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オトメブランド  作者: 山溶水
第一章 雨と雪
7/30

7.戦乙女のショッピング

やっぱりショッピングモールは外せません。

PM15:24 十海ショッピングモール内


「はぁ……はぁ……っ!」


 小雨は階段を駆け上がる。


(こんな場所……こなければよかったんだ……!)


ガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサ


 地を這う音は絶えず小雨の耳に入ってくる。

 振り返らなくてもわかるくらいに迫って来ている。

 後悔している時間は無い。

 小雨は前に走らなくてはならない。


 私がここで死んだら、全部無駄になる。

 

 その思いが小雨の体を鞭打ち、突き動かす。




「全部、全部全部ぜんぶぜんぶぜんぶ、私のせいだ……」






















話は3時間前に遡る。


 小雨たちは茜が運転する小型バスで移動していた。目的地は十海町内のショッピングモールだ。あと十分もすれば到着する。

 小雨は車窓から外を眺める。ガラスが割れた家や店に徘徊する感染者。特におかしなところは無い。いつも通りの光景だ。


(だいぶ減ったな……)


「だいぶ、数が減りましたね」


小雨が心中で抱いた感想を言葉にしたのは宮子だ。


「そうだね」


 この道は以前にも通ったことがある。――奪還作戦の時だ。

 最初にこの道を通ったときは四方八方を感染者が埋め尽くしていた。

 今は歩道や道路で思い思いの動きをしている感染者がまばらに散らばっているだけだ。



 この道で、五人を失った。



 やはり思い出してしまうのだろう。宮子は重い表情をしていた。

 千聖はゲームをしていたが、その表情はいつもより暗い。

 雪は目をつぶっていた。

 茜の表情はここから見えないが、恐らく同様だろう。


「……この町が安全地域になるのも時間の問題かもね」


 小雨は希望を口にした。 

 すると宮子の表情に光が差した。


「……はい!」


 宮子の快活な返事に小雨は笑顔で応える。


 わかってる


 強がりだ


 

 だけど今は、これでいい






 バスが停車する。目的地に到着したようだ。








「制圧完了っと」


 十海ショッピングモール一階入り口付近。茜は回転式拳銃をホルスターに戻す。

 茜たちの周囲にはエイリアン・ゾンビの死体が転がっている。


「この程度の数のムジルシじゃあ、わたしたちの相手にならないよ!」

「油断は禁物だぞ」


 鼻を高くする千聖に釘を刺す茜。

 普段は宮子がその役割を果たしているが、作戦行動時は主に教師である茜が担当している。


「さて、ここを落ち合い場所にしよう。作戦通り二手に分かれて行動だが・・・・・・本当に大丈夫か?」


「あかねっち、わたし、みゃことセンパイたちのチーム分けだよね?」


「ああ」


「じゃあ大丈夫ですよ! センパイたちはめちゃつよいし、こっちにはわたしがついてますから!」


 任せろといわんばかりに胸を張り、どこから湧いてくるのか、自信たっぷりに言い放つ千聖。


「それもそうだな! たのむぞ、千聖!」


「りょーかいです!」


 ビシッ!と敬礼する千聖。

 そんな千聖たちをみて、宮子は呆れ気味だ。


「作戦を確認しよう。食料、衣服、その他もろもろ、使えそうなものを詰めるだけバッグにつめる」

「私のチームが上階、小雨たちが下の階、なにかあったらトランシーバーで連絡! 何か質問はあるか?」


 茜は生徒を見回す。

 真剣、元気、冷静、無表情。質問は無し。

 よし、いつも通りだ。



「ゾンビは無理しない程度に駆除! 安全を第一に行動!」

「では……散開!」



 穏やかな陽気のお昼時、戦乙女のショッピングが始まる。






――――この先に起こる悲劇を、今はまだ誰も知らない。




























「あらかた片付いた、のかな」


 一階、雑貨屋スペースで小雨と雪は商品を物色していた。

 二人の周囲には雪のブランド『ドール』が有名なカーレースゲームの甲羅のように宙に浮かんでいた。 適正補正による『ドール』のオート操作。設定は小雨と雪の警護だ。

 一階から地下二階までの捜索を任された小雨と雪。捜索開始に辺り、雪は十体のドールをオート操作で一階に放っている。設定はエイリアン・ゾンビの自動排除。しばらく時間が経ったところで小雨たちは行動を開始した。緑色の血溜まりがいくつか点在している。床を彩る水玉模様のカーペットのようだ。


「……小雨さん、これ」


 雪が小雨に渡して来たのはペンライトだ。安全施設でもないこのショッピングモールは当然電気が通っていないため、地下は真っ暗だろう。そのため光源になりそうなものを探していた。


「いいね。中身だけ持ってこう」


 周囲を警戒しつつ、バッグに開封したペンライトを詰める。

 茜たちからの連絡はない。油断は禁物だが、あの三人なら大丈夫だろう、という安心が小雨の中にあった。

 ここまでは、順調だ。







 地下一階は想像していたよりも明るかった。どこかに光源でもあるのか、上映中の映画館のような暗さだ。

(……ゴクリ)

 唾を飲み込む小雨。視線の先にはブラジャーを持った雪がいた。


 大きい。

 メロンが丸々包めそうだ。


 女性用下着売り場に立ち寄った小雨たちは各々下着を選んでいた。茜たちのサイズや好みはわからないので、とりあえず自分が使うものだけバッグに入れて、集合したらまた来よう、ということにした。


「……なにか?」


「い、いや、なんでもないよ!」


 同じ班になり、同じ場所で暮らし、何度か会話を交えて、初めに比べて随分と雪との距離は近づいたと思う。

 最初のころは小雨の側から話しかけない限り会話は無かったが、今は相手からも話しかけてくれる。

 大分心を開いてくれた、と思っていいのではないか。


→やっぱり大きいね、何カップくらいあるの?

→大きいと、大変だよね。そもそも大きいサイズが売ってないとか聞くけど、実際そうなの?

→いつからそのサイズなの?

→おっきい~ (後ろから揉む)


 小雨の脳内で会話の選択肢が浮かんでは消える。

 女同士だし、なにもおかしくないはずだ。

 たぶん、恐らく。

 しかし小雨はそんな欲望をすんでのところで抑える。相手が茜や千聖だったら軽く話せるかもしれない。

 だが、雪はダメだ。

 どんな反応が返ってくるのか、全く読めない。

 いつも通りの無表情なのだろうか。

 軽蔑されるだろうか。

 冷ややかな目で睨まれるのだろうか。

 あ、それもいいかも……


 などと邪な考えに支配されそうになる。


 抑えろ、私。

 それはダメだ。絶対ダメだ。


 と、小雨が男子中学生ばりの妄想を繰り広げていた時だった。


「……っ!」


 危険を告げる第六感。

 小雨は集中し、聴覚を強化する。



 ガリ……ガリガリ……

 ピシッ……



 何かを削るような音に、何かが今にも決壊しそうな音。

 小雨は日本刀のブランド『螺旋』を展開する。


「上から来る!」


 小雨の注意喚起と天井の決壊はほぼ同時だった。

 天井から数体のムジルシが雪崩れ込む。

 瞬間、小雨の捉える視界はスローモーションと化す。


 達人感覚だ。


 小雨は大きく踏み込み、今にも雪に噛み付きそうなムジルシの首を太刀で切り落とす。

 重なるように落ちてきた二体目の大きく空いた口を脇差で突き刺し、地面に叩きつける。

 そして瓦礫をかわし、雪の前に陣取った。


 当面の危機は脱した。あとは残りの三体だけだ。

 そう小雨が身構えた時に、決着はついた。

 三体のドールがムジルシに覆い被さり、処刑を実行したのだ。

 小雨は崩れた天井を見上げる。エイリアン・ゾンビの姿はない。あるのは積まれたダンボールだけだ。


「……ふぅ。もういないみたい」


 小雨は手を差し伸べる。


「……ありがとうございます」


 小雨の手を取り、ゆっくりと立ち上がる雪。

 危ないところだった。下らない妄想に夢中で本当に大切な現実が台無しになる、なんてのは笑えない冗談だ。


 今回のようなことは、珍しくない。

 いつ、どこで、どこから感染者が襲ってくるかわからない。

 そのため屋内での行動ではS型が重宝される。今回のチーム編成も六感持ちをチームに必ず一人は組み込む、という鉄則に従い考えたものだった。


「ドールの数、増やします」

「そうだね」


 周囲を回る三体に加え、小雨たちの頭上に二体、警護用のドールが出現した。


「何体まで出せるんだっけ?」


「同時に出現させられるのは二十四体です。今十五体出してるのであと九体まで出せます」

「……もっと出しますか?」


「いや、大丈夫。ありがとう」


 一体でもヤバいのに二十四体も……


 味方で良かったと心底思う。

 しかし頼ってばかりもいられない、ついさっき急襲を受けたばかりだ。

 小雨は兜の緒を締めなおす。


「行こうか」


 小雨たちは地下二階、駐車場へ向かう。





 その場所が、地獄の釜の入り口とは知らずに……




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