告白
「ユーカ」
「……アイン?」
今までずっと、見下ろしながらも見上げていた。
どこまでも「あの伝説の人」だった。
親しくなっていたつもりでいたが、結局は「自分とは違う世界の人」として接していた……ともいえる。
でも、今さら、本当に今さら、僕はこの人を上でも下でもない、真正面から見ることができたのかもしれない。
邪神すら殺す無敵の戦士ではなく、時代を変えるカリスマでもなく、ただ必死で自分の人生を生きようとしている寂しがり屋の少女。
世界を守ろうというのでもなく、何かが欲しかったというのでもなく。
ただ、強いから、できるから、もっと強い相手を倒してきただけの。
そうすればみんな喜ぶ。みんなを守れるから。
英雄になりたかったわけじゃなく、英雄でいる以外に何もできなかっただけの不器用な少女。
「僕は、一生ずっと、君のそばにいる」
恩義じゃなく、妹の代わりとかじゃなく。
僕は、そんな彼女の隣にいられるのなら、そうしてあげたい。
それができるくらいの力はあるはずだ。
「たとえ誰がいなくなっても。何が敵になっても。君が冒険者じゃなくても、僕はずっと隣にいるよ」
「冒険者じゃなくても……?」
「もう充分稼いだよ。日銭に困ることはない。フルプレさんもリリエイラさんも、マードさんだってそうだったように……冒険以外の人生を探すくらいの暇はある」
そうだ。
ここまで一緒に活躍してきたみんなには申し訳ないけど、それだってまたひとつの落ち着き方だ。
何十年でも戦い続ける冒険者なんて、そう多くはない。
満足いくまで稼いだから。自分の目標と思えた相手に勝てたから。あるいはただ、いい潮時が来たから。
スッと冒険者から身を引いて、戦いとは縁のない人生に向かうというのは、決して非難されることではないのだ。
冒険には夢があるが、夢があるのは冒険だけではない。
ユーカ自身が冒険以外の世界を夢見たように、僕だってそうするのは決していけないことじゃない。
「だから、安心して。君は何も間違っていない。……間違っているとしたら、君を利用しようとした奴らだ」
メガネを押して、僕はそう言う。
「思い出したよ。僕は、十年後の自分を想像したかった」
「え……」
「君に出会う前の僕は、想像できなかったんだ。他の冒険者たちが『いつか冒険者をやめて、郷里で家業を継ぐ』とか、『誰かちょうどいい嫁さんを見つけたら腰を落ち着けて店でもやる』とか、よく言ってたよね。僕はそういうの、ひとつも思い浮かべられなかった。今ここで冒険者をしていて、それから十年経った頃の自分は何をしてる? ……ベテラン面をして『ワイバーンくらいならいい飯の種だ』なんて言ってる自分も想像できなかったし、かといって冒険者をやめてまた農民をやるのも、店をやるのも、全く想像できなかったんだ。歳をとる前にその辺で死ぬ姿しか思い浮かべられなかった。そんな壁貼り仲間は何人もいたからね。でも、君と出会って全部変わった」
「……でも」
「リリエイラさんに後から聞いたよ。君がくれた『力』は、僕の今の強さには全然関係ないって。……それでも、君が僕を信じてくれた。天才と褒めてくれた。だから僕は、自分がもっと強くなれると思えた。あの魔導書なんかなくても、それだけでよかったんだ。……今は、僕は十年後の自分を想像できるよ。十年経っても、二十年経っても、どこでも君と一緒にいる」
ずっと、彼女を見つめながら。
僕は、ゆっくりと語り掛け続けた。
「そのために邪魔なら、何とだって戦うよ。……君の帰るべき家は、もうないかもしれない。だったら僕が、君の帰る場所になる。君を孤独から守る壁になる」
「……妹の代わりに、か?」
「シーナにこんなこと言ったらキモがられて三日は口きいてくれないよ。ユーカだからだ」
ああ、そうだったな。
僕もだいたいヘラヘラしてただけだったけど、シーナは僕にあまりベタベタ過保護にされるのは嫌がったものだ。
それでも親代わりだったから色々してあげないわけにはいかなかったけど。
いつか誰かの嫁にやるはずだった、その時にはきっと僕も寂しくて泣くはずだった妹。
それはもう、過去になった。復讐は終わり、もうそれ以上にできることは何もなくなった。
これからはユーカのために、僕の人生を使おう。
なんとなくそうなるとは思いながら、今まで決して口にしなかった言葉を、はっきりと声に出そう。
「僕は君が好きだ。だから、ただ君のために生きたい」
「……っ……」
「拒んでも無駄だよ。他の選択肢なんてないんだ。僕には」
「……お前ってこうと決めるとマジでグイグイ来るよな」
「小賢しいことが言える学も経験もないからね。まっすぐ突撃するしかないんだ」
「……~~~っ、お前、言われて即そんな返しするそういうとこさあ……」
「照れてないと思ったら大間違いだよ?」
何言ってるんだろう僕、とは普通に考えてる。
でもまあ、正直で何が悪い、とも思う。
人を好きと言って怒られる筋合いはない。
退路はないなら行くだけだ。
「返事は必要ないよ。何も変わらないから。……僕はもう決めた。それだけだ」
だから、戦う。
戦って、どんな憂いも断ち切る。
僕にその才能があるというならやるだけだ。化け物と言われようが知ったことか。
「~~っっ!! 返事くらいはさせろバカ!! こっちにはこっちの……大人のプライドってもんがあるんだぞ!!」
「そう?」
「あるんだよ!! いや言うなわかってるから!! こんななっさけない恰好で説得力ねーってのは!!」
そう言ってベッドの上でバッと跳ね起きるユーカ。
寝る時は下着姿なので若干元気にアクションするにはふさわしくないけど、まあ黙っておいてあげよう。元気になったなら重畳だし。
「あのなアイン!! ひとつ言わせてもらうぞ!! ……アタシの方がずっと感謝してるしずっと好きなんだが!?」
「…………」
「何言ってんだって顔すんな今さら!! ホントやめろその顔!!」
「あ、いや、えーっと……」
「なんだよ!! お前がどれだけ頑張ってるかも、どれだけ辛い中で生きてきたかも全部見てんのに好きにならないわけあるかよ!! 普通に顔も好みだし!! そうでなかったらさっさとやめてゼメカイトでリリーんちにでも潜り込んでウダウダ暮らしてるよ!!」
だったらそんなに喧嘩腰で言わなくても。
とは思うけど、ユーカの性格だと……いや、スタンスだと、こうして勢いつけて言うしかないのかな。
彼女にとっては「ガサツで向こうっ気の強い大雑把な女」である自分を演じることが、前に進むための支えなのだから。
僕は多分相当な間抜け面をメガネを押して誤魔化しつつ。
「……そうか。じゃあ、うん。次は結婚だ」
「はぁっ!?」
「いや、『大人のプライドにかけた答え』をもらったんだから大人の手続きってものを」
「え、あっ、いや待って。それはもうちょい先だろ? まだ早まるな。思い切りがいいにもほどがある。いやお前そういう奴だけどさ」
「僕の文化圏ではそんなに焦るような性急さでもないんだけどなあ」
「それより前にもっとこう、あるだろ!? ほらアレとか!! ソレとか!! 男女なんだからさあ!!」
「そういうのもあるとは思うけど、まずは婚約してからが安心じゃないかなあ」
「ハルドアってそうなの!?」
まあ、わりとずっとこんな感じだったし、別に隠す気もなかったのだけど。
しばらくして外に戻ると、なんかみんな妙に遠慮した空気になっていた。
覗かれてたかな。……いや、もしかしてファーニィの聴覚で拾って言いふらされた?
いいけどさ。




