4話 すり合わせとゲーム
テレパスは人の感情の機微を掴み、相手の嘘と本当を知覚する。今までお互いの対話に一切の嘘は無かった……ということはやっぱりここは、アリスリエとかいう場所で少なくとも日本ではないんだろう………。
万に一つがあるとするなら。こいつが自身を『アリスリエ』とかいう国の人間だと、心の底から信じ切っている狂人である可能性くらいか。
コスプレ外国人が巣食う新興宗教なんてシャレにもならん。
[そんなことがありえません!? あなたは自分が別の世界の人間だと本気で?]
別の世界。なんて薄っぺらい言葉だろう。
額に触れる手からは彼女の驚きが伝わってくる、ならばこちらの諦念や不安も少しは伝わっているのだろう。
[冗談ならもう少し面白いものを考える。気がついたらこの山の中に居て__そもそも嘘を見抜けるって言ったのはあんただろ?]
[それは……そうなのですが。止むを得ません、あなたの過去を覗かせてもらいます。もしかしたら私の知らない国が存在するだけかもしれませんし! ]
頬を上気させ、意気込む様子の彼女に待ったをかける。
[悪いけどそれはもう試した。浅い……言葉の真偽を確かめることくらいは出来たが深い部分は視えなくなってる]
[__どうしてそんなことがあなたに分かるのですか? まるで…]
[自分と同じ力を持ってるみたいだって? 俺だって突然同類に出会うなんて思ってもいなかったし、理屈は分からんが無理なもんは無理だ]
信じられない! という風に彼女はいっそう手に力を込め__
[ってぇなこのゴリラ女! 離せコラ! 頭蓋骨砕く気かよ⁈ ]
アイアンクローされたまま怒鳴る俺などまるで意に介さない万力の様な手。
数秒後、彼女は大きな嘆息を漏らすと食い込んでいた指の力を緩めた。
[ごゥりラ?が何かは存じ上げませんが酷く侮辱されたことは理解できます。……それと、あなたの言っていることに嘘はないってことも。しかし、本当にわたしと同一の能力を?]
[なら、力の説明でもすれば信じてもらえるとでも?]
俺の問いかけに、以外にもゴリラ女は素直に頷いた。てっきり生真面目、馬鹿力ときて柔軟性なんて欠片もないのかと思っていたが勝手な思い込みだったらしい。まぁ説明に一切の『嘘』がなければ信じざるを得ないだろうが。
[……いいか? まず、子供の頃は他人との距離を無視して人の心の声が聞こえた]
昔のことを思い出しつつ、ゆっくりと話していく。
[使えなくなったのは12の頃で、俺の従兄弟が勝手なこと言うには自我の確立に関係があるんじゃないか? だとさ。それからは手で直接触れると、物や意識がない人間以外は読み取ることができる様になった]
彼女の表情を盗み見るが、その青白い顔からも心情は何も読めなかった。ただ、俺の直接的に過ぎる感情は伝わってしまったかもしれない。
[寝起きだとちょっと制御が甘くなるとか、細かい部分はまだあるが大まかに言えばこんな感じだ。類似した経験があるんじゃないのか?]
テレパシーでもエンパスでも。呼び方なんぞ何でもいいが理論立てられた物ではないこの力は、人それぞれ全くの別物なのかもしれない。
ましてやこいつがどういう存在なのかすら不明で、ここがどこかも分からない。それでも確認するだけならこれ以上の説明はいいだろう。
触れ合っただけで意思の疎通ができている時点で異常なのだ。
[………似た力だということは、信じるしか無いようです。わたしは13歳で使えなくなくなりましたけど、概ね似通ったものでしたから]
無意識にだろうか? 薄く微笑む彼女はとても__見てはいけない物を見た気がして目線を逸らす。
逸らした先、騎士の手は優しく俺の手に添えられていて、少し気落ちしながらも相手を気遣う様な声と、その安堵と喜びともつかぬ感情が流れこんでくる。
表層だろうと人が心の内を誤魔化すことは難しい。それは例え力に慣れきった者であったとしてもだろう。
俺は先ほどから感じる、どうしようもなくこの場から逃げ出したい気持ちを必死で抑える。
[差し当たり必要なことは確認しました。こんなものを……報告できるか分かりませんが。ひとまずあなたには詰め所まで来て頂きます]
そういって今度こそ体を離した彼女がさっきも顔を合わせた髭のおっさんと数分話し合った結果、周囲の者が集まり撤収作業が始まった。
いつの間にか日はてっぺんを過ぎている。もはやジタバタしても仕様が無いと諦め、俺は本当にどこであろうと変わらないらしい空を眺めると__胸に流れ込んできたそれが晴れるのを待った。
*
揺れが収った、どうやら目的地に到着したらしい。
出発前。キャンプ用品や自転車を乱暴に運ぶ連中と喧嘩になりかけ、山を降りた先で待っていた予想以上の騎士の数や生まれて初めての馬車に驚いたりと、一悶着だか二悶着だかありつつも。
[着きましたよ]そう言うと真横に座っていた女騎士、リエルが幌馬車の入り口部分を開き眩しそうに目を細めた。
道中は俺、リエル、コスプレ集団の団長であるらしい髭面のおっさんアーゲスとの三人で、自己紹介程度の軽い話をした。
地球人を名乗るのは当然初めての経験だったが、まぁ……なんというか間抜けな感じだ。
おっさんが言うには霊峰の調査を真っ先に進言したのはリエルらしく「命があるだけ感謝しろよ」とのことだが、俺はスマホを取り出しただけで殴り倒されたのにありがとうなんて言えるドM野郎ではない。
ほんのり暗い馬車の中。手かせをつけられ鎧姿の男女に挟み込む様に護送される俺の姿は、メノが見れば爆笑ものだったろう。正面に座っていた騎士三人の無表情を伺うに、よくあることなのかもしれないけども。
[一ついいか?]
ケツの痛みに耐え。夕暮れ色に染まった石畳の地面に降り立つと、馬車に乗っている最中疑問に思っていたことを尋ねる。
[なんでしょう?]
[どうして俺たちの乗っている馬車だけ、ずっと幌が降ろされてたんだ?]
[寄りによって今聞きたいことがそれですか? ようやく王都にたどり着いたというのに……]
理解できない、といった面持ちで目の前の巨大な壁とこちらを掴んだ腕を交互に見るリエルに頷きを返す。
[いや、この国についてはこれから散々聞かされるんだろ? なら今まさに疑問に思ったことの方が大事だろ。……それに従兄弟によくさせられてたんだよ、身の回りの疑問を適当に推理するゲーム]
主に食べ物の疑問についての話題が多く、食えれば何でも良かった昔の俺には苦痛だったものの__あーだこーだ言い合うのも慣れると案外楽しいし何よりこの状況への気もまぎれる。
そういやゲームの様子を見て周りによく似たもの兄弟と言われたが断じて違うし、まず兄弟ではないってかどっちが兄か問い詰めてぇ。
[そんな遊戯聞いたこともありませんが。推理と言うからには我々騎士団が罪人を追い詰める為証拠を集め、推察を重ねてゆくのに近いのでしょうか?]
[そんな御大層なもんじゃない。不思議に思ったことをすぐにネッ……トは無さそうか、本で調べたりする前に。頭を働かせてみようっつー脳の体操みたいなもんだよ]
俺がちょっとした遊びを提案しているうちに荷台の団員達は全員降りてしまい。団長のおっさんはリエルへ軽く声をかけると、両サイドに騎士を引き連れ先に行ってしまった。
[__検問所を抜けるのにも今しばらくかかります。団長も先触れに行きましたし、その間は推理とやらにお付き合いしましょう ]
話の流れで推察を喋ることになってしまったが……ぶっちゃけると内容もその答えもどうでもいい。とりあえず話ながらまとめよう。
何故か強く掴んでくるリエルのしっとりとした手の感触、その不快感を頭から振り払う様にゲームの口火を切る。
[始めに考えるのは他の馬車との違いだけど、傍目には馬車そのものの構造に違いは無かった。強いて言えば側面に描いてあったマークだが、あれはどういう意味だ?]
[あの図式はただの識別番号で特別な意味はありませんし、おっしゃる通り車体はすべて同一の物です]
[ならやはり乗っている人間に理由がある。……真っ先に疑わしいのは俺だ。霊峰? ってやつに無断で侵入し連行されてる人間の顔を晒せないという理由]
[それは__]
[__分かってる。今現在普通に降りて、人の列に並んでいる時点でこれはない]
じりじりと進むザックを担いだ商人? や皮鎧を身に着けた人々の並ぶ先、遠くに見える城壁とそれに囲まれた城を見つめ話しを続ける___予想以上に早く、この会話も終わるみたいだ。
[じゃあ俺以外ということになるがみんな馬車から降りてしまったし、周囲は騎士団の連中がぞろぞろ居てもう充分に目立ってる。となると隠すのでなく、幌は日差しを遮る為に使われていた…]
当たり前っちゃあ当たり前な結論に戻ってきた。土煙の防除も考えたが、先頭を走っていた上それほど乾いた土でもない。また途中から走る音が変わり、石畳? の街道の様な所を走った為に除外した。
ここまで考えると結論は見えてくる、しかし彼女からは嫌悪や怒りを感じない。結果的とはいえ、相手の身体的特徴をあげつらう話題になってしまったのに……。
これ以上話すことを躊躇う俺に「ԂԒՃՂ」と、直接声にだして促すリエルの目を見つめ返す。こちらが分かるということは、相手にもこの申し訳なさや自分勝手な痛みが伝わっているのだ。
[………最初から気になってはいたんだ。ときどきやけに眩しそうにする姿と甘い香りのするその手。……つまりリエル、あんたの身体は日光に弱いんじゃないか?]
俺の言葉に彼女はそっと目を伏せる。
人の体なんて数えきれないほどの個人差があるし、全くもって的外れかもしれない。しかしよく分からん容姿の奴らが多いとはいえ、これみよがしにこの馬車だけ幌を降ろしていたのだ。
紫外線に弱く、大方甘い香りの原因は肌を守る為のクリームか何か、多分目にも問題を抱えているんじゃ? なんてことを賢しげに語るのは違うだろう。まして俺は医者ではなく、彼女の問題を解決できる訳じゃない。
こんなことを尋ねることも、ゲームと言って根掘り葉掘り聞くのも失礼だっただろう。
ただ、今は少しでもこいつのことを知らなくてはならない。
逆に気を遣ってくれているのか、リエルは微かな笑みと共に目線を上げた。
[そんなに大層なものでもありません。毎日軟膏を塗るのは少し面倒ですが、治療院で定期的に治癒魔術も受けていますしあまり気にしないで下さい]
思いの外明るい口調に安堵して__
[……何言ってんだ?]
[ですから日光もそれほど浴びなければ大丈夫です、あなたの心配する気持ちは痛い程伝わって来ますが]
[___いやいやいや、魔法とかマジで言ってんの?]
クソが、後でいくらでも聞けるとか俺は馬鹿か?
もう受け入れたはずなのにまだここが日本どころか地球ではないことを理解しきれていなかったらしい。そもそも別の世界?とやらに移動した先で大地があり呼吸ができて、あまつさえ意思疎通の敵う人間と遭遇した。これだけでも凄いし、過去や未来でなけりゃパラレルワールドだと思うだろう? そもそも超能力が__
[聞・い・て・い・ま・す・か?]
[いッッッッッ!! だから痛いんだよ、あんたは自分の怪力具合を自覚しろ! 頼むからっ!]
ギュっと、腕を握り潰さんばかりの勢いで掴まれ思わず手を振り払う。何で怒ってんだこいつ?
ちょっと考え事しただけだろうが。
[後半は聞き取れませんでしたが、あなたが痛がり過ぎなだけです]
再度腕に触れながら『チキュウ人はひ弱なのかもしれませんね』などと小声で口に出しているが聴こえてんだよ誰がひ弱か。
腕をさすりたくともこの木枷が邪魔をしている、痛みに顔を顰める俺を尻目にリエルが急かしてくる。
[通行証も持たず、まして戸籍もないあなたがここを通るにはそれなりの時間がかかるんですから、もっと手際よく行動してください?]
検問所の目の前へたどり着き、その物珍しさに腕の痛みも忘れ周囲を見渡す俺の横顔にリエルが告げる。
[あなたにこれからどの様な沙汰がくだされるか分かりませんが、ようこそイアムル王国が首都、コルヒタルへ]
言葉通りの気持ちってやつも案外悪くないのかもしれないと、そう考えるのはあまりに実直な彼女に感化されてのことかもしれない。
まぁいい。ずっと塞ぎ込んでいた俺に話しかけるきっかけを作ったあいつと同じやり口、ゲームだなんだと適当言う行為も少しは役に立ったと思いたい……暴力は良くないが。
スマホで文章を確認していたので、PCでは読みにくかったらすみません。
日が傾いている為幌を上げなかった、山を登っても汗1つかかないのに手はしっとりとしていた。など考えましたがくどい人の身体的特徴を初対面であげつらうのはどうなんでしょう。