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ロゼッタのいない店

 僕たちはロゼッタ商店を訪れた。

「すっかり廃墟っつーか……なんか残ってりゃラッキーぐらいの状態だな」

「火事場泥棒も入ったのかな」

「一応、アイツが招いてない相手は入れないように仕掛けしてあるはずなんだけどな」

 以前訪れた時も雑然としたガラクタだらけでロクに整理などされていなかったが、今は屋根も窓も壊れて雨風入り放題、ガラクタの山が通路も埋めて、もはや人も宝も気配が感じられないゴミの山、といった状態だった。

「そもそもなんでこんなにガラクタ積み上げてあったんだろう」

「……まあ、大っぴらに客商売するつもりがねーから、表からはゴミ屋敷に見えるようにしておく、っていう偽装(カモフラージュ)の意図もあるみてーだが……ほらアイツ、眼が千里眼(あのとおり)だろ」

「?」

「雑に積み上げたガラクタ山の中身も普通に確認できるから、逆に整理する必要がねーんだわ」

「それでも上のものをどかして取り出すのは手間だと思うんだけど……」

「アイツ的には別に不自由してなかったんだよ。たまにアーバインが『崩れたらケガするからちゃんとしろ』って言ってはいたんだけどな」

「…………」

 あのパーティで一番そういうとこズボラそうなのがアーバインさんではあるんだけど、それでも文句言ってたんだな……。

 まあ、ロゼッタさんは専門が武器だしな。ケガしそうなのは事実ではあるんだけど。

「とにかく、ちょいと漁らせてもらおう。アインも今ナイフしかないし、ロックナート(モジャモジャ)一味にもいい武器渡しておかないと働かせられねーし」

「いいのかな……」

「連絡つかねーんだから仕方ねーよ。取った分の代金はあとであのクソデカ結晶渡せばいい」

「あれ、魔術学院で封印するんじゃないの?」

「所有者オメーなんだからそれはオメーが決めるんだよ。リリーには一時預けただけだろ」

 あれ、僕の所有物扱いなのか。……まあそうか。

 多頭龍(ヒュドラ)倒したのは僕たちのパーティだし、そのうちの誰が所有権ってなると……アテナさんやユーカさんもかなり働いたけど、別に所有権主張するほど誰の手柄ってわけでもない……というとリーダーの僕が引き取ることになるか。

 と、今さら僕が納得しているのを尻目に、ユーカさんはボロボロのロゼッタ商店に入っていく。

 錆び付いた古い武具や何に使うのかわからない古道具、濡れてグチャグチャの書物や布類……それらを踏みつけ、あるいは蹴飛ばしながら奥へと入っていくと、おそらくロゼッタさんが寝起きしていたのだろう、生活感のあるエリアがある。

「これはまだ使えるんじゃないですか」

「充分に磨けばな。素人がやるには根気がいるぞ」

「うわっ、なんかホネがある!」

「あーそれ多分赤飛龍(フレイムワイバーン)のガイコツ。私の実家の近所にそれ玄関に飾ってるウチあったんだよねー。行くたびにめちゃくちゃ自慢話されてさー」

「ファーニィの実家ってエルフの里でしょ……? そういう蛮族みたいな文化あるの……?」

「あるある。エルフって穏やかイメージあるかもだけど特に戦争しまくった世代の年寄りはめちゃくちゃ血の気多いかんね。ワイバーンならまだしも、人間の頭骨コレクションしてる爺さんいたからね」

「こわっ……」

 ついてきたみんなはガラクタをいじりながら騒いでいるが、ユーカさんはガラクタには目もくれずに生活エリアを見回している。

 ここもきっと物盗りが入ったのだろう。荒れていた。

「……ここに何が?」

「んー……ロゼッタも用心深いから、何か隠すとしたらこっちだと思うんだけどなー……」

 そう言いながら部屋の中を調べ回って、あ、と声を出すユーカさん。

「そうか。ここか」

 よっ、とかけ声をかけてジャンプし、天井まで手を伸ばすユーカさん。

 地味に3メートルほどまで跳んでいるが、まあユーカさんだから驚かない。

 そこにはシャンデリアフックのようなものがあった。

 それに指をかけてぶら下がるユーカさんだが、特に何も起きない。

「あれー……こんなところに明かり吊るわけねーから何かの仕掛けだと思うんだけど……」

 ユーカさんは少し考え、そのフックを揺らしたり捻ったり……あ、動いた。

 ゴトン、と音がして、ベッドが少し動く。

 飛び降りてきたユーカさんと一緒に、そのベッドをさらに引っ張って動かすと、地下階段の入り口が現れる。

「おー」

「……こりゃ趣味的だ」

「前にロゼッタにこういう仕掛けがあること自体は聞いてたんだ。詳細までは聞かなかったんだけど」

「この先に何が?」

「まあ、隠し倉庫だろ。アタシのゴリラ時代の武器だといいんだけど」

「それ、すごいやつじゃない? 今回持ち出していいやつ?」

「武器なんざ使ってナンボだろ」

 降りて行ってみる。


 たいまつがないと辛い暗さだったので、魔術学院まで取りに戻るかと迷ったが、よく考えたら僕は光の無詠唱魔術が使えるのだった。

 戦闘時じゃないと自分に魔術が使えることをついつい忘れる。

 その光を使って進むと、そんなに深くない位置に隠し部屋があり、壁一面に武器がかかっていた。

「おおー……」

「モノとしては最高級品から一段落ちる奴だな。ロゼッタが商人やり始めたばっかりの頃に使ってた奴だ」

「ってことはアーバインさんやマードさんと合流した頃かな」

「そうそう。まあそれなりに名は売れてきてたけど、ドラゴンに喧嘩売るにはまだちょっとなー、って時期だな」

 懐かしそうに斧を手に取ろうとして、ガスンと地面に落としてしまうユーカさん。

「危なっ……気を付けて」

「ちぇっ。あの頃は片手で持てたのに……んぐぐ」

 両手でぷるぷるしながら持ち上げる。

 今の僕にだって片手じゃ持てない大斧だ。クロードでも多分きつい。アテナさんかジェニファーじゃないと使いこなせないだろう。

 その他の武器も全体的に大物が多い。大剣、グレイブ、メイス……どれもパワーが要りそうだ。

ロックナート(モジャモジャ)一味行きだな、ここらは」

「いいの?」

「連中にはゼメカイトの周りを掃除してもらう必要がある。それにアタシにとってはとっくに型落ち武器だ。記念品として死蔵するくらいなら使い潰す方が冥利に尽きるってもんだろ」

「……なるほど」

 多分、ロゼッタさんにとっては大事な預かりものであり、自分を救ってくれた品々。

 だけど、今はこの街を取り戻すために必要だ。

「お前向きの奴もあったような気がするんだけどなー」

「僕じゃこんな重いのは持ち歩くだけで精いっぱいだよ。それに、王都まで戻れればあの黒赤二刀もあるし」

「違う違う。今のお前が繋ぎで使えるような……ん?」

ユーカさんはレンガ積みの壁の一枚を凝視する。

 そして、おもむろに助走をつけてキック。

「ちょっ!?」

 地下なんだから。崩れたらどうするんですか。

 と、思ったが、その壁は思いのほか簡単に割れて、もう一部屋が現れる。

「ロゼッタめ。……自分でこんなトコ開けるならツルハシ要るだろアイツじゃ。ハナからアタシが来る前提でこんな部屋作ったな?」

 ユーカさんはニヤッとしつつ奥に踏み込む。

 ……そこには、まさに。

「これこれ。お前向きのヤツだ」

 僕が持つのにちょうどいい長さの、一振りの刀が鞘ごと掛けてある。

 ここらでは見かけない、東大陸からの品で稀に見かける緩やかな曲刀。

 抜いてみると、こんな地下に封印され、しばらく使われていなかったとは思えないほど美しい銀の輝きが、光の魔術を照り返し、まぶしいくらいだ。

「東大陸最古のドワーフ工房が打ったっていう刀だ。こんなに薄くて軽いけど、自重だけで指が落ちるくらいよく切れる。扱いには注意しろよ。まあ今のファーニィなら指くらいどうにかなりそうだけど」

「う、うん」

 繋ぎで持つには充分過ぎる……というか、これもこれで恐ろしい価値がつくんだろうなあ、と思う。

 僕の戦い方だとわりと普通の剣でも大丈夫なんだけどなあ、とは思うものの、「黒蛇」や「刻炎」にしろ「ブラックザッパー」にしろ、価値ある武器にはそれだけの利点があったので無下に否定もできない。

 ありがたく使ってみよう。


「ワシはしばらくここでやるわい。『竜酔亭』が元通り営業できるようにせんとのう」

 マード翁は冒険者たちや兵士たちの治癒を引き受けて、しばらくゼメカイトに残ることにした。

 ロナルドとリリエイラさん、そしてロックナートたちの参戦により街の戦力はかなり安定し、またこれ以上の遺跡からのモンスター追加はないとわかったことで、全体の士気も上がっている。

 僕たちはもう少し街の周辺のライトゴーレムやサーペントを処理する気でいたが、リリエイラさんの例のビーズマップでの索敵によれば、今の戦力でも二週間以内に街周辺からモンスターを駆逐し、安定状態を取り戻せるらしい。

「マードさんにはもう少し力を借りるつもりだったんですけど」

「ファーニィちゃんが充分に腕を上げておる。死ななきゃ数分でなんとでも……ってワケにはいかんが、時間さえかけりゃ腕でも足でも生やしてくれるわい」

 マード翁はそう言い、自分の手を見つつ。

「ワシもマッチョ化ができなくなってしまったからのう。……これでもそこらじゃ重宝されるが、本当にやべえ戦いじゃ不安がある。守ってもらわにゃどうしようもない治癒師ってのは、どうしたって弱点じゃ」

「そんなことは……」

「まだ再マッチョ化を諦めたわけじゃねえ。じゃが今はリハビリしつつ、ここでやるのが最適解じゃ。……戦いの駒として、今のワシはファーニィちゃんより凡じゃよ。残念ながらな」

「…………」

 元々、マード翁は「邪神もどき」の襲来したデルトールへの応援として、また「邪神もどき」との決戦のピースとして同行していたのだ。

 その流れが既に一段落し、彼が自分の能力に不安を覚えている以上、僕たちのパーティにいつまでもいてもらうというのは虫のいい話だった。

「なに、今生の別れってわけじゃねえ。ワシはあと70年は生きて冒険者やる予定じゃ。またいずれ組む機会もあるわい」

「……そうですね」

 僕はマード翁の手を握り、離す。

 そう。冒険者は組むこともあり、別れることもあり……またいつか、組むことだってある。

 冒険をやめさえしなければ、いつか。

「ここはワシらにとっちゃ第二の故郷みたいなもの。いつか戻って、また呑む機会もある。そうじゃろ?」

「……はい」

「今度こそ、男同士で竜酔亭の楽しみ方を伝授してやるわい。リリーちゃんやユーカがいない時にのう」

 マード翁のニッカリした笑顔に、僕も微笑を返して。

 軽く手を上げあって、あっさりと別れる。

 あの始まりの日のように。

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