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オトメブランド  作者: 山溶水
第一章 雨と雪
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4.赤岩茜という教師



「あっ」


 雲行漫画図書館にパジャマ姿の来客者が訪れていた。


「……」


 無言で数秒目が合う。奥の深い瞳に吸い込まれそうになり、先に目をそらしたのは小雨だ。


「あ、KGOの続き? ちょうど持ってきたよ」


 KGOとは『恋とゴリラと落ち武者と』の略称である。それを手に持っていることに気づいた小雨は雪に漫画を手渡す。


「ありがとうございます」


 少し頭を下げてから数冊の漫画を携えて雪は部屋を出て行った。

 この状況のきっかけは、雪の発言だった。















「……それ、面白いですか?」


 少し前、いつものように漫画を持ち帰った小雨に話しかけてきたのは雪だ。

 小雨はその発言に嬉しくなった。何事にも無関心な雪が自分に興味を持ってくれたように感じたからだ。


「読んでみて。後で感想聞かせて欲しいな」


 このチャンスを逃してはならない、とさりげなく次の会話の機会を発言に組み込んだ。


 



 しばらくして、雪が漫画を返しに来たときのことだ。



「どうだった?」


「主人公が死んだところがよかったと思いました」


「やっぱりそうだよね!」



 その日の夜、小雨の部屋でお互いに感想を話し合った。雪と小雨は好みが近いということがわかった。 雪の新しい一面、知らなかった一面を知ることが出来て小雨は嬉しくなり、会話を途切れさせまいと話を振り続けた。それが功を奏したのか、その日以降、雪が時々漫画を借りにくるようになった。













 小雨は一度部屋に戻り、窓から夜空を眺める。


「やっぱり、大きいな」


 小雨は雪のバストに思いを馳せていた。普段の戦闘服も兼ねた制服からでも推測は出来たが、パジャマだとバストの大きさがより顕著にわかる。

 小雨はレズビアン、あるいはバイセクシュアルではない。が、女性の胸が好きだった。大きければ大きいほど魅力を感じるのだ。


 もしかしたら、自分が雪に話しかけられて嬉しかったのは、下心があったからかもしれない。気をつけてはいるが、雪を見かけるとつい視線が下がる自分がいるのも事実だ。


「だめだ、だめだ、何考えてるんだ私は」


 時間は零時を回っていた。

 屋上で少し頭を冷やそうと部屋を出る。すると、奥の部屋から何か聞こえた気がした。

 小雨は耳に意識を集中させる。G型の「五感の強化」だ。


「……泣いてる?」


 聞こえてきたのはすすり泣くような声。奥の部屋には雪しかいない。

 小雨は雪の部屋に向かい、ドアをノックしようとしたところで、その手を止める。


「お姉ちゃん……」


 姉を呼ぶ泣き声。それは間違いなく雪の声だった。

 以前小雨は雪の姉がエイリアンゾンビに殺された、ということを茜から聞いたことがあった。

 小雨は冷静になり、自らの軽率な考えを恥じた。


 私が行ってどうなる

 なんて言葉をかければいい?


 そんなことも考えずに小雨は雪の部屋に、そしてデリケートな部分に踏み込もうとしていた。

 そもそも雪の部屋にきたのも下心があったからかもしれない。

 自分が恥ずかしい。怒りさえ覚える。

 小雨はゆっくりと踵を返した。

 私が踏み込んでいい場所じゃない。 



 そんな思いを胸に、小雨は自分の部屋の扉を閉めた。
































「今回の授業は昨日の続きだ。適性補整について説明する」


『適性補整』


 ブランドを展開した際に、最もブランドを適切に扱うための能力が備わること。

 物理法則を無視したその力は戦乙女を戦乙女たらしめている。


 といったことを赤岩教師が説明している。宮子と千聖の二人が説明を聞いている。


 (知ってる。一年生の時に授業で聞いたから)


 小雨は一番後ろの窓際の席で物思いに耽っていた。思い出すのは奪還作戦のことだ。

 小雨が高校三年、雪が二年、宮子と千聖が一年生の頃だった。エイリアン・ゾンビの侵攻により通常の暮らしが困難になっていた頃、戦乙女育成学校は感染者に埋め尽くされた土地の奪還作戦を実行に移した。

 教師を含む十五人一チームで指示された場所の奪還、防衛を任された。赤岩隊の指定された場所は十海エリアの安全施設。事態は一刻を争う状況だった。人類存続の瀬戸際だと世間は言っていた。

 結果、赤岩隊の奪還作戦は成功する。但し、十人の犠牲を払って。

 その中には小雨と同学年のSGクラスの友達もいた。

 千聖、宮子も同様だ。

 友達がエイリアン・ゾンビに殺された。FFF型の雪がいても犠牲が出た。圧倒的な感染者の数の暴力。事前に聞いていたが、それ以上に状況は絶望的だった。

 振り返ってみて、改めて思う。

 あれは悪夢だ。

 平穏に身を置いていると忘れそうになるが、その悪夢はまだ続いている。

 安全施設の安全を確保し、作戦を成功させた赤岩隊。他の隊がどうなったのか、今では知る由もない。 連絡手段が途絶えたからだ。


 最初の頃は、ひどかった。みんな、心が衰弱していた。あの千聖でさえ、食事が喉を通らなかった程だ。

 そんな状況を打開したのは教師である茜だった。料理を作った。授業を行った。ひたすら生徒を励ました。

 希望を失った私たちに茜はある提案をした。



『十海町を安全地域(セーフエリア)にすること』



 安全地域(セーフエリア)とは感染者が存在しない、そこに住む住民が怯えながら生活する必要の無い場所だ。


 少し前までの『普通』

 今となっては地球に存在するかもわからない『理想郷』


 私たちはその提案に賛同した。 

 そして、今の生活に至る。

 あれからもう、一年が経とうとしていた。







「小雨? どうしたんだ、ぼーっとして」

「あれ、授業は?」

「終わったよ。前にやったところばっかりで悪いな。退屈だろ?」

「いや、復習になるからありがたいです」

「そういってもらえると、助かるよ」

「私はここに残って仕事するけど、ここを使ってもいいぞ?」

「いや、大丈夫です。ありがとうございます」


 そういって小雨は机から立ち上がり、教室を出る。茜は教卓に戻り『仕事』を始めた。『仕事』とは授業内容などを考えることらしい。こんな状況でも、茜は『教師』であり続けた。



――――悲しいほどに。


 三年間の授業を受け終えようとしていた小雨は、正直授業に出るのが面倒だった。茜のことは嫌いではないし、自分たちのことを考えての行動だということもわかっていたが、小雨は勉強が好きなどと胸を張って発言できるほど稀有な人間ではない。最初は今のように勤勉に毎授業受けているわけではなく、気が向いたら参加する、といった程度だった。

 しかしその習慣は『ある日』を境に一変することになる。


 その日は、特にすることもなかったので、教室に行こうと思った。

 教室を覗くと、茜が授業を行っている姿が見えた。

 中途半端な参加になるが、茜は怒ったりしないだろう、と教室に入ろうとした時、小雨はあることに気付いた。



 教室に、誰もいない



 そこには宮子の姿も千聖の姿もなかった。後で聞いてわかったのだが、その日宮子は体調が優れず授業を休んだそうだ。

 千聖は寝坊だった。

 もう一度教室をみると、茜が授業を行っている。その姿はまるで、小雨には見えない生徒に本当に教えているようだった。

 その目は今までにみたことの無いほどに『虚ろ』だった。

 みんなを励まし、誰よりも前向きに、希望を捨てないでいた茜。


 そんな茜が───本当は、壊れかけていた。


 彼女は自分が教師であるということを時折強調していた。今思えば、それは自分に言い聞かせていたのかもしれない。

 この壊れた世界で、心を守るために。自分であり続けるために。

 その日以降、小雨は授業に毎回参加するようになった。もうあんな茜の姿は見たくなかった。



 そういえば───

 あの『虚ろ』な目を見たのは一度じゃない。

 茜と雪の関係が気まずい理由、その発端となった出来事にも小雨はそれを見ていた。



 授業に参加しない雪に、茜は一度話に行ったことがある。心配だったので、小雨は茜について行った。


「強制するわけじゃないが、雪も授業に来ないか?」


 と、そんなことを言っていたと思う。

 雪は無表情に無言を貫いた。

 そんな雪の様子を見て、茜は続けた。


「それとも来たくない理由があるのか? もしそうなら、先生に教えて欲しい。お前の助けになりたいんだ」


 依然として無表情の雪。

 だけど今思えばその無表情は……怒りを現していたのかもしれない。



「……もう先生じゃないでしょ」

「……ほっといてください」



 その発言にどんな意図があったのか、小雨にはわからない。

 でも雪という人間を知るに連れてわかったこともある。あの発言で重要だったのはほっといてください、というところだ。その前の言葉は、恐らく怒りからつい口を出てしまったのだろう。


「え…………」


 茜は持ってきていた教科書を地面に落とした。

 

 この時だ。


 この時茜は『虚ろ』な目をした。


「え、あ、あぁ……」


 茜はひどく動揺していた。


「そ、そうだよな。もう、私は……なんだよな……」


「…………悪かった」


 落ちた教科書を拾い上げ茜は雪の部屋を出た。その足取りは茜の心情を表しているかのように不安定なものだった。



 この時、小雨は何もできなかった。



 茜を慰めることも、雪を諌めることも。





 どうすればいいのか、わからなかった。









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