ドーレス遺跡侵入
道中、何度もぐるぐる集団牽引と「ドゥームスラッシュ」による一挙撃破を繰り返し、安全地帯を作りながら進む。
少なくとも一方向にスペースがあるというのは重要で、休憩時間も作れるし戦術上の退路にもなる。ペースが握れるというのは大事だ。
「しかしマジでとんでもねえ攻撃力じゃな。これブチ込めたらドラゴンも泣き入れとったんじゃねーかの」
「そりゃ、ドラゴンが腹の中に入れてたってことは、少なくとも竜殺しをするつもりの武器だったってことですから」
ポチに剣を食べることへの特別な嗜好がない限り、剣を呑み込んでいたということはポチに向けられたものだった、と考えられる。
この剣に込められた力を完全に発揮できれば、確かにあの大きさと異常再生力を誇る彼でも危なかっただろう。
「それをポンと譲ってくれる神経もよく分かんないわよね……」
道中のおやつとして持ってきた炒り豆をぽりぽり食べるリノ。
彼女も水生成魔術は使えるので、以前僕が買っておいた「熱湯リング」と合わせてお茶休憩はいつでも取れる。
「まあ、アイツにしてみりゃ同盟の証っていうかさ。それが自分を害し得るシロモノだからこそ、くれてやることが信頼の証明になるって理屈なんじゃねーの」
ユーカさんはポチと意気投合したので、やや感情移入してそう語る。
……そんな会話に、変な水晶からリリエイラさんの呆れ声が響く。
『すっごい呑気な調子に聞こえるんだけど……一応、遺跡には近づいてるのよね……?』
「だいぶ近づいてるぞー。お前そういうの使い魔の反応とかでわかんねーの?」
『伝声水晶で魔力伝達を中継すると位置関係わからなくなるのよ。……一応こっちから遠見の魔術で見た感じだと、だいぶ広範囲の掃除しながら進んでるっぽいんだけど、本当にアイン君大丈夫? 本番で魔力切れたら意味ないわよ』
「やってることは『オーバースラッシュ』一発ずつなんで、そんなでもないですよ」
正確には“破天”の過剰展開もあるけれど、あれは長時間展開するなら燃費最悪だが、スラッシュ一回分の展開時間ならさほどでもない。
群れを「バスタースプラッシュ」で乱切りにするのとどっちがいいか考えたものの、やってみての感触では「スプラッシュ」よりはこっちの方が消費量はマシ。
あと、一発でも周辺被害が大きい「ブラックザッパー」使用の攻撃は、あまり集中するとさらに変な効果が起きかねないので慎重に行きたい。
消滅に消滅を幾度も重ねるとどうなるのか。
火や風、雷ならなんとなく威力の上がる状況も想像しやすいのだけど、こればかりはやってみないとわからないし、やってみる意味もない。どうせ一発でライトゴーレムには充分なのだし。
「足りないようならリノから魔力供給も受けられるんで、今のところ大丈夫です」
「あの、アイン様。私も魔力供給できますからね? 魔術の威力は正直この期に及んで戦力に数えないで欲しいところではありますけど魔力自体はそこそこありますからね私」
「いや、リノが魔導書読みながらファイヤーボール撃ってるんだからそこは普通にそらで撃てるファーニィもやってほしいけどね?」
「ゴーレムに魔術撃つって徒労感凄いんですよ効かないし! 一瞬スン……ってなるだけのために何度も唱えたくはないですよ普通!」
一回限りの時間稼ぎならともかく、確かに効かない攻撃で足止めは繰り返しやりたくはないかなあ……。
「というかユーも魔術文字読めるんだよね。魔導具はそこそこ使ってたことあるし、魔導書あるならユーも使えるんじゃない?」
「やだ。それぐらいならオーバースラッシュする方がマシだ」
『……ユーカって魔力の放出がすごく脈打つタイプでね。感覚主体の原始魔術ならいいんだけど、一定出力を維持しないといけない長文魔術式をうまく使えないのよ。だから魔術式自体は覚えてるのに初歩魔術も使えないの』
「みゃ、脈打つ……?」
『たまにいるのよそういう人って。不随意にボンと出ちゃって、自分でコントロールできないの』
そういうアレだったのか……。
まあ、それなら感覚的になるのもわかる。魔力剣技ってそんなに繊細なコントロールはしないもんな。
無詠唱魔術の訓練で理解したけど、魔力に一定の現象を起こさせるには繊細な定量コントロールを持続させる必要がある。
呪文はその魔力の動きを直接操作の代わりに生みだしてくれるはずだが、これに込める魔力があまり変動すると最終的に術が成立しなくなってしまう。
字を書く時にくしゃみが出るようなものだ。うまくいかないのは必然だった。
『魔力量自体は結構あるんだけどね……ちょっと不憫よね』
「いーんだよアタシは。結局これで邪神ブッ殺したんだから。安い魔術師になるよりずっとよかったんだ」
ふんす、と鼻息荒く腕組みするユーカさん。
……でも。
もしかしたらそれも、あのトーマ・レリクセン……いや、レリクセン家か。
彼女の実家に仕組まれたことなのだとしたら。
彼女が家出したのもまた仕組まれたことで、その生き様自体が彼らの実験でしかないとしたら。
……いや、今はそんなことを話題にすべきじゃない。
これから激戦だ。ユーカさんを不安にさせるだけさせて臨むべきじゃない。
「もうすぐドーレス遺跡です。使い魔を動かすなら、そろそろだと思いますよ」
僕はそう言って、絨毯の上で立ち上がる。
森の木々の彼方に、特徴的な直線の建造物の数々が見える。
本当に、すぐ近くまで来ていた。
「アイン君! 出番だ、やってくれ!」
「了解っ……バスタースラッシュ!!」
遺跡はモンスターがひしめいていた。
探して遭遇というレベルじゃない。通路という通路に、数メートルとおかずに延々といる。
そしてそれはライトゴーレムよりもサーペントやテンタクラーが主体で、異常に増えているテンタクラーをサーペントが食らい続け、そのサーペントを上位個体の多頭龍が共食いする地獄絵図のような世界だった。
で、僕はそんな地獄の巷を「ブラックザッパー」で死の世界にする。
通路をまっすぐ切り裂くように「バスタースラッシュ」を振り、邪魔臭いサーペントや多頭龍を掃滅。
通路の端に残ったテンタクラーをクロードとアテナさんが先行して殺していき、もしもマヒ毒などを食らったら治癒師二人の出番。
「もうこれ『掘り進む』って方が正しいだろ」
「空飛ぶ絨毯の上で良かったー……何もかもきちゃない」
ファーニィが死体と体液でぐちゅぐちゅになった通路を見回して顔をしかめる。
僕だってできればこんな汚い道は歩きたくないけど、ジェニファーも騎士二人も我慢してるんだし、あとで水出して洗えばいいことだし、我慢我慢。
「人形どもはこの内圧を避けて外に溢れたんかのう」
「まあ、ナマの連中と違って食い合う必要ねーもんな……それにしたってあんまりだ。ほじくっていくのはホネだぜ」
ユーカさんは遺跡を見回し、奇襲を警戒する。
幸い遺跡は建物が高い。上からの奇襲はあまり警戒しなくていい。高すぎて、もし落下してきたら大抵のモンスターは自壊して死ぬだろう。
飛行型のモンスターは話が別だけど、まあ逆にここを餌場にしようとする飛行型なんかいたら、わりと中距離戦が得意なテンタクラーやサーペントに集中打を受けて餌にされていると思う。
「リリーちゃんの使い魔はどこまで行ったんかの」
『別に使い魔が離れても伝声水晶はあるんだから通話できてるわよ。……でも気が散るから必要以上には話しかけないでね』
「どうじゃ。叩く先の見当はつくか?」
『もう少し探査しないと。この遺跡の全体図は学院の資料にはなかったからイチから都市構造を探る必要があるわ。……充分稼働用の魔力込めておいたつもりだけど、足りるかしらね。ユーカたちは早めにキャンプを探しておいて。遺跡とは言え、屋内なら充分に敵掃除すれば休めるでしょう』
「了解。ま、腰据えていかなきゃな……」
「そこの建物どうですかね。入り口狭くてよさそうですよ。中にサーペント入りづらそう」
「窓も少ないしな。よし、突入すんぞ。アテナ、クロード、行け」
「僕が行った方がいいんじゃないかなあ」
「お前は奇襲されたらワンミスで死ぬんだってば。鎧着てる奴らに任せとけ」
瘴気探査ができるから、屋内だと下手に目に頼るみんなより探索精度高いと思うんだけど。
……まあ、出番不足でちょっと逸ってるのは否定できないかもしれない。
外でしばらく待つ。
すると、中からクロードの声が響いてきた。
「皆さん!! 皆さーん!! というかファーニィさーん!!」
「え、私ー!? 名指ししたー!?」
「早く来てくださーい!!」
「どうしよ……アイン様」
「罠ってことはないと思うから。念のためジェニファーもついてって」
「ガウ」
「えっ、ジェニファー行かせちゃったら絨毯どうすんのリーダー?」
「別に人間が引っ張っても動かすのには問題ないだろ?」
「そ、そっか」
すっかりジェニファーが動かすのが定着してしまったけど、この絨毯は普通に人間が手で動かしても充分いける。ジェニファーにやらせるのは単なる最高速度の問題だ。
ジェニファーに行かせて僕が残ったのは、前衛要員がいなくなった隙に敵が出たら困るから。
今のマード翁に戦わせるのは酷だし、誰か残らないとね。
……と、さらにしばらくしたら屋内からジェニファー……が、二人の男を背中に載せて出てきた。
「ガウ」
「えっ。……誰それ」
「ガウ!」
「見つけたの? まだいるって?」
「ガウ!」
知らない男たちを下ろしながらジェニファーに確認していると、例によってファーニィが気味悪そうな顔で僕を見ながら出てきた。
「だからなんでそのガウで会話できてるんですか……この人たちはマード先生やってください。ギリ生きてるとは思うんですけど、私だけじゃ手が足りないんで」
「ほいきた。……ってか、中に敵おらんのなら中でやりゃよくねえかの」
「くっさいんですよ……この人らが水浴びもせずに籠城してたから」
……外もだいぶ死臭や血や体液で臭いんだけど、それでも運び出して処置したいってよほどだな。
「ってか、こんな状況でこの遺跡で籠城……何してたんだお前ら」
ジェニファーが下ろした男たちをマード翁が治療し、ユーカさんが見下ろして呟く。
小汚い男たちは呻きつつもマード翁を見て。
「……お前は……治癒師マード……! “邪神殺し”が来てくれたのか……!?」
「いかにもワシはマードじゃが。はて、お前さん誰じゃったか」
「お、俺は……」
「あっ」
僕はピンときた。
「“北の英雄”!!」
「……お、おーおーおー、そうじゃそうじゃ、きったねえヒゲ面じゃからわからんかったわい」
「いや……俺昔からずっとヒゲだが……」
“北の英雄”ロックナート。
ユーカさんたちと並ぶ有名パーティのリーダーで、いつか双子姫から聞いた名でもあった。




