大排除作戦開始
ライトゴーレムは索敵範囲がそんなに広くない。
一応、自分に危害が加えられればきっちり反応するのだけど、遠目に仲間がやられているのを目視で見る限りでは無視することもある。
味方ごと攻撃することもあるし、あまり仲間意識がないのかもしれない。いや、そもそも意識ってものがあるのかすらよくわからないけど。
リノによればゴーレムは魔術で作ることが可能で、与えられた命令を遂行するだけの存在。
もっとも、今の魔術師がゼロから作れるものは、モンスターとしてウロついているものよりずっと単純で、ちょっと複雑な命令を与えられるとすぐに停止してしまうものなので、モンスターの方のやつは技術水準としてはずっと高い……らしい。
ただ、同じ技術の延長線上にあるのは間違いなく、ダンジョンや遺跡にいる奴らのコアをえぐり出して特定の処理をすると、メルタの温泉冒険者のナオさんがやっていたように、いろいろな仕掛けの動力兼頭脳として便利に使えるのだそうだ。
そういうわけでライトゴーレムは、外装はともかく中身としては多少の性能差はあれど「ゴーレム」であり、別の種類の生き物というわけではない。
だから基本的には生物型モンスターと違う「ゴーレム型」の行動傾向があてはまる。
力を持て余したような地形破壊や、目的外のものへの娯楽的攻撃を行わない。
しかし人間は基本的に問答無用で敵認定。一度敵と認識した対象は執拗に追い続ける。
自分自身の破損を全く問題にせず、恐怖せず、撤退しない。
視覚と聴覚はあるようだが、獣のように鋭敏とはいえず、あまり推測能力もないようなので、静かに隠れてやり過ごそうとすると(ゴーレムだけなら)意外としのげたりする。しかし感覚器は顔ではないようで、目潰しのつもりで顔を汚しても何の効果もない。
仲間同士の連携はあまりしない。ただし、仲間の犠牲を織り込んだ行動はしてくるので、馬鹿というより行動原理が根本的に「生き物」じゃない。
……これで戦闘力がまともな兵士10人分っていうんだから、群れで街に近づいてきた時の人々の恐怖はとんでもなかったと思う。
まさに効率的な殺戮者。都市を無人の廃墟にするためだけに存在するようなモンスターだ。
それが現在、少なく見積もっても数百、多く見積もれば最大三千ほどはゼメカイトを徘徊している。
領主の館と商工会議所はなんとか砦として機能し、魔術学院はその火力と侵入を阻む魔術結界、そしてゴーレムの認識を阻害する程度の隠蔽魔術を駆使して破壊を免れ、なんとかゼメカイトの完全制圧はこの三か所の踏ん張りで阻止されている。
普通に考えれば一番余力のある魔術学院との連携を検討するべきだけど、魔術学院も打って出ないのにはそれなりの理由がある。
問題は敵が尽きないことだ。
彼らが奮闘して一時的にゼメカイト市域を奪還しても、それで物資補給や戦力が増えるわけではない。
敵はその後も続々来る。
それを最後まで凌ぐ目算がなければ、もうほとんど無人の街のために損耗するのは何の得もない戦力浪費に過ぎない。
彼らは事態の終息のみを狙っているのだ。薄情とも言えるが、一瞬だけの勝利に意味がないのも事実。
もしどうしようもないのなら、学院の持つ資産を他都市に後送することにこそ全力を尽くすべきで、それもまたリリエイラさんクラスの超一流魔術師の力で無事に叶うかどうか……という難事には違いない。
だからこそ、僕らがまずは片付けにかかる意味がある。
僕たちの殲滅力ならゼメカイト全体からモンスターの大部分を駆逐することができる。その後の逐次投入にも対抗し得るだけの破壊力は有している。
少なくとも、僕の「オーバースラッシュ」は、効率的に、即時的にライトゴーレムを多数排除できる点において、ほとんどの魔術師の魔術より数段アドバンテージがある。
炎や地の大魔術でも多数を確実に破壊できるとは言いにくいのがああいう装甲型のモンスターだ。奴らとの戦闘に限っては、僕がリリエイラさんより、フルプレさんやロナルドより分がある。
あとは魔力が持つかどうかという問題だが、それに関しては虚魔導石頼りのおかげで他人の補給を当てにできるので、だいぶ条件は緩い。
「さて……と。ちょっと綺麗にしようか。カイ、剣貸してくれる?」
「え、ああ……いいけど、その手に持ってるゴツいのじゃダメなのか」
「これは敵潰す用。だけど変な効果乗っちゃうから」
一応、マード翁の護衛という名目でついてきたカイから普通の剣を借りて、一応スラムに声を張り上げる。
「誰かいませんかー!! いたら出てこないと死にますよー!! 今から更地にしちゃうんでー!!」
「いるわけないだろ」
「一応だよ、一応。ライトゴーレムは目が良くないから、本当に静かに隠れてると見逃されることあるから」
果たして、誰も出てこない。
いたとしても、侵攻時にやられてしまった死体だろう。
と、一応確認して、僕はカイの剣を低く構え、地を擦るように振る。
「バスタースラッシュ!!」
少なくとも300メートル先までは掘っ立て小屋とボロテント。崩れて困るような家はない。
それを、一気に見通しよく叩き斬り、崩す。
「うぇっ!?」
カイは突然起きた遥か彼方までの破壊にびっくりしてマード翁にぶつかった。
「す、すいません」
「ほっほ、ええじゃろ。あんな調子でゴーレムもずんばらりんじゃ」
「い、一応俺たちを助けてもらった時も似たようなことはやってたんですけど……あの時はゴーレムどころか、ヘルハウンドにさえ決定打になってなかったのに」
「今じゃあんなもんアイン君はハナクソほじりながらダースで殺せるわい」
「戦闘中に僕が鼻ほじるような誤解生むのやめてもらえます?」
「ん? よくほじっとらんか?」
「メガネ押して位置直してるだけですよ?」
鼻ほじってると思われてたのか僕? あんな頻繁に?
慄然としながらも扇状にいくつも斬撃を飛ばし、スラムを更地に変えることに成功する。
こうしておかないと、例えボロ小屋でも陰に隠れてしまえば敵を見逃す要因になるからね。
……と、その辺で最初に帰って来たのは、ジェニファーに乗ったリノと、隣を走るファーニィ。
「アイン様ぁぁぁ」
「お、思ったよりいっぱい来ちゃった!!」
「ガウウッ!!」
リノたちの後ろにはライトゴーレム十数体。
足を使わず、滑るように浮いてリノたちを追っている。
リノがファイヤーボールを断続的に飛ばして牽制しているが、それで一時的にガクンと力が抜けるようなそぶりはあっても倒れる様子はなく、すぐに追ってくる。
道が狭いので減速するたびにガチャガチャと他のライトゴーレムがぶつかり、絡まっているのでなんとか追いつかれずに済んでいるようだった。
「き、来たぞアイン」
「リノ! ていうかジェニファー、こっちの広くなってるとこ通って! そっちに撃つと余計に街が壊れるから!」
「ガオオウッ!」
返事をして僕の指示通りのコースを、ライトゴーレムたちに見せつけるように大きく弧を描いて走るジェニファー。かしこい。
それについていくファーニィの足もすごいけど。なんかの魔術使ってるのかな? 足の回転がちょっと人類の限界超えてる気がする。
そして十数体のライトゴーレムにすっかり身構えるカイにのんびり剣を返し、そこらに立てておいた「ブラックザッパー」を改めて取り。
「ようこそ、そしてお別れだ」
ヒュッ、と胸の高さに「オーバースラッシュ」を振る。
黒い尾を引く斬撃が通過したライトゴーレムたちはゴギンと音を立てて停止し、次いでその黒が消失すると同時にガギュッと変な音を立てて空間の歪みが閉じて、二次被害がライトゴーレムたちを襲う。
半分くらいは一撃で片付いたかな。
「もういっちょ」
といいつつ、今度は二発。討ち漏らしたくないからね。
ヒュヒュッと振った「オーバースラッシュ」に貫通されてライトゴーレムたちは歪に砕けて崩れ落ち、第一陣は処理終了。
「お疲れ、リノ、ファーニィ。ジェニファーも。……しんどいならもう休んでもいいけど」
「ま、まだやれるわ! ファイヤーボール、意外と効くし!」
「ガウ!」
「無茶はするなよ。ジェニファーなら引き際は間違わないと思うけど」
「……リーダー、ジェニファーへの信頼が厚過ぎない?」
「それだけジェニファーがリノを大事にするだろうってことだよ」
「ガウ!」
また走っていくリノ&ジェニファー。
ぜーはー言いながら「ま、待って! 全力疾走したんだからちょっとは休もうよ!?」と叫びつつまたついていくファーニィ。
……まあファーニィがいれば不意打ちはされにくいと思うけど、それなら乗ってったらいいんじゃないかなあ。
と、思っていたら次はアテナさんとユーカさん。
というか、アテナさんの肩車にユーカさんが乗って、ライトゴーレムを引っ張ってくる。
「アインー!! いっぱいナンパしてきたぞー!!」
アテナさんの足がやたら速いのは想定内だ。元々全身鎧とは思えない動きをする人だしな。
でももうちょい粘ってから来るかと思ってた。
「はっはっは! 私は足に自信があるのでな! こういう陽動作戦も得意だ!」
そういうことですか。
まあ確かに目立つし、そういうのよくやらされてそうではある。
「というわけでアイン君、見せ場だ!」
「はいはい。『オーバースラッシュ』!!」
リノたちに倍するほどのライトゴーレムが出てきたが、問題なく処理。
それに加えて、先ほどの破壊音がよほど響いたのか、スラム地区に周辺からじわじわと集まってくるライトゴーレムもちらほら。
「ワシの頭が平気なら手作業でやっつけるんじゃがの」
「治癒師なんだから戦闘後に活躍すればいいじゃないですか」
「メルタの遺跡ではあんだけブチ上げたのに、不甲斐なくてすまんのう」
「まあ、死ぬところだったんですし」
のんびりと話をしながらも手は動かす。
びゅんびゅんと「ブラックザッパー」を振るい、ライトゴーレムを片っ端から一撃で仕留める。
たまに近距離に迫ってくるのもいるが、それは「オーバービート」で殴り倒して処理。斬撃と違って貫通しないので被害が少ない。ちゃんといいところに当てればそれでも一撃で沈められるし。
「お、おお……い、いや、あまりにも……なんであんな化け物の集団相手に、そんなに気楽に戦ってられるんだ……?」
「いや、最近戦ってたやつらと比べると雑魚だから……まあ、数が数だし、油断はしないようにしてるけど」
ぶんぶんぶん、と僕が剣を振るたびに、ライトゴーレムの残骸が増えていく。
「ところでマードさん。遺跡ってこいつら以外にもテンタクラーとかアーマーゴブリンとかいましたよね」
「わりとサーペント系も出がちじゃのう」
「そういうのがおっつけ来るってのもあるんですかね」
「さあのう。ワシも遺跡の暴走なんて初めてじゃからそこはわからんが。なくもないんではないかの」
雑談を続けながら戦っていると。
「アイン・ランダーズ!!」
「アインさん!! すみません、手を貸して下さい!!」
ロナルド・クロード組が路地から飛び出してきた。
「すみませんも何も、そういう手筈だろ?」
「いえ、その……」
「想定外の奴がいた」
「…………」
マード翁と顔を見合わせる。
カイは青ざめる。
にゅるり、と路地から……顔だけで2メートルくらいありそうな蛇が出てきた。
「わー!!」
「先に言わんかい!!」
即座に僕は「バスタースラッシュ」で縦斬りにし、マード翁が二人を怒る。
「す、すまん。あんな大きいモンスターの相手はさすがに慣れていないんだ……」
「私も呆気にとられてしまって……」
まるで測ったかのような登場にびっくりしてしまったが、一撃で殺れたのでセーフ。
……カイだけが呆然と。
「え、えっ? 何? えっ、今……これそんなあっさり片付く奴?」
流れについてこれてなかった。
……去年あたりの僕だと激闘の始まるパターンだけど、今はちょっとそんな暇じゃないので。
ごめん蛇。




