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剣泥棒

 剣を奪われた。

 すぐに追いたいが……ユーカさんが昏倒している。

 彼女を抱き起して、まさか毒とかは食らってないよな、と気にするが、素人目にはわかるものではない。

「す、すみません! ここに治癒師っていますか!?」

「なんじゃ。その女の子は……」

「今やられたみたいなんで、念のため!」

「……治癒術ならばあさんができる。ほれ、やってやりなさい」

 どうもこの家はあのエルフに利用されただけらしいが、突然の訪問と同時にいきなり不審な慌て方をしている僕に、家主のじいさんはそれでも親切心を出してくれた。

 助かる。

「はいはい、知らない人を診るなんて何年ぶりかしらね……あら、この子随分とボロボロなのね?」

「は、はぁ……そうですか?」

 まあ疲れているは疲れているし……左手を失っているし、そう見える、かな?

「……魔術じゃないわね。これは薬かしら。嗅ぎ薬で寝かされているわね。でもそんなに厄介なものではないわ」

 治癒師は怪我や病気などを回復するほかに、その不調を診断する能力も備えている。

 その診断力は回復能力以上に個人差が大きく、へっぽこな治癒師(街で稼げなくて冒険者になる手合いに多い)だと色々見落としたりもするけど、このばあさんは腕がいい方みたいだ。眠ってる理由まで断定した。

 ユーカさんの顔や喉、また後頭部に触れながら、暖かな光を発するばあさんの手。

 ……しばらくするとユーカさんは目を覚ました。

「う……」

「ユー……ごめん、やられた」

「や、やられたって……?」

「騙されて、剣を盗られた。ユーも守れなくて……ごめん」

「……そうか、アタシ、あのエルフに眠らされたのか。いきなり顔の前に小さい袋みたいなのを出してきたから何だと思ったら……」

 ユーカさんはばあさんの手を押しのけて身を起こすと、地べたで体を丸めて大きく溜め息。

 そしてすっくと立ち上がる。

「で、どこ行った? 売られた喧嘩は買わねーと」

「一瞬でいなくなっちゃったからわからないんだ。もしかしたら、もうこの宿場にはいないかも」

「チェッ……ったく、あのなアイン。お前、ちょっと女に弱くねーか? リリーにもやたらヘコヘコするし、ロゼッタの時もだな」

「そ、そんなでもないって……あ、すみませんおばあさん、助かりました。少ないですがお礼を」

「いいのよ、怪我もなかったから大したことはしてないわ。でもこの子を冒険に連れて行くのはよしたほうがいいと思うけれど」

「……?」

「見た目以上に体の内側がボロボロじゃない。こんな状態じゃ冒険者どころか、普通の生活にも支障があるんじゃない?」

「え……?」

 ボロボロ……?

 内側が?

 ……い、いや、今まで何度も治癒師に治してもらってるし。怪我もしてないって、今。

「内側がボロボロってどういうことですか……? ち、治癒術でそれを治すってわけにはいかないんですか?」

「そういう類の話じゃないのよ。少なくとも私じゃ手を出せない部分の話なの」

 ……え、ええ……?

「しばらく静養させた方がいいと思うわよ。それで良くなるかはわからないけれど……何が原因でどこが壊れてもおかしくない。無理をしたら死んじゃうかもしれないわ」

「そんな……」

 ……どういうことだ?

 リリエイラさんはそんなこと言ってなかったし、ゼメカイトの治癒師だって……あ、あれ? そういえば毎回やけに「酷い状態だ」みたいなこと言ってた、かも。

 もしかして、僕が気にしてなかっただけであれもそういう話、だったのか?

「ユー」

「……んなわけにいかねーだろ。少なくともマードのジジイを見つけないことには」

「いや、静養の話(そのこと)じゃなくて。……そんなに不調だったの?」

「不調っていや不調には違いねえだろ。ハナっから」

 ユーカさんは「うるせーなー」とばかりに耳をほじりながら、わかっていたことのように聞き流す。

 ……ハナっからって、つまり……縮んだ時から、ただの筋力低下とかに留まらないくらい体調が悪かったのに、隠してたの……?

「リリーも多分わかってるよ。その上で今は仕方ないって判断する類のもんだ。……多分アレの副作用の一つじゃね?」

「なんで言ってくれなかったんだ」

「言ったら何か変わったか?」

「……そ、それなら冒険にわざわざ連れ出すなんてことは……」

「あのなー。お前に『連れていってもらった』冒険がいつあったよ?」

「……っ」

 い、言われてみると……。

 別にそんな流れはなかった、かも。

「アタシはテメーで決めたように動いてるだけだ。お前が責任を感じるようなトコはねーよ。元が出元の怪しい魔導書のせいなんだから、寝てようが旅してようが良くなるとも悪くなるともわかんねーのは同じだろ」

「…………」

「アタシは寝てんのは退屈過ぎて嫌いだし、お前だってただただ待ってりゃモノになるとも思えねえ。なら進む以外にない。シンプルな話だ」

 すらすらと出てくる言葉に不自然な点はない。

 ユーカさんはユーカさんなりに、自分のベターを目指して生きているだけ。

 それは、わかるけど。

「……今度からおかしなことがあったら絶対に言ってくれ」

 がし、とユーカさんの肩を掴んで、言う。

「お、おう」

「僕は前に妹を亡くした。……ユーまでむざむざ失いたくない」

「……アタシはお前の妹じゃねーし、代わりでもねーぞ。何よりお前、他人を守るって言えるほど強くねーだろ」

「そんなことは僕が一番わかってるよ!」

 ユーカさんは僕の妹じゃない。似ても似つかない。

 例え小さくたって僕より強いし、僕より世界を知ってる。

 だけど、だからって心配しない理由にはならない。

 失いたくないと思わない理由にはならない。


 僕はあれ以来、命に大した価値があるなんて思わなくなった。

 こんなもの、なくなる時は何の盛り上がりも余韻もなく、ポロッと消えるものだ。大げさに考えるものじゃない。

 消えれば何か他のものがおのずと代わりになって、世界は静かに忘れていく。

 自然の世界ではそうだ。そして実のところ、人の世界だってそうだろう。

 誰かを失って、それで悲劇ぶって歩みを止めるのはほんのわずかだ。

 亡くしたものはまるで最初からなかったように、世間は何の軋みも上げずに続いていく。


 だけどユーカさんという存在には別格の価値がある。

 歴史を動かし、人を動かし、彼女の行く先に奇跡が起きると誰もが信じる人物。

 そして……それだけのことが起こせる力を、僕の身の程知らずの願望を聞いて、明るく譲ってしまうことさえできる人。

 そんな人を他の生きて死ぬ命と同じように、ああ死ぬんだ、と無表情で見送ることはできない。

 尊敬なのか、恩義なのか、あるいはユーカ・レリクセンという英雄にふさわしい物語を求める、僕の身勝手な願望なのか。

 自分でも、彼女に向いている気持ちは判然としない。

 だけど、こんな僕でも彼女の何かを守れるのなら、この世界に今まで生きてきた価値があるのだろう。

 そう思えた時、冷めきっていた人生の熱が再び燃え始めた。

 今まで彼女のいた世界を思えば、僕にはユーカさんを「何からだって守る」といえるような力は当然ない。

 でも、それは守ろうとする資格さえない、ということではないだろう。

「それでも僕はユーを守る。今度こそ、僕は大事な人を守れるようになりたいんだ。だから……」

「わ、わかったよっ……くそ、何て顔してんだよ」

 ユーカさんは何故か赤くなって顔を逸らした。

 そして、それを見ていたばあさんは非常に気持ち悪く笑う。

「うふふ……なんだかいいものを見ちゃったわね」

「み、見てんじゃねー!」

「あらあら」

 ……その時になって、僕は何やら青春な場面を演じてしまっていることに気づく。

 今のユーカさんは見た感じが12~14歳といったところだけど、僕、異常な趣味と思われてるかな。

 いや、年齢差としてはギリギリでなくもないやつか……?

 って、そこを気にしてどうするんだ。

 おそらくユーカさんに負けないくらい赤面して眼鏡を押している僕に向かって、ユーカさんはことさら大きい声で話題を変える。

「そ、そんなことよりどうするんだアイン、剣だよ剣! お前、剣がないと戦えないって実感したばっかりだろ!」

「……そ、そうだけど」

 追いかけようにも、手掛かりがない。

 どこに向かえばいいのか全然わからないし、例え見つけても、手元にあるのはユーカさんの持っているナイフだけ。

 相手はおそらく素人じゃない。追えば何かしら反撃はある。丸腰同然で何ができるだろう。

 さて、どうしたものか。



 結論。

 どうもしない。

 探す手間が惜しいし取り戻すにも決め手が足りない。

 そしてユーカさん曰く「初心者(おまえ)から見たら高級品だったかもしれねーけど、ちょっとデカい街なら売ってねーほどのブツじゃねーぞアレ」とのことだし、ユーカさんを危険に晒しながらジタバタするよりは、普通にフィルニアで代品を買う方がいい。

「いい剣だったんだけどな……やっと馴染んできたし」

「ま、どーしても気に入ったなら、ロゼッタに同じの頼めばまた用意してもらえるさ」

「ゼメカイトにはしばらく戻れないよ」

「手紙があんだろ手紙が。最近は便利だぞ。ちょっと値が張るけど隣国くらいなら一日で届ける郵便屋もいるから」

「それはすごいな……どういう輸送手段使ってんだろ」

 結局ユーカさんと一緒に、宿場での宿泊は諦めてフィルニアへの道を歩く。

 武器は一応、あのじいさんとばあさんに、僕の身長ぐらいの木の棒を一本、譲ってもらった。

 もちろんちゃんとした武器じゃない。ただの古い大鎌の柄。

 渡された時も大鎌がついていたのだけど、もう使わなくなって随分になるらしく、錆と傷みが激しくて切れ味は期待できそうになかったし、真面目に武器として扱おうとすると専門の技術が必要になる類の形だ。

 ユーカさんが「このデカくて切れない刃ごと持って歩くなら、ただの棒の方が全然マシ」と早々に判断し、刃は外させてもらった。

 ……でもこんな棒で戦って勝てる相手、いるかなあ。魔力を込めたらゴブリンくらいなら倒せるか?

 歩きながらその棒で戦う型をイメージし、ゆるく構えたり振ったりしてみる。

「サマにならねえなー」

「素手よりはマシだけど、信用はできないね……ゴブリンの棍棒ですら折れそうだ」

「だから受ける前提で考えんなっつーの。遠間で殺せあんなん」

「このただの木の棒で『オーバースラッシュ』でもやれと……?」

「こないだのダンジョンで突く奴やってたじゃん。あれでいいだろ。威力はスラッシュより出せるんだろ?」

「ナイフよりさらに長剣から遠いから、とっさにはできなさそうだよね……こうか?」

 棒に魔力を溜める練習もする。……持ったことのない形の武器に、イメージがうまく乗らないので時間がかかる。

 これはいくら僕でも、ちょっと溜めないと使えないか……?

 そんな話をしつつも、実のところ気楽。

 フィルニアはゼメカイトより格段にモンスターの少ない土地だし、それなりの団体が通ったすぐ後には、まずモンスターはいない。

 モンスターが寄るとしたらそっちに釣られるはずで、そして多人数の遠出なら誰かしら護衛なり腕自慢なりが同行しているはず。その誰かが片づけてくれているはずだ。

 僕たちはモンスターに出会う確率も山賊に出会う確率も低い。

 あとの気がかりは、いい野営地を見つけられるか、ってところかな。

 結局宿場で休めなかったから、また早めに腰を落ち着けるつもりでいたほうがいいか。


 そんな道中。

 急に、あのエルフが現れた。


「つまんない」


「……は?」

 ぬけぬけと、あの剣を背負って僕たちの前に姿を現したのにも驚きだけど。

 発した言葉はさらに驚きだ。

 つまんない?

 何言ってるんだ?


「なんで追いかけてこないの。そんなボロの革鎧で、不相応に立派な剣なんだから、背伸びして手に入れた大事なものなんでしょ?」


 明らかに、エルフ少女は不機嫌な顔で僕を睨んだ。

 ……理不尽な。

 っていうか、騙した手口といい、随分手際のいい泥棒だと思っていたのに……追いかけてこないの、と来た。

 つまり、金目のものが欲しくてあんなことをする本物の盗賊、というわけでなく……僕たちに追わせて遊ぶために盗んだとでもいうのか?

「いろいろとエルフへのイメージを裏切ってくれる泥棒だな……」

「そーか? アーバインあんなだし、こういうアホもいるだろ」

「……説得力あるね」

 あの人も実力は確かなんだけど、不真面目というか……女好きで煽り好きなのは有名だったからなあ。

 まあ、それはそれとして。


「ほら、取り返したいなら追いかけてきてよ。……遊びましょう、冒険者さん♥」


 可愛らしいエルフは流し目でこちらを見ながら背負った剣を見せ、お尻を振って挑発する。

 ……その彼女をちょっと冷めた目で見返しながら、僕はユーカさんに見せつけるように手を上に開き、中指と親指をタンッ、タンッ、タンッとぶつけてみせる。

 ユーカさんは僕を見て頷き、後ろに隠れて……右手と、左肩でこっそり耳をふさぐ。

 そして僕は幾度か親指と中指をぶつけ続けながら、その手をエルフに向ける。

「ところで、聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

「あら、何?」

 エルフは挑発を兼ねて、ことさらのんびりと僕の声に耳を傾ける。

 そこに、僕は……指を、弾く。


 ドンッッッ!!! と、爆発的な音波がエルフに向かってほとばしる。


「きゃ……!!!」

 エルフはその「音」の直撃を受けて、突風を受けたように軽く吹き飛んで倒れ、動かなくなった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] シーフアンドブレイブスの頃から読んでます。というかノクターンも含めて全部読んでます。 音波攻撃はいいですね!なんか目眩ましとかにも使えそう [一言] 指パッチンで音波攻撃……これ進化したら…
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