猫を拾う話
僕が学校へ向かう時に通る道に小さな公園がある。
古い木のベンチがふたつ、塗装の剥がれかけたジャングルジム、錆びついたブランコ、握り棒の壊れたシーソー。
あとよくわからないタイヤがたくさん。半分だけ地面に埋まってるやつ。
そんな廃れた公園に猫の家族が住み着いていた。
親猫は白色、黒と白の模様の子猫が二匹と真っ黒な子猫が一匹の四匹だ。
ニャーというよりもミーに近い実にかわいらしい鳴き声をあげる子猫たちを見ると、自分の家で飼いたくなってしまう。
しかしそれはできない。
僕の家はアパートだ。ペットを飼うことは禁止されている。
加えて母親が大の動物嫌いということもあり、高校二年生の現在まで一度も動物を飼ったことがなかった。
学校ではペットを飼っている友人が何人かいる。
犬だったり猫だったり鳥だったり。
実に羨ましい限りだ。
SNSなどでもペットの動画や写真を撮って投稿している人もいる。
ペットとじゃれあったり日常風景を撮ったり。とても和む。本当に羨ましい限りだ。
そんな動物を飼うこととは縁遠い僕だったが、ある学校帰りの雨の日――いつもの公園の前を通ると小さくか細い鳴き声が聞こえてきた。
どこかさみしげというか悲しげというか、そんな感じの鳴き声だった。
僕は気になって公園に立ち寄った。
いつもなら子猫か親猫をすぐに見かけるのだが、その日はどこにも姿が見えなかった。
時折聞こえる鳴き声を頼りに公園の中を探すとベンチの下に真っ黒な子猫がいた。
僕が近づいても逃げる素振りを見せず、ただ小さく鳴くばかりだった。
よく見ると右の前足を怪我していた。
この怪我のせいで歩けなくなってしまったのだろうか。
もしかすると怪我が原因で親猫に見捨てられたのかもしれない。
だからこんなさみしそうに鳴いているんだ。
確信はなかったけど、なんとなくそんな気がした。
このまま子猫を放置したら、動けずにエサを探せないまま弱って死んでしまうかもしれない。
僕は急にこの子猫がかわいそうに思えてしまった。
そして子猫を助けるつもりで、僕は家に連れて行くことに決めた。
「ただいま」
僕は真っ黒い子猫を抱えたまま玄関の扉を開けた。
「おかえ……」
主婦の母が出迎えたが、その表情が露骨に曇った。
「ちょっとあんた! なんで猫なんか連れてきてんのよ」
母が少し強めの口調で僕を咎めた。
「この子猫、怪我してるんだ。それに親猫に見捨てられたみたいで。だから――」
「戻してきなさい」
最後まで言わせてもらえなかった。
「で、でも――」
「戻してきなさい!」
先程よりも強い口調だった。
仕方のないことだ。
母が動物嫌いということ以前に、このアパートではペットを飼うことが禁止されている。
そういうルールのもと僕たちはここに住んでいるんだ。
葛藤がなかったと言えば嘘になるけど、どうしようもないことだった。
最初からわかっていたことだった。
「……はい」
僕はしょげたような返事をして子猫を公園のベンチの下に戻した。
去り際に子猫が悲しそうにミーミーと鳴いていた。
僕は肩越しに子猫を見ると子猫は真っ直ぐに僕の方を見て鳴いていた。
僕は走って家に帰った。
翌日、雨はあがっていた。
いつもの通学路、公園前にさしかかる。
すると昨日見かけなかった親猫と子猫二匹がそこにいた。
しかし、真っ黒な子猫が見当たらない。
僕は公園の中を探した。
真っ黒な子猫は昨日と同じベンチの下にいた。
少しほっとした。
見捨てられたわけではなかったようだ。
ただ単に動けなくなった子猫のためにエサを取りに行っていただけなのかもしれない。
そうなのだろうと僕は思った。
少し気になることがあるとすれば、真っ黒な子猫と他の三匹の距離が異様に離れているということだった。
それからその公園前を通る度に猫たちの様子を見ていたが、三匹が真っ黒な子猫に近寄っているのを一度も見なかった。
前はいつも一緒にいたのに。
真っ黒な子猫はヒトリボッチだった。
それがしばらく続いた。
しだいに真っ黒な子猫は弱っていった。
そしてある日、動かなくなってしまった。
その日以来、他の三匹の姿は見なくなった。
僕は真っ黒な子猫を土に埋めてやった。
どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
どうして親猫はこの子猫を見捨てたのだろうか。
僕はペットを飼っている友人にこのことを話した。
友人が言うには僕が真っ黒な子猫を触ってしまったことが原因かもしれないと言った。
僕が子猫に触れたことにより人間のにおいというものがついてしまい、それを嫌った親猫が子猫を捨てた可能性があると話した。
それを聞いて僕は大きなショックを受けた。
悪気はなかった。
ただ、かわいそうだったから、助けようと思ったんだ。
それだけのことなんだ。
まさかそれが原因であの子猫が死んでしまうなんて想像もしていなかったんだ。
あの時、親の反対を押し切ってでも面倒を見るべきだった。
アパートのルールを破ってでも世話をするべきだった。
無責任な善意は、時として誰も望まない結果を生んでしまう。
僕のせいであの子猫は死んでしまったんだ。
この出来事がきっかけで、僕は少し猫が苦手になった。
猫を見るとあの日、僕の方を見て悲しそうに鳴いていた子猫のことを思い出してしまうからだ。