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オトメブランド  作者: 山溶水
第一章 雨と雪
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5.みそ汁事変

 

 きっかけはささいなことだった。


「もう! 私の分にまで勝手にかけないでって言ってるでしょ!」

「絶対おいしいから! 食べてみてよ!」


 朝ご飯の時間、千聖と宮子の二人は喧嘩していた。その原因はみそ汁にあった。


「千聖はなんでもかんでも調味料かけすぎなのよ! 百歩譲ってそれはいいとしても、なんで私の分のみそ汁にまでこしょうをかけるのよ!」

「だってかけたほうがおいしんだもん! 一回飲んでみてよ!」

「いやよ! 千聖にすすめられておいしかったこと一度も無いんだから!」

「今回は違うから! 飲んでみてよ!」

「絶対に嫌!!!」


 二人の言い争いは小雨たちにとっては日常茶飯事になりつつあった。しかし、今日はいつもと少し違った。


「もういい! 千聖のバカ!」


 宮子は席を立ち、部屋を出て行った。小雨たちの前でここまで怒りの感情を表現したのは、はじめてのことだった。


「先生、どうします? 追いますか?」

「いや、宮子だったらそう遠くには行かないだろう。しばらく様子を見よう」


 小雨の問いに冷静に答える茜。

 茜は基本的に生徒を信じている。様子見の判断も、信頼の表れだろう。


「そうですね。待ってみますか」


 小雨はこしょうの入っていないみそ汁をすすった。


 言い争いの当事者である千聖はポカンとしていた。















「もう! 千聖のばか!」


 十海安全施設から怒りのままに抜け出してきた宮子は近くの公園に来ていた。

 安全施設を利用する際に、周囲にいた感染者はあらかた片付けていたので、一応は安全といえるだろう。 

 しかしバリケードなどを設置して封鎖しているわけではないので気は抜けない。

 そんな公園で、宮子は力の限りブランコを揺らしていた。


「あれは……」


 公園の入り口に人影が見えた。注意深く見てみる。


「うそ……まだいたの……?」


 宮子の視線の先には感染者がいた。


「しかも、ヒトガタ……」


 感染者にはいくつかの種類がある。宇宙人の持ち込んだウイルスに感染するとほぼ間違いなく感染者は死亡する。その後、死亡した感染者は起き上がり、生きている人間を襲うようになる。いわゆるゾンビだ。ゾンビの大半は感染が進むと変異する。頭部が肥大化し、体の構造が変わっていく。この変異が進んだ感染者がエイリアン・ゾンビ、あるいは「ムジルシ」と呼ばれている。

 「ムジルシ」と呼ばれるのには訳がある。他の感染者と区別するためだ。

 一部の感染者は変異せずにゾンビの状態で居続ける場合がある。これを「ヒトガタ」と呼んでいる。

 「ムジルシ」と「ヒトガタ」この二種が感染者の大半を占めているが、戦乙女は「ムジルシ」よりも「ヒトガタ」を嫌う傾向にある。これは自然なことと言える。宇宙人のような見た目の存在とかつて人間だった存在、どちらが殺しやすいかと問われれば、多くの人間は当然、前者の宇宙人を選ぶだろう。


「仕方ない、か」


 宮子はブランコを降りてブランドを展開する。瞳がサファイアの輝きを帯びていく。


「ふっ!」


 宮子の薙刀がヒトガタの頭を貫いた。

 ブランド名を『撫子なでしこ』という。その適性補整は『伸縮』。文字通り薙刀の柄や刀身を自在に伸ばしたり縮めたりすることが出来る。


 ヒトガタが倒れ、柄の長さが元の大きさに戻る。

 ふぅ、と一息ついてブランドを解除する宮子。


「アァーー」


 嫌な声がする。嫌だけど、聞き慣れてしまった声がする。

 声のした方向をみると数体のヒトガタがこちらに歩いてきている。


「団体さん、だったんですか……」


 再びブランドを展開する宮子。


「ほんとに、もう……」

「千聖のばか!」


 宮子は罵声で気合いを入れて、ヒトガタの群れに向かっていった。
















「宮子ちゃん、帰ってきませんね……」


 小雨たちはリビングで宮子の帰りを待っていた。


「お昼の時間には帰ってくると思ったんだけどな……」


 安全施設での食事は基本的に茜と宮子が作っている。そのため、茜は昼食までには帰ってくるだろうと踏んでいた。

 雪は漫画を読んでいた。表情に変化はなく、焦っている様子もない。しかし、普段は部屋にこもっているためリビングでわざわざ漫画を読んでいる、ということは宮子を心配しているのだろう。


「わたし、探してきます!」


 責任を感じているのだろう。千聖は部屋を飛び出していった。


「待て! 一人で行くのは……」


 制止の言葉を言い終える前に玄関が閉じる音がした。


「先生、私たちも行きましょう」

「そうだな、行こう」


 小雨、茜、雪は千聖の後を追うように安全施設を飛び出した。

























「はぁ、はぁ、はぁ……」


 宮子は肩で息をしていた。周囲には複数の感染者。地面には両手の指を超える数の感染者の死体が転がっていた。


「アァー!」

「アアァーー」


「この……!」


 襲い来る感染者を薙刀で迎え撃つ。

 怪我はないものの、疲労がかなり溜まってきていた。

 

 感染者はムジルシ、ヒトガタ問わず一体倒すとその周囲にいる感染者が集まってくる、という性質を持つ。そのため、感染者と戦闘を行う際には即時殲滅、即時撤退が原則である。

 宮子も当初はその予定だったが、読みが外れた。予想以上にこの公園の周囲に感染者が残っていたのだ。


「くっ……!」


 感染者の掴みかかろうとする手をよける。すると片足が砂場に入り、バランスが崩れて転んでしまった。


「きゃっ!」


 どさりと地面に腰をつく。宮子に感染者が群がってくる。


「いや…………いやぁぁぁぁぁ!!!!!」



 


「みゃこ!」




 大剣一閃。

 宮子に群がっていた感染者の胴体は真っ二つに切り裂かれた。


「千聖!」


「まってて! こいつらすぐに片付けるから!」


 大剣を構える千聖の背中はとても大きく見えた。


「みゃこをいじめたのは、お前らかーっ!」


 鬼に金棒ならぬ、千聖に大剣。

 千聖の戦いは圧倒的だった。二分と経たないうちに感染者を殲滅した。








「みゃこ! これ!」


 戦闘が終わった公園で、千聖は宮子にあるものを手渡した。


「これ……くまのぬいぐるみ? どうして?」


「ごめんなさいの気持ち! 朝はごめんなさい!」

「わたし、いやなこと押し付けちゃったかなって。だから、ごめんなさい!」


「千聖……」















 そんな二人のやりとりを、小雨たちは少し離れたところで見ていた。


「一件落着、だな」

「ですね」







 家に帰った赤岩隊の昼食に、いつもの温かさが戻ってきた。






 




















 





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