意外な秘訣
特訓開始から五日目。
マード翁が釣りをし、アーバインさんがキノコ狩りに精を出し始める中、僕は行き詰まっていた。
「いくらやってもこれ以上の威力にならない……」
岩に刻まれた焦げ跡のような傷はもう網目のように一面全体を覆い、どれが新しい傷なのかわからない。
構えも振りも最初に比べたら多少マシにはなったがそれだけで、ユーカさんの言う「集中」による威力の向上は進まなかった。
「おっかしーなー……だってアタシができるんだぞ?」
「だから才能なんじゃないかなあ……」
「んなこたねーって。ファーニィだってアーバインの真似くらいはできてるだろ」
ファーニィは治癒術の合間に「オーバースラッシュ」の実演に成功し、なかなかいい線の威力を叩き出していた。
いよいよ僕の立場がない。
ファーニィはユーカさんに輪をかけて「溜め」に時間がかかっていたとはいえ、それでも岩に深さ数センチの傷はついたのだ。
僕も試しに同じだけ溜めて撃ってみたが、魔力を無駄遣いした感触があるだけだった。
とりあえず初心に帰って鞘に入れて溜めたものの、しばらくすると鞘がえらい勢いで熱くなって手が焦げかけてしまった。その火傷はファーニィにすぐ治してもらったものの、抜き身で溜めている間、誰が見てもわかるくらい剣が高熱を放ち続けて見るからに無駄にしていた。
そして威力はやっぱりそのまんま。
……ここまでくるとちょっと落ち込む。
人より才能が「ない」というのは……まあ、さほど衝撃的でもないにせよ。
一応、それによる戦いがとんでもないアドバンテージを生むと期待してしまっただけに、ガッカリというか申し訳ないというか。
「はぁ……」
「そ、そんな諦めるなよ、たった四、五日で」
「うーん……でもファーニィもできたのに」
「あいつの飲み込みがすげーんだよ。アーバインも驚いてただろ」
「…………」
もう、どうしたらいいやら。
開き直って溜めの早さを利用した戦い方を追求していく、というのが手っ取り早いのだろうけど、そうなると今度は僕の魔力量が問題になる。
放つのが得意ではあるものの、別に量自体は多くはないのだ。
魔力量自体を意図的に増やすのは、今のところ希少素材を使った特殊薬を使うほかはない。それも劇的に伸びるという感じではなく微々たるものなので、それこそユーカさんたちクラスの大冒険者でもなければ費用対効果が悪すぎて検討もしないような話。
「オーバースラッシュ」では威力が低すぎて長期戦が出来ない、というのは、そこを思えばいつかはぶち当たっていた問題ではある。
「パワーストライク」に頼るというのも……まあ、普通はそこそこ時間をかけて溜める必要があるという点を思えば多少意味はあるにせよ、戦士としての僕の地力がもっと伸びないと危うさが先に立つしなあ。
それ以外の技……「ゲイルディバイダー」は要するに「パワーストライク」の亜種、相手が魔力攻撃を撃ってきた際のカウンター特化でしかないので論外。「ハイパースナップ」は言わずもがな、一発芸だ。「オーバーピアース」は「スラッシュ」よりは貫通力に優れるものの、やっぱり岩を貫くのは無理だし。
「……結局、楽にはいかないってことかな」
「いや、なんかをちょっと直せばいけるはずだ。もっといろいろ試せ。魔力をもっと早く放つとか、遅く放つとか……」
「信じてくれるのは嬉しいんだけどね……」
下手に「ユーカさんも驚くような才能」と吹け上がってしまっただけに、なんかもう、こうもパッとしないと恥ずかしくて嫌になる。
同時に、僕らしいなあ、とも思うし。
……そんなにうまくいくわけないんだ。僕の人生なんて。
……と、気まずい空気になっていたところに、どこからともなくロゼッタさんがやってきた。
「お、ロゼッタ? なんか来る間隔早くない?」
ユーカさんが言ったので振り向くとそこに立っている。
「お役に立てる気がしましたので」
「おー。なんかいい武器でもある?」
「いえ。……私の『眼』がお役に立つかと。人には見えないものが見える眼ですので」
ロゼッタさんはどこかうつろな二つの目と、妙に目力の強い額の目で僕を見る。
「ゼメカイトからでは良くは見えませんでした。……件の技、改めて見せていただけますか」
「お前わかんのか? 戦闘はさっぱりだったはずだろ?」
「この眼であれば、あらゆる危難は近づく前に避けられるもの。わたくしが戦う必要はありませんので。……しかし、ユーカ様とアイン様の差は詳細にご指摘できるかと」
……あんまりいい結果は出そうにないけどなあ、と、すっかりネガティブになった僕は内心で呟きながら、言われた通りに剣をもう一度握る。
そして。
「なるほど。……とても簡単なことでございました」
「へ?」
僕、そしてユーカさんの「オーバースラッシュ」を順に見たロゼッタさんは、なんだ、という顔をした。
「な、何がいけなかったの? どういうコツが?」
すがりつくように尋ねる僕に、彼女は微笑み。
「……溜め過ぎです」
「は?」
「ユーカ様とすべての条件が同じであることが肝ならば、という仮定での話ですが。ユーカ様と同程度の魔力充填量で良いのなら、アイン様は今の六割程度で止め、振るえば事足ります」
「え、えー……えぇ?」
待って。
力、抜くの?
それで威力……出るの?
「あーあーあー、なーるほどー……アインは溜めるのがクソ早い上に『満杯』がヘタにわかっちまうから、『溜まる前の半端なとこ』ってのが今まで発想の外だったってわけか……」
「そんな……っていうかそれで強くなるという理屈が全然……」
「技の要点は魔力量の多寡ではない、と考えれば自然なことです。何事にも適量というものがある、それだけですよ」
「よし、いいからやってみろアイン。それでヘボのままだったらロゼッタ罰ゲームな」
「お受けしましょう」
受けるの?
ってかそれロゼッタさん不利過ぎない? 武術の専門家でも何でもないはずでしょ?
……と、ツッコミを入れても仕方がないので、とりあえずやってみよう。
六割、六割……これだと溜め過ぎか? ちょっと引っ込めて……。
「……一度込めた魔力を吸った……?」
ロゼッタさんが怪訝そうな顔をしたが、僕はそれにいちいち反応するのは後にして、ロゼッタさんに言われた通りの「六割程度」を心掛け、今度こそ、という気合を込めて……振る。
「オーバースラッシュ!!」
タンッ、と、今の僕にできる一番強い踏み込みと共に振るった剣から生まれたオレンジ色の線は……岩に到達し、明らかに今までと違う音を立てて。
……斜めの線が貫通し、ズズズズ、と滑り落ち始めた。
「やった!!」
「嘘……!?」
自分のことのように快哉を叫ぶユーカさん。
そして僕自身が一番びっくりした。
どうして「力を抜いた」奴が一番強くなるんだ……!?
「察するに、武器の中で魔力が一旦遊動する『隙間』のようなものが必要なのでしょう。ユーカ様や祖父はそれを経験で理解していた、ということなのでしょうね」
ロゼッタさんは微笑む。
……そして。
「どわーっ!? おい待て山燃やす気かコラ誰だってこんなんアインだなこの野郎!?」
アーバインさんの声が、岩のはるか向こうの山から聞こえる。
どうやら火属性の「オーバースラッシュ」がそのまま山の斜面まで到達してしまったようで、木が何本か倒れ、炎上していた。
「……やば」
「がっはっはっ。おーいファーニィ! ああいうの消すの得意だろ、ちょっと手伝え!」
「え、何してんですかアイン様!!」
……エルフにしてみると山火事はシャレにならないものらしい。
慌てて消火活動に僕も加わった。




