再びの強化合宿
翌日。
具体的な予定は決めていなかったものの、今日から山籠もりに出るんだろうな……と思いつつ宿屋の食堂に出ると、ユーカさんとアーバインさん、そしてマード翁の囲むテーブルに、当然のようにロゼッタさんが着席していた。
「……ロゼッタさん!?」
「ご無沙汰……というほどでもありませんか。お邪魔しております、アイン様」
「ちょーっ! アイン様に様付けは私の特権ですよ!?」
「ファーニィはちょっと黙って?」
後ろで騒いでいるファーニィを睨んで黙らせ、僕も同じテーブルに着く。
ロゼッタさんはユーカさんが両手を頭の後ろで組んで椅子を漕いでいる様を見て微笑み、そして宿の外を手のひらで示して。
「野営に必要と思われるものを調達してまいりました。よろしければどうぞ」
「おー。気が利くなあ、いつもながら」
「ゼメカイトを出た時点では祖父とマード様はよく見えておりませんでしたので……手の治療の成否も含めて不確定要素が多く、少々差し出がましいかとも思ったのですが」
「いや、助かるわ。ありがとな」
優雅に礼をして席を立つロゼッタさん。
そのお尻にマード翁が手を伸ばそうとして、意外にもアーバインさんに椅子を蹴られて阻止される。
「さすがに肉親の前ではやめろよな?」
「ちぇー。ケチじゃのう」
「ケチも何もないだろ」
……そういうとこユルいのかな、と思ってたけど、思ったよりちゃんとしているようだ。いや、まあ当たり前か。
「なんかアーバインさん、今みたいなやつ放置しそうなイメージでした」
ファーニィがだいたい僕と同じような感覚のことを言う。
アーバインさんは心外そうな顔をした。
「なんか誤解してるみたいだけど、俺ってそんなモラルぶっ壊れスケベザルに見える?」
「はい」
「ちょっとくらい躊躇しようぜ一応礼儀として! いやまあだいたいみんなそういうけどさあ」
はぁ、と肩を落としつつ、アーバインさんは真面目な顔で。
「俺はね、ただただ楽しいことが好きなだけなんだ。そこんとこ勘違いして欲しくないね。別に女の子にあまねくエロスを求めてるわけじゃないし、当然ロゼッタにそういう真似されて見過ごすような倫理観じゃないわけよ」
「どう違うんです?」
「どうって。めちゃくちゃわかりやすいでしょ。刺激的な冒険と華やかな美女、美味い飯、酒……そういう魅力的なものが素直に好きなだけで、女の子と遊ぶのだって、とにかくおさわりできりゃOKとかベッドインできりゃいいってもんじゃない。ただ俺がイケメン過ぎるから結果的にそれ込みのお付き合いになっちゃうし、その上未練持たれて『女ったらし』なんて言われちゃうだけでな?」
「めっちゃくちゃ勝手な感じだっていうのはわかりますね」
「と、とにかく。俺としては、マード爺さんみたいにとにかく乳尻見たい触りたいっていうのはエレガントじゃない……っていうのはわかってほしいわけよ。紳士の価値観ってやつなのよ」
「その割に私やユーちゃんのパンツ見えると気持ち悪い顔して喜びますよね」
「それは男として仕方ないじゃん!?」
彼としてはマード翁となんでも一緒くたにはされたくない、イケメンらしく己の流儀を大事にする風流人だと思われたい……というのはとにかく伝わってくるものの、ファーニィとユーカさん、あとロゼッタさんは揃って白けた顔をする。
「紳士とか言われても特に好感は持てねーよな」
「変にカッコつけてない分むしろマード先生のほうがちょっぴりマシ感ありますよね」
「……孫だから守った、の一言で終わらせられないあたりに貴方の限界を感じます」
「なんだよ!? なんでセクハラ阻止してここまでボロクソ言われちゃうの俺!?」
確かにちょっと不憫だ。
……あとファーニィ、もうマード翁のこと先生呼ばわりに変えたのね。
「ほっほっほ。人徳人徳」
「いやマード爺さんもそんなに褒められてはいないかんな!?」
「ワシは尻に触った後なら殴られようが蹴られようが刺されようが燃やされようが甘んじて受け入れる覚悟があるぞい。カッコつけてはいかんのじゃ」
「単に爺さんそれ全部怖くないだけじゃんよ」
「そうとも言う」
やっぱり駄目さ加減ではドングリの背比べだな。
そして僕はこういう話題で巻き込まれないようにしよう。何にどう絡んでも益はないやつだ。
その場にいても存在感を消す。そういう器用さには自信がある。
今回もロゼッタさんは用を済ませるとさっさと帰ってしまった。
「さて。アインの鍛錬にちょーどいい場所、この近くにねえもんかな。ちょっとぐらい暴れてもいい広さがあって、人里からほどよく離れてて、それでいて野営に適した水場もある感じの」
「ワシはせっかくじゃから温泉の近くがええのう」
「俺も俺もー。あとテント泊にはこだわんなくてもいいと思うんだよね。空き家とか紹介してもらう方がもしかしたら早いかもしれない」
「いーやテントだ。テントは譲れねー。それと焚き火だ。かまどとか暖炉じゃ駄目だ」
「ユーカってマジそれ好きだよね……」
「私も意見言っていいですか? 弓の練習もできるところがいいんですよねー私も弓使えるってとこお見せしたいんで」
「アーバインいなくなってからそれは主張したほうがええんでないかのう。こいつ弓の腕だけはガチじゃから並ぶとおつらいことになるぞい」
「え、なんか俺追い出されることになってる?」
「お前、アイン君やファーニィちゃんが大成するまで付き合うつもりないじゃろ? 多少付き合っても手抜きじゃろ?」
「そりゃそうだよ、若い子の冒険で俺らが本気出しちゃ大人げないだろ」
「うん。早く追い出した方がええぞい。こいつ面倒臭いから」
「いや爺さんもそこまで言う!?」
この人たち、仲がいいんだか悪いんだか。
でもあんまり頼り切っててもよくないんだよな。ファーニィはどこまで本気で取り組む気なのかよくわからないけど、僕はユーカさんに並ぶまで頑張らなくてはいけない。少なくともユーカさんはそうなることを信じている。
偉大な先輩の頼もしさにおんぶにだっこじゃ「先輩たちの冒険の手伝い」から抜けられるのはいつになるやら。
特に僕は「自信」こそが必要だ。
ユーカさんのおかげで才能は足されている。それを駆使して、命の危険と無関係に、あらゆる敵と安定して戦える自信をつけるには、やはり自分の力に見合った環境が必要。
追い出す……というと気が引けるけど、いつまでもは頼れない、よな。
「ま、とにかく。この辺の地理に詳しい奴……というと、やっぱり」
「酒場の店主じゃろうな」
ユーカさんの目配せにマード翁は頷く。
そして冒険者の酒場で店主に話したところ、最初は「そんな場所あるかなあ……」と渋っていたが、マード翁が何らかのジェスチャーをすると慌てて態度を改めた。
「ええ。ありますよ。いいところが」
……どうもマード翁、以前にこの店主の「恥ずかしい病気」とやらを治したことで、弱みを握った感じになってるっぽい。
本人、それを隠しおおせていると思ってそうなのだけど、会話で察せちゃうよなあ。
「……でもあんまり荒らさないで下さいね。景色がいいんで観光案内の穴場扱いなんです」
「まあまあ。どうせひよっ子たちのちょっとした鍛錬じゃよ」
「ひよっ子って言ってもそのメガネの彼ですよね? この前の遺跡で巨大サーペント討伐した人ですよね? しかもろくな援護もなく剣で」
「……まあそれはそうじゃが」
「あああ……」
いや、確かにやりましたけど、僕そんなに場所荒らしそうに見えますかね?
ゼメカイト近くの山の湖では、結局湖面だけ切ってばかりだったんで、ほぼ何も壊してないんですが。
「……ここです。本当にできるだけでいいんでお願いしますよ」
店主の哀願に近い要求に苦笑しつつ、地図を確認する僕たち。
そして。
「よーし。それじゃ始めるぞ、第二回強化合宿!」
「いぇーい! 私初参加ですが!」
「うぇーい。俺も初参加」
キャンプ予定地を前に気勢を上げるユーカさんと、それに続くエルフ二人。
「元気があっていいのう」
保護者顔で眺めるマード翁。
僕はというと……。
「どうして荷役用の動物とか買わないんですかね……」
……また前のように荷車を引かされて、すっかり体力を使い果たしていた。
マード翁もアーバインさんも手伝ってくれないんだもんなあ……。
「これぐらいでヘバる体でよくユーカについてこれたのう」
苦笑するマード翁。
……僕もそう思います。っていうかまだユーカさんに鍛えられ始めて三か月も経ってないんです。




