6話 お屋敷と洗礼
別れ際におっさんから『小さな国とはいえ異様な人事であるのは否定できんから注意しろ』とのありがたいお言葉を頂戴したが、何をどう気をつけたらいいのかも分からないのが現状だ。
突如拾った素性不明の外国人を部下の家に押し付けるとか、言葉にするだにおかしいとしか言いようがない。
その後、詰め所を出る為の手続きを済ませ取り上げられていた荷物が返却された。自転車とそのリアバッグ、リュックやスマホ等は特に破れてはおらず盗まれた物も無いことを確認すると、時を移さずリエルの家へ向かうことになる。
「それで? 従士というか騎士団は具体的に何をするのが仕事なんだ?」
意味があるのかは知らんが、一応着け慣れた腕時計を右腕にはめつつ尋ねる。
「そうですね、簡単に軍について説明しておきましょうか。___まず、イアムル王国の騎士団は第一から第四までありそれぞれに特色があります」
解説してくれるのはありがたいのだが。指を立てた手を掲げて見せる女騎士が隣を歩く図に、やはり違和感を覚えずには居られない。
「第一は剣術に重きを、第二は魔術に優れた集団で、わたし達第三騎士団はこの国の治安維持を目的とし犯罪者を捕らえる組織です。第四は主に海賊の取締りを行い、俗に海軍とも呼ばれていますね」
ほーん、こっちで言う警察ってことか。などとそもそも騎士やら軍隊だのに対する知識が浅い俺では、自分の勤め先にすらこの程度の感想しか湧いてこない。
用語が混ざって聞こえるのも俺の語彙に依存するのか、あちらが曖昧なのかも判断に困る。
「王はあなたを名目上の騎士として迎えようとしていますが、わたしの従士になるからにはそうはいきません。ひとまずあなたは念のため魔術適正の試験、それと最低限剣を振れる様に訓練あるのみですっ!」
「後半からやけにテンション高いけどこの人訓練大好きかよ…」
不慣れな従士を慮ってのセリフだよな? そうに違いないと決め付けて、俺は心の安寧をはかった。
*
城門を超えるとそこは貴族や騎士、豪商たちの家が並ぶ区画らしい。
少し歩くと石とレンガを組み合わせ、庭に白いベルの様な形をした花が咲き乱れた豪奢な屋敷。目的地たるジンバー家に辿り着いた。
「なあ、途中見かけた水車やこの屋敷の隣に建ってる風車って、小麦を挽く為のもんか?」
「ええ、ジンバー家は何代も続く騎士の家系なだけでなく、大規模な小麦園も管理していて、周辺の貴族も__」
「__まあまあまあ、お嬢様。お帰りなさいませ」
解説の最中重たそうな玄関が勢いよく開いたと思うと、灰色の髪を頭の後ろでまとめたふくよかなお婆さんが現れた。服装はシンプルなエプロンドレスで、もしかして女中さんってやつだろうか?
「ただいま戻りました、マリス。屋敷の中で待っていてもよかったのですよ?」
リエルの言葉にあら? と驚いた風に声をあげたマリスさんは何かに気づいた様に優しく笑うとついと、笑顔をこちらへ向ける。
「いいえ、普段は滅多にお客様を呼ばないお嬢様が客人どころか従士様を連れてくるんです、最初くらいはお出迎えしませんと。__長々とすみません、わたくしジンバー家に御使えする使用人のマリス=リゼルと申します」
宜しく御願い致しますね、慈愛の微笑みと共に丁寧な所作で頭を下げられこちらも慌ててお辞儀で返す。
「…こちらこそ、ミチヒト・コウドウといいます。この国に来たばかりで至らぬ点も多々ありますが、よろしくお願いします」
事前にリエルから言い含められた外国人設定をギリギリで守りつつ、内心はうちのばあさんとの違いに軽く絶望を覚えていた。こんな上品なおばあさんと関わった試しがない。
あー、あと怪力ゴリラも家じゃお嬢様だったんだなとも。
「ふふっ、はい。これから一緒に暮らすのですから、困ったことがあれば何でもお聞きくださいまし。それとお嬢様はお召し物を代えてください、その間にわたくしが彼をお部屋に御案内しますから」
ええ、と素直に頷きつつもこちらの顔をちらちら仰ぎ見るリエルに、俺のことはいいと顎をしゃくってみせる。部屋に向かったらしい彼女を見送ると、マリスさんが満面の笑みでずずいとこちらに近寄ってきた。
「ささ、早速お連れ致しましょう」
「ありがとうございます。ですがすみません、その前にこれを置いておける場所ってありますか?」
意外と圧が強いマリスさんから一歩下がり、傍らにある自転車を一瞥する。
「そうそうずっと気になっておりました、コウドー様のお国は珍しい道具をお作りですねぇ?」
可笑しげに見物するその反応に、騎士団の詰め所でも自転車は分かりやすく驚かれていたことを思い出す。必要に迫り一度乗ってみせたのだが、話が広まり過ぎてその後何度も訓練場で走らされたのは本当に恥ずかしかった。
一応罪人扱い?が衆人環視の中チャリ漕いでる所を想像してみて欲しい。
新しい物好きな国王が自分も見たいと騒いだらしく、今度説明がてら謁見が適うそうだ。不法入国かつ正体不明の一般人が王様と会うってのも何ともおかしな状況だし、それでいいのかイアムル王国。
「自転車って言うんですけど、雨風さえしのげればどこでも大丈夫ですから」
それならこちらへ、との言葉に扉をくぐり中へ入る。玄関はタイル張りの美しい物で、内装は洗練された木造建築だった。日本から出たことの無い俺では洋画や写真でしか知らぬ西洋風のお屋敷。
そんな古めかしくも豪奢な家の玄関に自転車を置く自分は、やはり違う世界であることを抜きにしても滑稽な気がする。
*
「__不躾ではございますが、お願いしたいことがあるのです」
マリスさんが真剣な面持ちでそう切り出したのは、屋敷全体の案内を済ませ部屋で諸々の荷物を解き一息ついた時分だった。
「初対面のお客様に大変無礼なこととは承知しています、ですが何卒お聞き入れ願えませんか?」
そう語る彼女の目が、真直ぐにこちらを見つめてくる。
突然どうしたというのか、これまでの柔らかい雰囲気とは打って変わった様子につい身構えてしまう。なんとかどうぞとだけ返すと、彼女は真剣な表情で話し始めた。
「失礼ながら、コウドー様はお嬢様と同じ力をお持ちと聞き及びました」
「……はい。全く同じかというと自信はありませんけど、初めて自分に似た能力の持ち主に出会いました」
そんなことまで話したのかと、驚きつつもかろうじて頷く。
「では……ではあなた様も同じように、あの力に振り回されたご経験がおありなのでしょうか?」
なるほど、マリスさんはこの話を聞かせたくなくて着替えに行かせたのか。
失礼だなんだって台詞にも合点がいった。
「わたくしはずっとあの子のお側で使えてきました。そのひたむきな努力も献身的に過ぎる優しさも。その全てを本当にずっと__見守ってきたのです」
どうして年寄ってのは、悲しいときに微笑むんだろうか?
「御両親とも別たれ、深く傷つきながらも前を向き騎士であろうとするあの子は。あの力について話すときだけは、悲しそうな顔で笑うんです」
___泣き出しそうなくらい大切なのに、それでも足りなくて、届かなくて。だからこんな風に、悩み過ぎて行き詰まる人が現れる。
「ですが最近、奇妙な人物に出逢ったと言って明るい表情を見せるようになりました。自分と同じだと、他者の為に心痛める方だと、そう言って……」
「それは偶々似た物を抱えて、少しだけ重なる部分があっただけです。それだけで__」
「そう、なのかもしれませんね………。しかしわたくしには、わたくしにはたったそれだけのことがしてあげられなかった………」
マリスさんの搾り出すようなその声に言葉が出ない。
「先ほども述べましたけれど__出逢って間もないコウドー様にこんなことをお頼みするのが、どれ程厚かましいのかは重々理解しております」
そこで彼女は深く息を吸いこんだ。
「ですがどうか……。あなたがあの子の従士だというのなら、どうか___支えてあげては貰えませんでしょうか?」
__ちょっとだけリエルに似ている気がする。
『お嬢様を頼みます』と頭を下げる声、人を思いやるときの真摯なその声色に改めて向き直ると、精一杯の言葉を紡ぐ。
「……昔、俺の家族が言ってたんです。この能力は人より少し相手から読み取れることが多いだけで、読み取った気持ちの全てを噛み砕いて飲み込む力なんてないんだって」
じっと。ただ聞いていてくれるこの人に、どれだけのことを伝えられるだろう。なんでもない昼休みに、あいつが語った言葉の何もかもが正しいということではない___そこじゃないはずだ。
「完璧じゃないこの力は人を傷つけるし傷つけられもします。俺はまだ彼女のことも従士の仕事も、なんにも理解しちゃいないけど。リエルがいいやつで、マリスさんが彼女をどれほど想っているかは、ほんの少しだけでも感じ取ったつもりです」
完全な相互理解なんて幻想なのは承知している、でもそこで思考停止したら誰かと生きていくなんて到底無理な話だ。
「人が一人の人間を抱えるなんて難しくて当然なんです、他人のことも……たとえ自分自身であっても。だから支えるお手伝いをさせてくれませんか? そんな大事な人を俺なんかに任せてしまわないでください……」
この人がどんな思いで、出会ったばかりの異国の若造に頭を下げたのかは想像もつかないし、関わり続けてくれたあいつみたいにできるかも分からない。でも、ずっと側にいたあんたが頼みますなんて言うのは、諦めじゃないのか?
もう無理だって、変えられないって言うのと何が違う?
だから今までのことと、これから世話になる分くらいの恩返しはしたい。
「__ありがとう、ございます………」
「ええっ!あの泣いてますか? すんませんなんか昔のこと思い出して夢中で喋ってたみたいで多分失礼なこととかいっぱい言ったつーか」
いつの間にか両手で顔を覆ってしまっていたマリスさんに慌てて近寄る、人の泣き顔も悲しそうな顔も本当に嫌いだ。好きな奴なんているわけがない。
こんなん出会って20分も経たずに経験していいイベントじゃねーよ。
「いいえ、ごめんなさい。なんだか嬉しくて………年を取ると涙脆くていけませんねっ。……あなたの言う通りです、お手伝い、してもらえますか?」
そう言って取り払った手の下には、深い笑顔と涙の跡が隠されていた。
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