石畳の乱戦
敵が集まってくる。
固まって来るような奴らは簡単だ。
「『キリングダンス』!!」
あえて大きな角度で振るうことで、有効射程を数メートル程度まで短くした「オーバースラッシュ」を連続して振り回し、次々にライトゴーレムを破壊する。
細く小柄とはいっても比較的というもので、ライトゴーレムはゆうに3メートルくらいの上背はある。
それだけの体格の硬質なボディの持ち主となれば、完全につかみ合いの格闘戦になると危険だ。
なにしろ「メタルマッスル」は常に使っているわけにはいかない。
見えていれば一瞬でも間に合うが、意識の外からぶつけられれば、軽いジャブでも充分に骨が持っていかれる。
だから、そうなる数歩手前くらいの距離感で戦えるこの技が今は最適解。
使うのが「オーバースラッシュ」なので、初速の関係上、振ってから実際に破壊されるまでワンテンポあるのがちょっとヒヤヒヤするところだけど、これを「バスター」化すると射程が伸びてしまうのが今はよくない。
「バスタースラッシュ」をこの打ち方で放ったことはないので完全に感覚的な予想になるが、射程は少なくとも20メートル程度までは伸びる。街でそんな距離まで斬撃が飛んだら、高確率で建物を破壊してしまうだろう。
オーバースラッシュのままの広角撃ちなら5、6メートルで破壊性能が蒸発する。威力的には充分にライトゴーレムを倒せるし、あえてこの状態で振り回す方が街の被害は抑えられるだろう。
それに「ブラックザッパー」なので、もし刺さりが浅くても歪曲破壊効果が乗る。
ついでに黒い軌跡に破壊力が残っているのか、強引に軌跡を突き抜けて迫ってこようとしたライトゴーレムは途中で砕けているので、安全度が高い。
固まって寄ってきたライトゴーレムはそのおかげでロクな手も出せずに全滅した。
こうなってくると、1~2体ずつ、速度もバラバラに寄ってくる連中の相手がわりと面倒なところなのだけど。
「はぁぁっ!!」
隊列ごと追いついてきたクロードが「嵐牙」を振るう。
十分な剣速で振るわれた「嵐牙」は、暴風……というより、爆風に近い衝撃力を大気に与える。
少し離れたところにいたライトゴーレム数体が、まるで弾き飛ばされるように薙ぎ払われて絡み、転がる。
「これで倒すには足りませんが」
「客の整理には充分過ぎるぜ」
ユーカさんが親指を立ててクロードのアシストを称える。
纏めて弾き飛ばす物理力があるとはいえ、あくまで弾き飛ばすだけなのでまだまだ敵は立つ。特にゴーレムは弱点以外の損壊に強い。
が、それでいいのだ。
破壊は僕やアテナさんがいる。クロードは文字通り、寄ってくる敵を整理し、戦況を散らかさないよう努めるだけで充分に勝利に貢献できる。
そしてアテナさんはというと。
「…………」
スーッと剣を高く掲げるように構え、まるで舞いの事前動作のようにしずしずと敵の間合いに踏み込み……敵がそれを捉えようと動き出した次の瞬間には、二つに割っていた。
斬撃音はなく、ただ崩れ落ち、転がるライトゴーレムの無残な音だけが響く。
「……結局、僕より先にモノにされちゃったな、アレ……」
アテナさん曰く“無影”。
影さえ追いつかせない、斬撃の究極形。
あのデビッドとの戦いで僕が成功してから、幾度も僕からその感覚を聞き取り、研鑽し……やがて、アテナさんはその極意を掴み取った、らしい。
「剣こそ我、我こそ剣、ではない……斬こそ我、我こそ斬。前提の置き場を変え、戒めを外すのだ。そう。人が歩き出す時に関節の一動一動を確かめぬのと同じく、全てを無意識下に沈め、斬を体現する……」
わかるようでわからない理屈を呟くアテナさん。
僕もそれを真似してなんとかやってみようとしたのだけど、結局今まで一度も成功していない。
ただ、アテナさんによれば完全に「受けの剣」だからこそ可能な絶技らしく、つまるところアテナさんが「構え」を至上とする風霊剣術の達人であるからこその親和性というのはあるようだ。
いつか僕も自在に使ってみたいものだけど、とりあえず今は、その技に頼る場面ではない。
「後ろを警戒するのを忘れないでよクロード! 私の魔術じゃそんな風にはできないかんね!」
「わかってます!」
ファーニィはリノやマード翁を守るために絨毯の後部で目を光らせる。そしてことあるごとにクロードに警戒を促している。
ライトゴーレムはなんか浮いて飛んでくることあるからな。一瞬も気を抜けないのは確かだ。
……そんな中、完全に死角になっていたのが「上」。
「……ガオオッ!!」
急にジェニファーが吠え、すごい勢いで絨毯を引き、振り回すように移動させる。
そのせいで立っていたファーニィが「ぎゃー!?」と叫んで転げ落ち、その上から……近くの高い建物の上を経由してきたのであろう、ライトゴーレムが、落下してくる。
「ファーニィさんっ!!」
間一髪、クロードが身を挺した。
「嵐牙」を手放し、飛び込むようにしてファーニィを守ろうとしたクロードは……ガギャッと致命的な音とともに踏み潰される。
ライトゴーレムは軽いといえども数百キロはある。踏まれたら人間の体などひとたまりもない。
「くっ……クロード……」
「……あ、あっ……」
完全に地面に縫い留められるように、ライトゴーレムの足に背中から踏まれたクロード。
石畳とライトゴーレムの足に挟まれ、息もできず……何かを言おうと口を動かすが、何も言葉が出てこない。
……まずい。
今ならまだ死んでないけど、これは……すぐにマード翁が手を施さないと死ぬ。
「ファーニィ! どいて!」
僕は「オーバースラッシュ」をすぐに飛ばそうとするが、ファーニィの位置関係が悪くて危険だ。
他の……アテナさんやユーカさんのフォローを期待するも、二人とも場所が悪くて一息には駆けつけられない。
なんとか位置関係を変えて攻撃を……と、僕は眼前の他のゴーレムを切り捨てて、位置を変える。
「ブラックザッパー」の斬撃は軌跡の周囲を歪曲に巻き込む。充分に余裕を取らなければ味方も「欠ける」。
その時。
「派手にやっていると思えば……全く、詰めが甘い」
どこかから呆れたような声が聞こえ、次の瞬間、クロードの上のライトゴーレムは十字に切り裂かれた。
そして、忽然と……悠然とした足取りで現れてそのライトゴーレムの足を蹴り飛ばし、クロードを救出したのは。
「……ロナルド!!」
「あんな名乗りを上げたのなら、余裕で平らげろ。恰好がつかんとは思わないのか」
ロナルドはそう言って肩に剣を担いだ。




