「あのなあ。俺を火力弱すぎ扱いすんのなんてユーカとフルプレとリリーちゃんとクリスくらいだぜ」
マードさん以外全員じゃないですか。
……と思ってたらマードさん、魚籠いっぱいの川魚を手に釣りから戻ってきて。
「ワシもアーバインの火力高いと思ったことないのう」
「治癒師に言われる筋合いなくない!?」
「だってお前、それこそドラゴンだの邪神だのとの戦いはボケッと突っ立っとる以外なかったじゃろ。どうせ効かんから邪魔だろーとか言うて。クリス坊やでさえ手は出しとったのに」
「魔術師はそれこそ大物相手にデカいの撃てなきゃってとこあるじゃん」
「そこで根性見せんからお前はカッコいい二つ名つかんのじゃよ」
「む、昔はかっこいい二つ名あったんだぞ! 呼ばれなくなっただけで!」
そろそろ立っていいですか。
で、最初に目標としていた大岩切断をやってのけてしまったので、ここで合宿を終わる……ということにはならず。
「もっと体が出来上がるまでトレーニングした方がいいぜ。お前ゼメカイトの頃食うや食わずで全然体鍛えられてなかっただろ」
「一応素振りくらいはしてたし、三日とおかずに依頼もやってたんだけど……」
「実戦は大事だけど実戦だけじゃ地力にはなんねーぞ。弱いままの筋肉じゃできることが限られる。いざって時に足が動かなきゃ、腕の余力が残ってても意味ねーしな」
全くその通りすぎるな、とユーカさんの左手を失ったヘルハウンド戦を思い出す。
もっと体力があれば、ユーカさんが酷いことになる前に辿り着き、余裕を持って戦えたかもしれない。
……いや、でもユーカさんが喉を傷つけてブレスを封じてくれたおかげで、ただの四足獣以上の攻撃はできなくなってたわけだから、逆に危なかったかもしれないけど。
「それに、いいモン食ってなきゃ、いくら鍛え込もうとしたって体が壊れるだけだぞ。食ったモン以上には体は盛り上がらねーんだ」
だから食え食え、と両手に川魚の丸焼き串を持って僕に食べさせようとしてくる。マード翁が釣ってきたやつだ。
「た、食べるよ。食べるって」
「腹いっぱい食って、ぐっすり寝て、めいっぱい頑張る。これが強くなる秘訣だ」
「本能的だなあ」
「ゴリラだって本能で生きてるから強いんだぞ。小賢しいのがいいことってわけじゃねーんだ」
「それはまた別の話じゃないかな?」
生物種的な問題をすっ飛ばさないで欲しい。
……そしてそんなユーカさんを、マード翁とアーバインさんは孫を見る目で眺めている。
「可愛いのう。お姉さんぶりたいんじゃのう」
「ゴリラがアレやっても子分への褒美にしか見えないけど、今のユーカだとすごく健気というか尊いというか」
ユーカさんは顔を赤くし、串を振り回しながら怒る。
「お前らアタシが24ってこと普通に忘れようとすんなよ!?」
しかし二人は歳の話題では強い。
「24なんて子供じゃん」
「子供みたいなもんじゃろ。70の爺から見りゃ変わらんわい」
エルフと老爺にしてみるとそんなもんらしい。
「自称17歳じゃなかったのかよマード」
「はて、なんか言ったかのう」
耳の遠いふりまでしてみせるマード翁。強い。
……そしてファーニィは、「70の爺」という言葉に改めて複雑な顔。
「私……こういう歳に見えちゃってるんですね人間視点だと……」
そういえばファーニィも70歳って言ってたか。
……いや、そもそもエルフは別の生き物だとは理解してるから、そこまで気にしなくていいよ。
で、その場の三人目のエルフであるロゼッタさんは僕の傍らにあった剣を取り、改めてその眼で眺め。
「……それにしても、この剣を予想以上に使いこなしているのですね、アイン様は」
「使いこなす……っていうか、火属性がすぐ出ちゃうからちょっと困ってるんだけど。オーバースラッシュが光るし」
「中古品の無調整魔導石ゆえ、火の入りが鈍いはずなのですが……」
僕の場合、普通に斬るより魔力を込めて使う機会がはるかに多いし、そうなると必然的に火属性が発動してしまう。
もちろん「突き刺して爆熱で殺す」という手段は決め手としてとても強いのだけど、その前の段階で不必要に炎が出てしまうのは少しだけ不便。
いや、でも「オーバースラッシュ」初手で必殺の威力を出せるようになったから気にしなくてもいいのか……?
「なんとか、火属性を出さないような使い方もできればいいんだけど」
「承りました」
「えっ」
スッ、と剣を手に背中を向けるロゼッタさん。
「承ったって……なんかするんですか」
「魔導石を交換すれば特性を変えられるはずです。火属性を無効にするだけであれば同等品の剣をお持ちすれば済みますが、任意で切り替えるのをご要望であれば、剣に合わせた専用の魔導石をご用意するのが最善でしょう」
「え、えーと……持ってっちゃうってこと?」
「数日あれば調達できると思います。特訓を続けられるのであれば問題はないかと」
ま、まあ……そう、かな?
しかしファーニィに盗まれ、鍛冶屋にも数日取り上げられた経験もあって、剣を持っていかれることには抵抗がある。
そんな僕の心情を知ってか知らずか、ユーカさんは気楽そうに。
「おー、そんなら魔導石はリリーに頼むといーぜ。アイツ本来は実戦じゃなくて机仕事が得意らしいし」
「リリエイラ様は魔術学院の仕事でそれなりにお忙しいはずですが……」
「これ持ってけばすぐ聞いてくれるって」
ぽい、とユーカさんが何かをロゼッタさんに放る。
何かと思ったら金色……琥珀色?の宝石。
なんか見た覚えがあるような、ないような。
「こないだアインがブッ殺した変種サーペントのデコにあった石だ。珍品だからアイツなら喜ぶぞ」
「あれ回収してたんだ……?」
「だいたいアインがやっちまって悔しかったからな。アタシも両手揃ったからひと暴れしようと思ってたのに」
にひひ、と笑うユーカさん。
……そういやサーペントをよじ登るって相当な無茶してたな。ファーニィが食われかけてたとはいえ。
「それと、出る前に言ってた珍種ワイバーンの回収もどうなったか聞いてきてくれ。ちょっとは分け前あるはずだろ」
「ユーカ様が分け前をお気になさるとは……」
「アタシはいらねーけど、アインがちょくちょくカネの心配するんだよ。取れるってんなら取らねーと」
う……。
まあユーカさんたちはそれぞれ、活躍に相応しい十分な資産があるのだけど、僕……と、おそらくファーニィはそんなに金銭に余裕はない。
そして仲間が金を持っているからって、それをアテにするような真似をしないのは、冒険者としてのマナーだ。
それがまかり通ったら、純粋に冒険を目的として自由に組むことは難しくなる。カネになる冒険に成功した途端、一気にタカられ放題になって共倒れというのも有り得るだろう。
まあマナーはマナーであってルールではないので、往々にして破られるものでもあるのだけど……。
「ま、貧乏旅行も悪かねえけどな。ウチのリーダー様には金の心配より自分の成長に集中してもらわねーと」
「……えっ、僕がリーダーだったの?」
「アタシはリーダーじゃねーだろ、さすがに」
「ずっとユーを中心に冒険してるつもりだったんだけど……」
「最初だけだろ!? ってーかアタシもうちょいのんびりやってても良かったのにマード目指して超急いだのお前じゃん!?」
「いや片手ないのにのんびりできる神経がわからないよ!?」
「ユーカじゃからのう」
「ユーカは何度もやってるからねえ、アレ」
マード翁とアーバインさんは「何も不思議はない」といった顔だった。
何度やってたって平気なモンでもないと思うんだけど……。




