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オトメブランド  作者: 山溶水
第一章 雨と雪
8/30

8.赤い雪



「あいかわらず便利だね~」


 千聖が大剣を担いだ状態で戦闘の様子を見物している。

 宮子の薙刀のブランド『撫子』がエイリアン・ゾンビを次々となぎ倒して行く。

 適性補整『伸縮』

 最大100mまで薙刀の柄や刀身を伸ばすことが出来る能力だ。


「これで……ラスト!」


 刀身がムジルシの頭部を貫く。


「制圧完了、です」


 茜たちは三階のフードコートに来ていた。


「すまないな、負担をかけて。私のブランドだと、どうしても音が出てしまうからな……」

「大丈夫です。先生はいざという時のために温存しといてください」

「ハハハ、頼もしいな」

 

 その時、団らんを遮るかのようにトランシーバーが鳴った。

 三人に緊張が走る。

 茜は手に取り、応答する。


「何かあったのか?」


「こちら地下駐車場の雲行。急を要するほどじゃないけど、応援要請。……ムジルシとは違うやつに襲われました」


「……たぶん、カスタマーだと思う」


「カスタマーだと!?」


 茜に動揺が走る。千聖と宮子も『カスタマー』という単語に驚きを隠せない。


「わかった、すぐに向かう。……無茶はするな」


「お願いします」


 茜は通信を切る。


「カスタマーって……マジなの?」


 半信半疑で質問する千聖。


「ここで嘘をつく意味は無いだろう。よっぽどの寂しがり屋でもない限りな」

「小雨たちの救援に向かう」


「らじゃー!」

「了解です」




 G型の茜は第六感を持たない。

 だがなにか……漠然と、嫌な予感がした。

 そこに行ってはいけないような……

 なにか取り返しのつかないことが起こりそうな……



 そんな不安は気のせいだと茜は頭を振る。

 生徒が危険に晒されている。

 助けるのが教師だ。



 

 不安を振り払うように茜は走った。

















 地下二階駐車場は暗黒に包まれていた。

 小雨はバッグに入っていたペンライトを折り、周囲にばら撒く。

 幾分か視界はマシになった。が、本題はそこではない。

 第六感が、ここは危険だと告げていた。

 雪は小雨の指示でドールの設定を自動排除ではなく警護に設定し、小雨たちの周囲には八体のドールが巡回していた。

 

 この暗闇の奥に、なにかいる。


 小雨たちはまだ使える車が無いかを確認しつつ、慎重に歩みを進める。


(……どこだ、どこにいる?)


 姿は見えない。だが確実に脅威はすぐ近くまで来ている。

 小雨はショットガンのブランド『時雨』を構えつつ周囲を警戒する。


 その時だった。


 ガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサ


 地を這うような音と共に姿を表したのは大型の蜘蛛だった。駐車している車の合間を縫うように小雨たちに迫る。


「私は大丈夫! 右をお願い!」


「……了解です」


 異形の蜘蛛に驚いてる暇はない。脅威を排除することが最優先だ。

 小雨は蜘蛛を狙ってトリガーを絞る。


 ガサガサガサッ


 蜘蛛は瞬時に移動して弾丸を躱す。


「だったら……」

「これはどうだ!」


 再度銃声が地下駐車場内に響く。

 再び蜘蛛は横に移動するが、散弾の数発が蜘蛛の脚を捉える。


 適性補整『散弾調整』

 散弾の「拡散」と「収束」


 二つの切り替えを意思一つで実行する小雨のG型としての能力である。


「もう一発!」


 威力の高い収束で蜘蛛の頭を狙う。

 蜘蛛は糸を天井に向かって吐き、自らの体を吊り上げて攻撃を回避する。


「だったら……」


 小雨はもう一つのブランド『螺旋』を展開する。しかしそれは近接戦闘を行うためではなかった。


「来いっ!」


 時雨を天井に構える小雨。

 天井伝いに驚異的なスピードで小雨に迫る巨大蜘蛛。

 高速で動き回る的を狙うのは並大抵のことではないだろう。

 しかし小雨には見えていた。

 蜘蛛が次に到達する場所が。

 

 ポンプアクションによる薬莢排出。

 次弾、装填。

 散弾調整「収束」

 しっかりと構え、トリガーに指をかける。


 ───銃撃。


 宙に散る緑色の血液は闇に紛れた。

 纏まった弾丸は見事蜘蛛の胴体部分を撃ち抜いた。

 先読みされては蜘蛛のスピードも意味を為さない。

 『達人感覚』と『散弾調整』による射撃。二つの適性補整の合わせ技。

 SG型である小雨の強みを十二分に発揮した戦い方だった。


(雪ちゃんは……!?)


 小雨の心配は杞憂に終わる。

 見ると雪は無傷で巨大蜘蛛を見下ろしていた。

 死骸と化した穴だらけ蜘蛛の周囲には三体のドールが浮いている。


「良かった……」


 しかし安堵の息をつくのはまだ早い。

 継続して小雨の第六感は警報を鳴らし続けている。


「一旦先生たちに連絡しよう」


 トランシーバーを取り出す小雨。小雨の近くに立ち神経を張り巡らせる雪。

 二人の周囲には十五体のドールが互いの死角を埋めつつ円を描くように巡回していた。






「何かあったのか?」


「こちら地下駐車場の雲行。急を要するほどじゃないけど、応援要請。……ムジルシとは違うやつに襲われた」


「……たぶん、カスタマーだと思う」

「カスタマーだと!?」

「わかった、すぐに向かう。……無茶はするな」

「お願いします」







 トランシーバーをバッグにしまう。


「あれが、カスタマー……」


 ぼそりと呟く雪。


「実物みたのは私も初めてだよ」






『カスタマー』

 それは第三の異形。

 感染者の突然変異体とされている。

 小雨たち戦乙女を目指すものは誰しも持ち得ている知識だが、その姿を実際に見たものはほとんどいない。

 当然だ。カスタマーは滅多に確認されることが無いのだから。

 生活環境が原因とされる説と人間以外の生物の細胞を摂取することで変異を起こすという二つの説が有力視されているが、未だに解明されていない。研究が進むより前に世界が崩壊してしまったのだから。


 小雨はペンライトを地面にまきつつ慎重に歩みを進める。

 ペンライトの光で照らされたのは大型トラックだった。


「待って!」


 小雨は手で雪を制する。


 これは……マズイ。


 第六感が告げていた危険の原因は間違いなくこれだ。

 昔見たゾンビ映画でコンテナが置かれていたシーンがある。

 映画通りなら、これは───


「雪ちゃん、離れて!」


 紙一重で――間に合わなかった。

 まるで小雨の声を合図にしたように荷台のドアを突き破り、大量の蜘蛛タイプのカスタマーが雪崩れ込む。


「くそっ!」

 

 二発、三発と拡散設定の時雨が火を吹く。

 弾丸は確実に命中している。しかし蜘蛛型カスタマーの勢いは止まらない。


「……私が」


 雪が前に出る。小雨たちを囲むようにドールが設置される。

 ドールが自動的にカスタマーへの攻撃を開始する。


「援護を、お願いします」


 暗闇の中で、アメシストの瞳が強い紫を帯びる。

 ドールの最大同時出現数で戦う雪の全力。

 小雨の目の前で繰り広げられる大乱戦。

 しかし小雨に攻撃が届くことはない。

 雪による鮮やかな人形捌きで数と勢いに任せて攻め入る蜘蛛の動きは停滞する。


「すごい……」


 雪の全力の戦いをみて小雨は思う。


 芸術的だ


 オーケストラの指揮者が調律を整えるように腕を振る雪。

 劣勢なオート操作のドールをマニュアルのドールで補う。

 圧巻だった。


 徐々に、だが、確実に。


 蜘蛛型カスタマーはその数を減らしていく。


「ははは……こりゃ私の出る幕はないね」


 余裕が生まれたのか、笑みさえこぼれる。


 残り五体……四体……三体……


 制圧へのカウントダウンが始まった、その時だった。


「あれは……?」


 地下駐車場の暗闇にぼんやりとした赤い光が通り過ぎた。そして、ある一点で止まる。

 視覚を強化し、暗闇に目を凝らす。


「コウモリ……?」


 地下駐車場の天井に逆さになって小雨たちを見ている薄赤の瞳。

 だが、コウモリにしては明らかに大き過ぎる胴体に身を包むように畳んだ羽。

 はたしてあれもカスタマーなのか。



 何か、嫌な予感がする。




 電撃のような第六感とは違う、ねっとりと、絡みつくような悪寒。

 小雨は時雨を構え、照準を人間サイズのコウモリに合わせる。

 薄赤と真紅の瞳が交錯した瞬間、コウモリが――笑った。


「え……?」


 撃ったのに、弾がでない。

 それだけではなかった。オーナーの意思とは無関係にブランドが崩壊を始めた。




 ノイズが混じるように。

 モザイクに包まれるように。




 ──ブランドが消えていく。




「なに……これ……」

 

 ブランドの崩壊現象は雪のドールにも訪れていた。

 蜘蛛型カスタマーを一体残して、全てのドールが消える。

 当然、雪は無防備になる。


「雪ちゃん!」


小雨は消えた時雨を再び展開しようとする。


出来ない。


螺旋を展開しようとする。


出来ない。



「出ない……出ない! 出ない!!」



 なぜ突然ブランドが出せなくなった!?

 いままでこんなこと一度もなかった!

 ブランドが出せなくなるなんて一度も聞いたことがない!

 なぜ!?

 どうして!?

 原因は!?




「あっ」


 思い当たる節が一つあった。

 赤目のコウモリだ。

 小雨は視線を天井に戻す。しかしそこにコウモリの姿はなかった。


「小雨、さん……」


 今にも消え入りそうな、弱々しい声。それは突如訪れた絶望の中で小雨の救いを求める声だった。


「雪ちゃんっ!!」


 雪の前には巨大蜘蛛が毒液のようなよだれを垂れ流している。

 ブランドは出せない。

 武器もない。

 しかし小雨は走る。


(考えろ! なにか、なにかないのか!)



 このままでは間違いなく雪は死ぬ。


 あの蜘蛛の毒牙にかかる。


 肉を引き裂かれた雪は悲鳴をあげるのだろうか。

 ……そんな悲鳴をきくのは死んでもごめんだ。


「うあああああーー!!」


 小雨は落ちていたペンライトを思いっきり投げた。

 蜘蛛の胴体に命中する。当然蜘蛛にダメージは無い。

 しかし、蜘蛛は優先順位を変えたのか目の前の雪をスルーして小雨に向かってくる。


「そうだ! こっちにこい!」


 小雨は周囲を見渡す。

 何か武器になりそうなものは……


「あれだ!」


 小雨は軽トラックに飛び乗り、荷台に乗っていたロープやワイヤーを地面に固定するための釘を二本拾った。


「雪ちゃん! そこのトラックの荷台に隠れて!」



 大量の蜘蛛型カスタマーが出て来た荷台だがもう何もいないはず。扉を閉めれば少しは安全なはずだ。


「でも小雨さんが!」


 初めて聞く声量の声に小雨は少し驚く。が、それを喜んでいられる余裕はない。


「私は大丈夫! 早く入って! こいつ倒したら迎えに行くから!」



「……絶対、ですよ!」


 雪はペンライトを一本拾い、荷台に飛び乗った。ゆっくりと扉が閉められていく。


「ッ!」


 危険を告げる第六感が小雨を鞭打つ。

 蜘蛛が飛びかかってきたのだ。

 咄嗟に身を捻り回避行動をとる小雨。毒牙は服を掠めた。


(第六感は、まだ使えるみたいだな)


 小雨は冷静に出来ることと出来ないことをはっきりさせていく。

 ブランドも適性補整も無い中で、相手は初めてのカスタマー。


 しかしそんな中でも小雨は希望を捨てていなかった。

 小雨は目、耳、鼻、そして全身に神経を集中させる。五感の強化だ。


 蜘蛛は容赦なく攻撃を続ける。

 時に糸を吐き、時に毒を吐き、時に自ら飛びかかる。


 暗闇の中でも相手を見失わないための視覚。

 暗闇の中で素早い相手の動きに対応するための聴覚。

 独特の匂いを嗅ぎ分ける嗅覚。

 そして蜘蛛が動くことによる発生する地下駐車場内の空気の動きを捉えるための触覚。

 

 味覚以外の全ての感覚に加え、それら五感を超えた第六感を駆使して戦う小雨の中に勝機が芽吹き始める。




「こんなところで……死んでたまるか……ッ」




「おまえなんかに……食われてたまるか……ッ!」





「私は……雪ちゃんを護るんだっ!!」






 捉えたっ……!



 小雨の釘が見事に蜘蛛の胴体を貫いていた。

 蜘蛛は断末魔のような鳴き声をあげて息絶えた。

 小雨は巨大蜘蛛の串刺しを投げ捨て、雪のいるトラックへ向かう。

 極限の緊張と疲労が小雨の身体に蓄積していた。

 走ろうと思ってるのに足が言うことを聞いてくれない。

 無理やり足を引きずりながら、トラックへ向かう。


「雪……ちゃん……」

「もう……大丈夫……だよ……」


 息が荒く、思ったように声が出ない。


「雪……ちゃん……」


 名前を呼ぶ。

 声が聞きたい。

 顔がみたい。


 そんな思いが小雨を突き動かす。


「雪……ちゃん……?」


 なにか、おかしいと思った。


 トラックと小雨の距離はもう数メートルも無い。荷台の中とは言え、声は届いているはずだ。


「雪ちゃん……終わったよ……」



 荷台の前に立ち、話しかける小雨。


「もう大丈夫だよ……帰ろう、一緒に」


返事は無い。


「雪ちゃん……?」


小雨は荷台の扉を開ける。


「きゃっ!」


 扉を開けると羽をもったなにかが飛び出してきた。 

 見上げるとそれは――




 赤目のコウモリだった。




「えっ……?」


 この荷台にはもう何もいないはずじゃなかったの?

 なんであいつがここから出てくるの?



 戸惑う小雨を見て、コウモリは笑っていた。

 その鋭い牙に、赤い液体を滴らせながら。



「雪……ちゃん……?」


 小雨はゆっくり、荷台の中を覗いた。


 まず見えたのはペンライトの光。


 そしてそれを握ったまま倒れている――――雪。


「…………え?」



 脳が視覚が送ってきた映像を処理しきれない。



 理解できない。



 信じられない。



 だってそこに倒れているのは、血まみれの雪なのだから。







 小雨は荷台に上がり、雪の身体を起こした。





 冷たい






「ねぇ、どうして寝てるの」



「こんなところで眠るなんて、雪ちゃんらしくないよ」



「起きて、雪ちゃん。全部終わったよ? 先生と、宮子ちゃんと、千聖と、みんなで帰ろう?」








「……起きて」









「…………起きてよ」







「………………」








「……………………」












 

 赤目のコウモリが嗤っている。








 小雨は丁寧に雪を地面に降ろして立ち上がる。
















 そして





























































 逃げた。


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