崩壊
『はっ? えっ、何? どうなったの?』
ファーニィの側頭部についているチョウチョの眼で事態は見ていたはずだが、伝声水晶からは困惑した声が響いた。
『今のって……あれ、人間……では、なかったのよね?』
「見てわからんのか。リリーちゃんともあろうものが」
『見てはいたけど! 基本的に虫の目って小さいから、遠くのものをしっかり見るのに向いてないのよ! あと場の空気とかもよく分からないし!』
「……ありゃ、以前フルプレやロナルドも加わってようやくブッ殺した『邪神もどき』……少なくとも素体は同じ奴じゃ。合流した時にたっぷり話したじゃろ」
『待って? 確認するけどそれ、ユーカもあなたも「邪神に近いレベルの化け物」と判断した奴よね?』
「おおよ」
『……なんかよく分からないうちにアイン君が一方的に倒しちゃったように見えたんだけど』
「ワシもそう見える」
『みんなボロボロになって、特にアイン君とか一週間生死の境をさまよったって聞いた記憶があるんだけど?』
「さまよったのう……」
『おかしくない!!?』
悲鳴みたいな声だった。
「何をやったんだ……アイン君」
「ああ、『ゼロモーション』……アテナさん流では“無影”って名付けてるんでしたっけ。あれを乱発して、あと下手に異常再生とか変身とかされないように積極的に魔力を剥がして吸い上げて、こう、攻撃を全部出がかりで潰す感じで」
「……何をしているのか、こっちからは本当に何も見えませんでしたよ」
「多分そうだろうとは思った」
クロードと同じ感想を、まさに相対していた「邪神もどき2(とりあえず便宜的にそう呼んでおこう)」本人も思っていたと思う。
あの無拍子の斬撃は、斬っている方も直感でわかるだけで、斬られる側は何をされたのか全く理解できないはずだ。
最後に「どうやって戦えたんだ前の俺」みたいなこと言って死んだけど、もしかしたらかなり本気で理不尽を申し立てていたのかもしれない。
「逃げた……とかそういう可能性はない、ですよね?」
あまりにも一方的かつあっさりと討伐してしまったためか、ファーニィが不安げに不吉なことを言う。
「それはない……と思いたいけどなあ。僕が吸い上げたのはあいつ自身の魔力だけだから、もし外から何か魔術使われて掻っ攫われるなんてことがあったら、逃げられてる可能性もあるかもしれない」
最後は「ブラックザッパー」の空間崩壊の多重攻撃によって肉体ごと消えた「邪神もどき2」だが、この剣による破壊効果は魔力的には非常に乱暴な作用であるため、現場の魔力は混沌そのものになる。一瞬何かされていても感知するのは困難だ。
ないと思うけどね。
我ながらかなり異様な倒し方をしたので、それで終わるはずがない、と思ってしまうのは仕方ない。
邪魔が入ったが、目的を果たさなくてはいけない。
この遺跡の停止。制御室の破壊。
「邪道なことしてるよね、僕たち」
屋外から「だいたいあのへんだったよね」「もうちょっと手前じゃなかった?」なんて言いつつ地下に狙いを定めて剣を振り上げる自分たちの姿を思い、苦笑いしつつ呟く。
ユーカさんは腕組みしつつ鼻で笑った。
「王道も邪道もねーんだよ。遺跡暴走の収め方なんて誰も知らねーんだから。むしろ王道を知ってるならご教示くださいってなもんだ」
「さすがに制御室を建物ごと破壊は誰も考えたこともないんじゃないかな……」
『可能とすら思わないわよ普通は……私だったら何日がかりになるんだか』
リリエイラさんが呆れたような声を届けてくる。
最高峰の冒険魔術師ですらそう思っちゃうのか。
……まあ僕だって、使うのがただの剣で「オーバースラッシュ」縛りだと掘り進むのに何回かかるんだ、と気が遠くなる。
「ブラックザッパー」の謎属性さまさまだ。
「それじゃ、やるよ」
みんなが充分に離れたのを確認し、僕は地の底めがけて、斜め下に向かって剣を振り上げる。
「破天……バスタースプラッシュ!!」
魔力で仮想刀身を伸ばして攻撃範囲を広げ、「ブラックザッパー」を滅多打ちで振り回す。
一撃でどの深さまで斬れるかわからない。遺跡構造材をどこまで破壊できるか予想できない。
だから狙いが雑でも完全破壊ができるように、デタラメに斬撃を乱射する。
地が鳴動する。
漆黒の歪曲斬撃が、何千年も何万年も稼働するために造られた美しい構築物を崩壊させていく。
……古代文明も、ドラゴンも、邪神も。
何もかもを死滅、崩壊させうる「ブラックザッパー」の恐るべきポテンシャルに慄然としながらも……これをこうまで使いこなし得るのはおそらく、「バスタースラッシュ」を乱射できる能力を持つ僕くらいで。
この未曽有の災害に、僕と「ブラックザッパー」が揃い、潰しに来るなんて「黒幕」も思っていなかっただろうな、と思いながら、振り回しを終え、メガネを押して。
大量の漆黒の斬撃で、もはや何がどうなっているのかも見えなくなった目標空間の奥で、何かが弱々しく光った。
空間歪曲に空間歪曲が幾重にも重なり、互いに干渉する。
恐れていたはずなのに、途中で“邪神殺し”を発動してしまったせいで恐怖心や慎重さがすっぽ抜けていたのかもしれない。
瞬間、身体が持っていかれるほどの吸引と爆圧が、遺跡を揺らす。
気づくと僕は倒れていた。
多分、吹っ飛んだんだと思う。
みんなは無事なのか。
遺跡はどうなった。異常生産は。剣はどこだ。
混乱しながら身を起こして、見回す。何も見えない。
メガネがない。
またか。
「無茶をするなぁ。素人が遺物を使うとこれだから怖い」
誰だ。
仲間たちの誰の声でもない。無論ロックナートたちの声でもない。
どうして、こんな場所に僕たち以外がいる。
「こんな遺物をどうして持ってるんだ?」
「例のドラゴンでしょう。調停者気取りのくせに容易にバランスを崩してくる」
しかも一人じゃない。
誰だ。誰なんだ、お前たちは。
「……どうやらこっちが見えていない、か。ロクな魔術もできない君が、素手で何ができるつもりだい?」
「いえ。あのユーカの直弟子です。ご油断召されぬよう」
立ち上がって身構える僕に、彼らも臨戦態勢。
見えない状態で戦えるか?
魔力知覚……駄目だ、役に立たない。
「ブラックザッパー」で荒らし過ぎた。魔力の流れで外界を視るどころじゃない。嵐の中で耳を頼りにするようなものだ。
それでも。
戦える。
殺せる。
“殺意の禁呪”は、まだ灯せる。
「おお、怖いねぇ。あいつ、発動させたよ」
「……この状況で、か。無意識か、あるいは……」
「何が目的だ。トーマ・レリクセン。……それにディック」
カマをかける。
見えないし、奴らの声だけでピンとくるほど耳馴染みもなくて、半ばあてずっぽうだ。
だけど否定はなかった。
「この期に及んで、かい? まさか気づいていないとはね」
「トーマ様。お戯れはそこまでに。……引きましょう。今はこれを奪えれば充分」
相手が引く気配。
追うか。
いや、無理だ。爆発で足場も荒れている中でメガネなしに走り回るのは分が悪すぎる。
それにじんわりと体中に痛みが湧いてきた。僕は爆発で相当あちこちぶつけているらしい。
みんなは。
状況はどうなってるんだ。
静寂が続く。
トーマとディックは、本当にいなくなったようだ。「ブラックザッパー」を奪って。
そして僕は身構えたまま、途方に暮れた。




