エルフの森の、バーテンダー
開店時間だ。
エルフの森で見様見真似で始めたこのバーだが、今は店の雰囲気と味を求めて継続的に森の民が来るようになった。だが見様見真似のままではいつまでもごっこ遊びだ。近頃はそう感じている。
ドアベルが鳴り、入口が開いた。
「すまない、丁度今開店しようと――」
入ってきた人影を見て私は口を噤んだ。
「――姉様」
私の姉にして森の長。権威の象徴たる白ローブを身にまとう美麗なる大白魔術師。彼女はカウンターの席に座り、やおら口を開いた。
「……森を出ると聞いた。酒を混ぜる遊びにまだ飽きておらぬのか?」
「遊びではない。私は、本物のバーで働いて、バーテンダーとしてより学びたいのだ」
「お前の日本への遊行を戯れに認めた私の落ち度だな。妙な文化に染まったものだ」
「ご注文は?」
訊いても答えはない。日本から取り寄せた酒のボトルと果実をカウンターに並べる。テキーラ、ミントリキュール、ライム。
シェーカーに氷を入れ、酒とライムジュースを注いでキャップ。小気味良い音を立ててシェーカーを振った。姉は無表情にこちらを見ている。
グラスにシェーカーの中身を注ぐと、美しい翠色の液体で満たされた。
「モッキンバードというカクテルだ。私達の瞳の色に、とてもよく似ているだろう」
姉は無言でグラスを口に運んだ。
「確かに美しい色をしている。ハーブと柑橘の風味が鼻に抜けて爽やかだ。だが飲みつけぬものゆえ美味かどうかは判断しかねるな。これがお前のやりたいことなのか」
「このカクテルには……似た者同士、という意味が秘められている」
私は姉の翠色の瞳を覗き込んだ。
「白魔術師として民と心を通わせ、癒し、拠り所となってきた姉様を私は見てきた。妹の私もそうありたいとずっと願ってきた。魔法では姉様には遠く及ばない。だがバーに、カクテルにその可能性があると気付いた。私は、あなたに並ぶエルフになりたいのだ……バーテンダーとして!」
「……私に並ぶ、か。言うようになった」
無表情な姉が、不意に口の端を緩めた。
「励めよ。私に宣言したからには半端は許さぬ」
「……!」
「もう一杯所望する。他に果実を使ったものはないのか」
「ま、任せよ。スクリュードライバーというレシピが、森に生る陽の実と相性が良く――」
カウンターに屈んで実を取り出す私の視界が不意に滲んだ。
慌てて袖で目を擦り、笑顔で立ち上がる。
なろうラジオ大賞2 応募作品です。
・1,000文字以下
・テーマ:森の