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異世界転移はカロリーが高い  作者: 定森 善衛
9/22

9話 お風呂と本音

 食後に片付けを名乗り出たもののマリスさんは(がん)として認めてくれず、俺は部屋でのんびりさせてもらっていた。

 未練がましく電波の届かないスマートフォンを弄っていると、コンコン……と弱々しい音を立てドアがノックされる。


「はい」返事をするが言葉は返って来ない。

 不思議に思い扉を開くとそこには人生最大の厄日、という顔をしたリエルが立ち尽くしている。


 ああ、異国の料理が面白すぎて正直忘れていた。

 いやこれは完全にメノが悪いのだ。外食する度にこの食材がどーのあの調味料はこうだと五月蝿い。そしてうるさいうるさいと思っていたはずなのに、気づけば奴に感化されこんなことになっている……。


 それに七日ぶりの味に変化がある食事だったのだ、テンションが上がってもしょうがないだろ! などと脳内で言い訳を重ねても、目の前の仏頂面は変わらない。

「……………」我ながら不器用だ。

「……………」んでこいつも不器用。

 双方無言のままでは埒が明かない、それにこちらから譲歩すると決めたのは自分だ。子供みたいに口論するなんざ、十九にもなった男のすることじゃない。


「あー……ご用件は?」

「………マリスが湯浴みをと」

 ドアを叩く音だけじゃなく声まで小さいとか……調子狂う。


「風呂に入れるのはありがたいけど、詰め所は布で拭くだけだったから日本と流儀が違うかもしれない。場所も知らないし……」

 リエルはこくりと頷きさっさと行ってしまう。

 喧嘩していても律儀なもので、案内はしてくれるらしい。


     *


 どうやらこの国の近くには火山ないし、深い地層に何らかの地熱があるようだ。

 その昔酷い流行病(はやりやまい)があり、浄化魔術では対処しきれなかった為大衆浴場で常に清潔にするよう国王から御触れが出たと。それから入浴は慣習的なものになり、貴族なら個人で浴室を持つ者が多い。

 てなことを何故か脱衣場に居座ったままのリエル先生が教えてくれた。


 無言に耐え切れなくなって、浴槽の中から湯気の向こうを見据えるようにして話しかける。

「出てけとは言わない…ただ長々と授業してくれてるのはどういう了見なんだ?」

「…あなたなんてのぼせてしまえばいいんです」

「__くだらねぇ~……」


「……くっ___もう長いこと湯船に浸かって、どうして上がらないんですか!チキュウ人の特徴ですか?!」

 お前がいるから出づらいんだよ、分りませんかね普通?

 まあいい、やることを先に済ませよう。

「………生憎と日本人は長風呂の耐性があるんだ。それは置いといて、どうしたら許してもらえるんだ?」


 もはやこいつとの押し問答も面倒になってきて、直球を投げてしまった。怒らせた相手への言葉としては悪手な気もするが、一週間振りの湯舟(ゆぶね)を満喫中なので許して欲しい。

 …なんだか飯がどうとかメノがこうとか、自己弁護ばかりだなここに来てから。


「あれだけのことをしておいて、どうしたら___ですか? 」

 沸々と沸き立つような怒りを感じる。

「いや、あまりにもたくさん心当たりがあって。……もうどうしたらいいか分からんので素直に聞こうかと」


「__っ実はお風呂の耐性なんて嘘で脳みそまで茹で上がっているのでは?あなたらしくありません」

 そうやもしれない。ああは言ったがじいさんほど長風呂が得意なわけではないし。

「ちなみに俺ってどんなやつ?」

「それは…無神経かつ粗野、厚顔無恥(こうがんむち)でわたしの扱いはぞんざいなのにマリス相手だと丁寧に愛想よく接して_」


 良いとこ一個もねーじゃん。あとお前への対応は最初のゴリラって印象が拭えなくて、つかこの国に厚顔無恥に当たる言葉はあんのか?

 つらつら余計なことを考えていると、さらに浴場の外から声は響いた。


「話していると心掻き乱されることばかりです。ですが…悪い所ばかりではない、といいますか……」

「………言いますかぁー」

茶化(ちゃか)さないで下さい!」

 ……聞いてるきいてる。


「どうしてそんな呑気でお節介な上、他人の問題にまで首を突っ込めるんですか? ___わたしと同じような力を持っているのに……」

 気に入らない、何とかしたい、同族嫌悪、世話になるから。今思いつく入り乱れた言葉の中に、人に語れる__()()、といったものがない。


「……して貰ったことを返す」

「__ですからわたしは!」

「___家族に助けて貰ったから、それを別の誰かに返す……そう言えたら良かったけど、違う………かもな…」


「……違うとは?」湿気のせいかなんだかぼやけて聴こえる声は、どこか優しい。

 ……やけに眠たくなる声だ___普段からそうやって落ち着いて話せばいいのに。


「ただ、あの人達みたいになりたかっただけなんだよ」

「……お話によく出てきた、ご家族のことですか?」

「ああ。子供の頃親に捨てられた、というか縁を切ってさ。遠い親戚の家に引き取られたんだ」

「…………」

 沈黙する扉の向こうへ、独り言の様にひたすら言葉を連ねていく。


「そのときは色々あって全部どうでもいいと思ってたんだ。本当に。だけど………どうでもいいから何も感じないはずなのに、無性にイライラして。……周りの人間がみんな気持ち悪いものに思えた」

「__だってそうだろ? もう勝手に聴こえてきちゃこないけど、周りのやつらの腹の内なんて分かってるんだ……」

「__なのにじいさんはガサツだし、ばあさんは横暴で、メノは同い年のくせして俺の(いきどお)りにいちいち付き合って、説教したりすぐ泣いたり」


 理屈っぽくて泣き虫なあいつが一番面倒なのだ。どこかに行けと言っても「どうでもいいなら、僕が近くに居ることすらどうでもいいでしょ?」なんて。

 小学生並みのただの屁理屈だろう。実際出会った頃は小学生だったが。


「けど、俺の事情を聞いても絶対に可哀そうとは言わない。そこで__一緒になって怒るんだ……そんなの相手に可哀そうな自分の(から)にこもって、反抗し続けるなんて馬鹿らしくなった」



「__分かった気になって、放って置いた方がよっぽど楽なのに。必要なときに黙って寄り添って、自分の気持ちは正面から伝えられる………」

「__上手くは言えないけど、()()なんだよ……多分」


 俺はそんな良い人間じゃない。だからこそ、そうあろうとしてるんじゃないかとか。……そもそもなんで風呂場でこんな身の上話してるんだろう? __ここがあたたかすぎるからか?


「やはりあなたは、わたしに似ているのかもしれません。力だけじゃなくてもっと別の部分も……けれどわたしはあなたみたいに______」

「………………」


 _____遠くで誰かが話しを………

 ___

 _


     *


 __気がつくと俺はベッドの上にいた。

 飛び起きて隣を見ると白い頭が舟を漕いでいて、自分の部屋でないことに急な寒気を感じる。

 太ももに落ちた濡れタオルと、ゆらゆら揺れながら桶を抱えるこいつ……どうやら浴槽で寝落ちて湯当たりしたらしい。


 お風呂で眠くなるのは実は失神なんだよ?と、入浴中は家族の声かけが大事だっつー話をくどくど語る頭の中のあいつが五月蝿い。

 ……まあ、じいさん達もいい歳なんだから、あの時のメノをうるさいなんて言っては悪いか。


「あーー! やっと起きましたね⁈ 湯浴み中に寝むり込むなんてしかもわたしが大事な話しを__」

 __こちらは現在進行形で五月蝿い。

 突然目覚めたと思ったらすぐさま騒がしい……耳元でキンキン(わめ)かなくても聞こえている。

「悪かったよ。風呂に入るのが久しぶりだったから、気が緩んでた……湯当たりなんて初めてだ」


「反省の態度を示すのは結構ですが、あの後わたしがどれほど大変だったことか! 返事が聞こえないと思ったら沈んでいるし、溺れた人間に治癒の術は効かないのを知らないんですかっ? 知らないんですね! しかもばあやにとっっても叱られて」

 

 相変わらずとんでもない剣幕だ……そういえば、今日はいったい何度リエルを怒らせたんだろうか?ぼんやりとする俺の思考を置き去りに、リエルはコンコンと説教をくれる。

「この件を含めても本当に申し訳ないと思ってる。俺に出来ることならどんなことでもするから、許してもらえないでしょうか?」


 そう言ってベッドの中で起こした半身を折り曲げ謝ってみせる。

 どうも中途半端な敬語になったが、元々風呂場で話し始めたのはこれが目的だったのだ。それに、迷惑をかけたのも事実なので、こちらとしては平身低頭して謝罪の気持ちを伝えるしかない。


「__大きく出ましたね………自分の過ちを本当に理解しているんですか?」

「はい、すみませんでした」再度頭を下げると、リエルは雪が溶けるみたいにじんわり表情を緩める。__なんだか、笑っている気がするんだけど気のせいか?

 もしかして俺をいじめる算段でもつけて普段は隠された悪魔の笑みが…。


「いいでしょう。明日からみっちりと騎士としての訓練を課します、それと……」

「それと?」


「い、いつまでも上官をお前などと呼んでいては示しがつきませんので、今後は名前で呼ぶように」

 何故命令する側が焦っているのか分からんが、溜めたわりにとんでもない命令じゃなくて良かった。


 そういや新しい家で住み始めた頃。ジジイと呼べばじいさんは喜び、ババアと言えばばあさんはキレた。そしてミチは「お年寄りにジジイとかババアって言う人本当にいるんだっ! 」と訳の分からん理由で喜んでいた。思い出すにもあの家はどこかおかしい。


 愚にもつかないことを考えていると、張り詰めた表情のままこっちの様子を伺うキョドキョド騎士。本当に仕様がない。

「__ジンバーさん? 」「普通そこは家名でなくっ」「リエルさん? 」「敬称はいりません! あなたの方が年上でしょう? 」

 ………いちいち注文の多い。そもそも敬称が正しくそちらに伝わってるのかも分からないのにめんどくさい奴だ。


「__リエル、これでいいか?…つかそっちも名前で呼べよ」

 不公平との俺の言葉に、相も変わらず若干頬を赤らめたまま、リエルがぎこちなく口を開く。


「ミチヒト………………殿」お前も敬称つけるんかい。

 思わずその消え入りそうな声に突っ込むと「本当に変な名前ですね…」とぼそぼそ謎の言葉を残し、用は済んだとばかりにリエルは去って行った。



 __その後。己以外に誰もいなくなった部屋で。

 考えなければいけないことも全て放り出し。俺はやっぱり寝心地の良いベッドに身体を投げ出すと眠りについた。

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