パーティの熟練
冒険者への依頼というのは概してモンスター絡みのものだが、実際のところはモンスター「かもしれない」というのが多い。
モンスターをしっかり確認してから冒険者に依頼する……という工程だと、実際に冒険者が受けて仕事にかかるまでに時間がかかり過ぎる。
冒険者もいつでも余っているわけではないし、酒場側に「お前がこの依頼をやれ」と強制する権利もないのだ。
ならば犠牲が出る前に先手を取るには、冒険依頼も早出しで行くに限る。
無論、空振りということもあるし、やる気のない冒険者に当たってしまった場合、雑な確認で済ませてしまって駆除しきれず二度手間……ということもある。
その場合は期間を決めた警備依頼などでじっくりと出るのを待ち構えるなどの方策も必要になってくる。
まあその辺は、ちゃんと相談すれば塩梅を見て酒場の店主が調整する。こすい冒険者も悪辣な依頼者も、そうそう放置されることはない。
閑話休題。
僕たちとしては稼ぎはともかく、しっかりと敵に出会う仕事をしたいので、やや遠めでもいいのではっきりモンスターのいる仕事を、と店主にリクエストした。
人里から遠い仕事は放置されがちだ。生活の不便や被害が少なければ、モンスターが目撃されていても後回しになる。
もちろんそれで困っている住民もいるのだろうが、我が身が可愛いなら近寄らなければいいだけのことだ。
遠いと冒険者としても苦労が多くなる。戦わなくても飯は要るから準備が増える。討伐確認のために敵の身体の一部を運ぶにしても、遠いと労力はそれだけ増える。敬遠されることになりがちだ。
でも、僕らは移動速度も積載量も、ジェニファーと空飛ぶ絨毯のおかげで充分にアドバンテージがある。遠いのは苦じゃない。
それを聞いた店主はやや躊躇しながらも、あまり人通りのない山間部にいるエルダートレントのグループ討伐という依頼を紹介してくれた。
「樹霊ってなんか懐かしいですよねー」
「ファーニィさんは討伐経験あるんですか? まあエルフならあるか……」
「今『エルフなら』のニュアンスに年寄りテイスト入れたねクロード! 違うかんね! ちゃんとアイン様と一緒に樹霊退治したことあるかんね!」
「別に年寄り扱いはしてないですよ……」
「だいたい樹霊はエルフ的には宿敵だよ宿敵! アイン様もちょっと勘違いしてたけどアレって森にとっちゃ異物だからね!? 樹の上位種じゃなくて樹に擬態するだけのモンスターだから! エルフ的に友達でも何でもないから!」
「それも言ってませんよ……」
ゼメカイトを出てからだからそう何年も前でもないし、懐かしいというほどでもないけれど。
「リノのファイヤーボールの練習にもいいかもな。樹霊なら離れて戦えばほぼカモだし」
「でも『エルダー』がついてるよ……」
ちょっとだけ不安だ。長老、つまり老成した大型個体に与えられる称号。
僕たちが戦ったのもそこそこ大きかったけど、そういう称号をつけるほどではなかったらしい。
というと、どれだけでかいのか。
しかもグループ。
僕たちがあの時倒したのも二体いたけど、こちらは最低でも五体、下手するとその倍は居るかもしれない……らしい。
依頼を出した人も懐に入るのを諦めたそうなので、奥にもっといてもおかしくない。
「全部燃やすといい感じに山火事になっちまいそうだな……」
「先に防火帯作っとく?」
周辺の木を切って緩衝地帯を作っておくことで、余計に燃え広がるのを防ぐ方法。
今でも魔術師があまりいない地域では、街で火事が起きたら火を消す努力をするのではなく、隣近所の家を破壊するらしい。
僕は魔術師の珍しい(というか魔術教育が遅れている)ハルドア人なので、もし火事を見たことがあればそういう光景に出くわしていたはずだが、幸いにしてハルドア生活の18年間で身辺に火事が出たことはないので、理屈でしか知らないけど。
僕の「バスタースラッシュ」なら、そんなに難しい事ではない。
が。
「そのために周辺伐採しちゃうのは犠牲が大きすぎますし、もしもの時は私が火を殺しますから」
ファーニィが請け負う。
水を放って火を消す……とは言わない。
直接炎自体を操る方が魔術師の本領であり、水や冷気で消すのはむしろ余計に力のいることだ。
……というのは、僕も多少齧ったからわかることではある。
「危なそうならジェニファーも手伝ってね。耐性強化の魔導書、使えるよね」
「ガウ!」
絨毯を引いて進むジェニファーに話しかけると、元気よく返事が返ってくる。
「6人と一匹パーティで魔術師が3人いるって考えると……対応力あるよな、このパーティ」
ユーカさんがふと気づいて感心する。
確かに、あの“邪神殺し”パーティは前衛二人の後衛偏重型だったにもかかわらず、アーバインさんまで数えてようやくの三人だ。
ウチはユーカさんまで入れると前衛四人で同数。
初歩の無詠唱魔術しか扱えないとはいえ、僕も数えようと思えば数えられる。
あと、ジェニファーは魔術も使えて格闘戦にも対応可能なので、そう考えると前衛五人。
なんか計算がおかしい気もするけど、とにかく手が多いのはいいことだ。作戦に幅が出やすい。
今回は僕はサポートに徹する。最後にどうしようもなくなったら「バスタースラッシュ」で一気に打開するという保険として控える。
最初からそうすれば早い、というのはみんなの共通認識だが、今後、僕が先んじて封じられる可能性を考えると、僕抜きの布陣でこのぐらいの敵は倒せないと不安なのだ。
で。
「……でけーな」
「でかいね……」
同じように切り札枠のユーカさんと一緒にちょっと呆然とする。
でかい。
樹高が30メートルくらいある。
明らかに周囲の森の木々とは雰囲気が違い、擬態する気があまりなさそうに見える。
まあ、敵を恐れるからこそ擬態するのだ。ある程度強くなったら恐れる必要はない、ということなのかもしれない。
「あれ燃やすのかぁ……ええいもう、やるっきゃない! リノちゃん、着火する方をお願い! 私は火の制御に専念するから!」
「この距離から!? 届かないわよあんなとこ!」
「近づいたら絶対触手来るよ!? 樹霊って見た目よりずっとリーチあるんだから……って、やば、気づいてる……!」
樹霊に顔らしきものはない。どうやってこっちを認識しているのかはよくわからない。
が、気配で分かった。こっちに殺気が来ている。
そして、根と見えたものが波打ちながらうぞぞとこっちに伸び始めていた。
「アレから焼く……?」
「火が消えないと思ったらすぐ切り離すから、本体まで届きづらいんだよ触手への攻撃って……ああもう、リノちゃんとにかくファイヤーボール! 飛ばせるとこまで飛ばして!」
「わ、わかったわよ……ええと、ここから……」
魔導書を開いて文を指でなぞり、魔術発動準備を始めるリノ。
その間にも迫る根っこ触手。
根っこと言っても割と太い。人間を縛るとかそういう太さじゃない。あれはもう、ちょっとした丸太みたいなものだ。
あんなのと正面から力比べになったらさすがにヤバい。
早くも僕は刀を抜こうとする。
しかし、アテナさんが素早く踏み込んでいた。
「良く伸びるじゃないか」
そして、「オーバースラッシュ」。
樹からまっすぐ伸びてきていたそれを、同じくまっすぐ切り返す。
よれた軸をまっすぐ切り裂かれ、一太刀でバラバラになっていく触手。
「おお……」
「やるなアテナ」
「愚直に伸びてくる触手など大した脅威ではない。木材らしい硬さはあるが、その分自由度と速度は劣るようだ」
続いて伸びてくる数本の根っこ触手も同じように叩き斬って使い物にならなくしていくアテナさん。
「この距離はおそらく射程限界だ。もっと寄れば薙いだり打ったり、攻撃にバリエーションも出そうだが……限界まで伸ばして指先しか触れないような状態では、ロクな威力は出まい」
アテナさんは剣を構えて分析。
「リノちゃん、今のうち!」
「アイン、一応周囲を警戒だ。前の時みたいに他の樹霊が伏兵としてサイド取ってないとも限らねー」
「わかった」
今の僕らは予備戦力だ。こういう警戒はしやすい。
刀を引き抜いて軽く構えつつ、片手で目元に手を添え、魔力を少し多めに注入して、異常を感じ取る態勢を作る。
……奴らは「隠れるつもりがない」。だから、奇襲警戒はどうやら取り越し苦労のようだ。
だが、ジェニファーがリノを守るように後ろ足で立ち上がり、ゴリラハンドを用意しつつ、唸る。
この動き、何かに気づいて対応した感じがする。
リノが狙われている……?
触手は撃退しているはずだぞ。しかも射程限界だ。リノには届かない……はず。
いや。
「飛び道具があるかもしれない」
「え、なんだって? なんでそんなんわかるんだアイン」
「ジェニファーが何かに反応してる。おそらく殺気だ。あの長老樹霊、あの距離でも届く攻撃手段があるかもしれない」
「……お前マジでジェニファーからいろんなこと察し過ぎじゃねえ!?」
「ジェニファーは僕よりずっと頭いいんだ。こんな時に無駄なことはやらない!」
僕が断言した直後、リノがファイヤーボールを完成させ……それを放つのに合わせて、長老樹霊は何か魔術を放つ。
いや、あれは無詠唱魔術だ。
おそらく人間よりずっと多い魔力量にモノを言わせて、素の魔力を塊にして放射してきてる……!
ただでさえスケールの大きいモンスターだ。できても何も不思議はない。
まずい、直撃すればファイヤーボールの熱を圧縮している魔力がバラされてしまう……こっち向きで熱が解放される!
「ジェニファー、耐性強化……」
言いながら無茶だと思った。
敵が手を出してきてから耐性強化なんて、急に編めるものじゃない。
が。
「リノさん、失礼します……!」
「クロード!?」
クロードが、なんとリノのファイヤーボールの軌道を「嵐牙」の風魔力で軽く跳ね上げた。
そして魔力弾を返す刀で横向きにパリィ。
その上で「嵐牙」を曲芸のように振り回し、まるでボール遊びのように改めてファイヤーボールを前方に打ち直す。
「ファーニィさん!!」
「わっ……あ、合わせろっての無茶だよこんなの! もうっ……『ウインドダンス』!!」
ファーニィは、まだ敵に当たる前にほどけて解放されそうになるファイヤーボールに、風魔術をぶつけて無理やり着弾させる。
燃え始める長老樹霊。
だが樹液か何かを染み出させたのか、見る間に炎が小さくなり……いや、それをファーニィは強引に燃え広がらせにかかっている。
「もっと近づかないと魔力操作が奪り返されるぞファーニィ!」
「ジェニファー!」
「ガオウッ!!」
ユーカさんの叫びを聞いて、僕は咄嗟にジェニファーに頼り、ジェニファーはその一声で意図を汲んで走って、ファーニィを片腕で抱いて長老樹霊に接近。
触手がわらわらと近づいてくるが、ファーニィを身体に抱きつかせて四足走行に移行したジェニファーは大きく弧を描く走りで触手の動きを置き去りにし、振り切る。
そうして伸びた触手の根本側に躍りかかるアテナさん。
「“破天”……!!」
伸ばした剣による斬撃でまとめて触手を叩き落とし、ジェニファーを援護する。
「……いい分担だ。心配はいらなかったな」
「うん」
「ってわけで、だ。アタシらは他の長老樹霊を殺りに行く!」
「備えってのは抜きにしても、せっかくなら僕らも連携に絡まないといけないんじゃ?」
「アレ一体だけじゃねえんだ。同時に相手取れなきゃ日が暮れちまうぜ!」
ユーカさんは地属性ショートソードをガキ大将みたいに振り回しながら言い張る。
……まあ、僕も刀の切れ味確かめないといけないから、一体ぐらいは回してもらわないといけなくはあるんだけどね。
「あんまり深追いはしないよ」
「わーってるって!」
とにかく、治癒師のファーニィを前に出してる以上、一手間違うと危ない状況には変わりない。
素早くやって戻らないとな。




