表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オトメブランド  作者: 山溶水
第一章 雨と雪
3/30

3.千聖VS雪


「さぁ、今日の授業は今までのおさらいをするぞ」


 十海エリア、安全施設二階の講堂では赤岩教師による授業が行われていた。

 一番前の席に千聖と宮子が、その二列後ろに小雨が座っている。雪の姿は無い。


「ではまず私たち戦乙女(ルキリア)の歴史についてだ。1997年の宇宙人襲来。それに伴い現れた始まりの戦乙女の四人によって地球の危機は免れた。ここまでは誰でも知ってるな」


 千聖が手を上げて机から身を乗り出す。


「しつも~ん、始まりの戦乙女って何者なんですか~」

「詳しいことは公表されてない。人種、国籍などは様々だったということぐらいだな。ただそのうちの一人、(ふり)()理事長が戦乙女育成学校組織を作ったって話は有名だな」

「あー、知ってる! テレビで見た人だ!」

「そうだな……だが他の三人は先生が先生になる前から行方不明ってことになってたなぁ」

「死んじゃったのかなぁ?」

「いや……まだ生きてると思うぞ。なんたって世界を救った人なんだし」

「そっかー、それもそうだね」

「始まりの戦乙女、かぁ……めちゃくちゃ強いんだろうなぁ……」


ツインテール少女は何やら変な方向に思いを馳せている。


「おっと、話を戻すぞ」

「では次に戦乙女がなぜ戦乙女と呼ばれているのか、わかる人」

「はい!」

「はい、千聖さん」

「強いから!」

「うーん、半分……いやもう正解!」

「やったー!」


「先生適当過ぎます」


 ツッコミを入れたのは宮子だ。


「おっと、じゃあ細かく説明しよう」

「私たち戦乙女の身体には闘争細胞というものがある。1997年を境に女性の身体に出現した特殊な細胞だ。この細胞のおかげで私たちはウイルスに感染することはないし、ブランドを展開することもできる」


 ここで手を挙げたのは宮子だ。


「先生、私たち当たり前のように使ってますけど、まずブランドってなんなんですか」

「おっ、いい質問」

「千聖、ブランドを展開してくれるか?」

「りょーかーい!」


光が集束し、机の上に大剣が現れる。


「どうやって、ブランドを展開した?」

「でてこーい! って念じたら出ました!」

「そうだ。本人の意思一つで取り出し自由な武器がブランドなんだが、細かくいうとブランドは闘争細胞から作られている」

「闘争細胞内にある『戦いの記憶』から武器を取り出し、個性や価値観でそれを加工して体外に出現させる。それがブランドの仕組みだ、とされている」

「戦いの記憶ってなんですかー?」

「人類はたくさん戦争をしてきたっていうのは知ってるよな?そこで戦った人たちの記憶っていうのが細胞内の遺伝子には残っているらしい。本人は知らなくても遺伝子が知っている。それが戦いの記憶だ」

「なるほどー!」


 千聖はブランドを眺め、うんうんと頷いている。

 宮子は納得が行かないのか複雑な顔をしていた。


「じゃあ次に戦乙女の分類についてだが……」


「あかねっち!」


 茜の言葉を遮ったのは千聖だ。


「戦闘訓練しようよ! なんか話聞いてたら戦いたくなってきた!」

「千聖は本当に細胞に正直だな……」


 茜はペンを置く。


「よし、じゃあ今日は戦闘訓練をするぞ! 着替えて牧場に集合!」

「やったー!」


 突然の時間割変更。

 この教室では日常茶飯事だ。









 十海安全施設裏庭、通称『牧場』

 牛肉の名産地でもある十海は安全施設でも牛を飼おうとしていたらしい。結果、動物もウイルスにやられてしまい空き地だけが残った。

 現在はグラウンドとして有効活用されている。


「あっ」


 茜たちが牧場に向かうとそこには先客がいた。雪だ。


「……」


茜と雪、訳あって二人の関係は良好とは言えない。微妙な空気が流れる。


「あー! 雪センパイだ! 雪センパイも一緒にやりましょうよ! 戦闘訓練!」

「……」


 千聖の提案を受けた雪は見るからに嫌そうな顔をしている。

 チラリ、と雪が小雨を見た。


「あはは・・・・・・」


 思わず苦笑い。

 それを見た雪は目を伏せて、言った。


「いいですよ」


「やったー!」


 千聖が喜ぶ。茜も心なしか嬉しそうだ。


「よし、じゃあまず戦乙女の分類について説明しよう。戦乙女には大きく分けて四種類のタイプが存在する」


 茜の眼の色がエメラルドの輝きを帯びる。

 茜はブランドを展開し、回転式拳銃を出現させる。


「一つ目は拳銃や弓など遠距離での戦いを得意とする武器をブランドとするG型。特徴として挙げられるのは『五感の強化』だ。意識を集中すれば遠くの物を見ることが出来たり、遠くの音や小さな音を聞くことが出来る」

「だからあかねっち、ひゃっぱつひゃくちゅーなんだね」

「まぁ、そういうことだな」


 教え子の言葉少し照れつつも、ふふん、と鼻をならすような仕草を見せる茜。


「千聖、宮子、ブランドを展開してくれ」

 

 二人の瞳はサファイアへと変色する。千聖は大剣を、宮子は薙刀を出現させる。


「二つ目は剣や槍などの近接戦闘に長けた武器をブランドとするS型。二人が正にそうだな」

「S型の特徴としては『第六感の発現』がある。理屈で説明出来ない何か大きな危険を感じ取ったり、咄嗟の危機に反応することが出来る第六感が身についている。これは、二人の方がわかるんじゃないか?」


「よくわかんないけど後ろからゾンビが急に来たときにビビビッてなるやつかなー?」

「エイリアン・ゾンビが出現するより前に身体がソワソワしたことがあります。それでしょうか」


「恐らくそういったものだろう。迷った時は自分の直感を信じるっていうのも悪くないかもな」

「なるほど~私は勘が鋭いんだね~」

「まぁ、そういうことだな」


 茜は微笑を浮かべて頷く。その力はきっと、もしもの時に二人を助けてくれるだろう、ということを願って。


「そして三つめは……小雨、どっちも出してくれ」

「はい」


 瞳がルビーの輝きを放つ。小雨はブランドを展開する。

 腰に現れたのは二本の日本刀『螺旋』

 そしてもう一つ……

 ポンプアクション式のショットガンが小雨の腕の中に現れた。


「銃剣両方の武器をブランドとするSG型。数は少ないがこういったタイプも存在する」

「ちなみに割合で言うとS型、G型が共に全体の約四割。SG型が約二割だ」


「いいなー! 小雨センパイ!」


 千聖からの羨ましいという視線を感じる。


「授業の量も二倍だけどね」

「えー! それはやだぁー」


 戦乙女の誕生以降、義務教育に『戦史(せんし)』が加えられた。

 過去に起こった戦いについて、またS型は刀剣の使用方法やその歴史について、G型は様々な銃の扱いと歴史について学ぶことになっている。必然的にSG型は両方の科目を学ばなければならない。


「最後に四つ目についてだが……」

 

 ここで茜は言葉に詰まる。

 無理もない、雪が関係しているのだから。

 小雨は雪を見る。話を聞いているのかいないのか、特に反応を示さない。


「S型、G型、SG型、そのどれにも属さないのがFFF型(トリプルエフ)なんですよね」


 助け舟を出したのは宮子だ。


「おぉ、さすが宮子ちゃん」


 少し、ぎこちない。

 が、小雨、宮子はそこを追求するほど無神経ではない。


「過去に実在したFFF型としてミサイルをブランドとする者や毒ガスをブランドとする者がいた」


「それめちゃくちゃつよいじゃないですか!」


反応したのは千聖だ。


「そうだな。……FFF型は、強い。滅多にいないけどな」


「へぇー」


「雪センパイってFFF型なんですよね?」


「……そうだけど」


「わたし、センパイと戦ってみたいです!」


「ちょっと千聖! 何言ってるの!」


 慌てて会話を遮ったのは宮子だ。

 千聖と宮子が揉めている。そんな様子を見て、雪は一言


「別にいいけど」


 と言った。


「え?」


 驚きの声を上げたのは宮子だ。


「やったー!」


 無邪気に喜ぶ千聖。

 当然茜も驚いている。


「あかねっち! さやお願い!」


 千聖のブランド『チサトスペシャル』は小雨の螺旋と違い、抜き身の大剣だ。そのため戦闘訓練では茜が安全装置として作った鞘に収めた状態で訓練を行う。


「いいよ、そのままで」


 抜き身のままでかまわない、という雪。


「さすがにそれは危険じゃ……」


 心配そうな宮子。それに関しては同意見だ。小雨自身、何度か千聖と手合わせをしたことがある。あの重い一撃を食らえば、ただではすまないだろう。


「雪ちゃん、それは……」


 小雨が制止に入るが言葉を言い終える前に遮られた。


「だいじょーぶです! すんどめ? しますから!」


 本来なら教師である茜が止めに入るべきだったが、いかんせん相手が悪かった。心配そうな表情を浮かべているが、介入の意思は無さそうだ。


「センパイ、ブランドは展開しなくていいんですか?」


挑発とも取れる発言。

大剣を構えた千聖は既に戦闘モードだ。


「……」


 雪の瞳がアメシストの輝きを帯びる。 

 瞬間、雪の周囲に三体の鉄の人形が現れた。そのどれもが女性の形をしている。

 鉄の処女(アイアン・メイデン)

 昔、とある国で用いられたとされている拷問具だ。


 ブランド名を『ドール』という。


「それじゃ、私から行きますよ!」


 千聖は大きく跳躍し、雪目掛けて大剣を振り下ろした。そこに寸止めの意思は見られない。


 ガキィンッ!


 金属と金属が激しくぶつかり、火花を散らす。千聖の一撃は一体の人形に防がれた。

 すると残りの二体の体が開く。

 中には鈍く光る釘の群れ。

 鉄の人形は噛み付くように千聖に襲いかかる。


 瞬間、千聖に電撃が奔る。


 その衝撃が意味するものを千聖はわかっていた。

 『第六感』だ。


 千聖は今にも噛みつこうとする人形の体に大剣を噛ませる。そしてドールごと振り回し、もう一体のドールにぶつけた。


 適性補整「重量軽減」

 S型特有の第六感。

 そして、千聖自身の戦闘センスの為せる技だった。


「いやー、危なかったぁー」


「でも」


「たのしー!」


 千聖はついさっき命の危機が訪れたにも関わらず、喜んでいた。


「……戦闘狂が」

 

 そんな千聖の様子を見て、雪は低く呟いた。表情を変えない雪だが、小雨には少し苛立っているように見えた。


 今度は宙に浮かぶ鉄の人形が千聖を襲う。千聖は顔を輝かせながら戦っていた。新しい玩具で遊ぶ子供のようだった。


「……」


 雪の周囲に更に二体のドールが出現する。雪が手を振り下ろし、号令を下すと戦闘中の三体の加勢に向かった。


 適性補整「使役」 

 ドールの操作。ドールが殺戮のため、あるいは雪の身を守るために自ら行動する『オート』と雪自身が自らドールを操る『マニュアル』

 この二つが雪の唯一にして絶対の力だった。



 千聖がドールが増えたことに気づいたのはしばらく経ってからのことだった。

(あれ……? なんか……忙しくなってきたぞ…………?)

 千聖はドールと遊びながら疑問を抱く。

 そして、気付く。


「……って」


「増えてるし!」


 千聖は跳躍で後退し、ドールと距離をとる。

 その時だった。


「!」


 後方の危機を告げる第六感。

 反射的に振り向くと土の中から姿を現したドールが今にも千聖を喰らおうとしていた。


「や……ば……」


 全身を大きく捻る回避行動。

 しかし、間に合わない。

 ドールの釘歯が千聖の右腕の肉に食い込んだ、その瞬間だった。


 キィンッ!


 金属音。それはドールが銃弾を受けた音だった。


「そこまでだ。これは訓練だぞ、二人とも」


 銃を撃ったのは茜だ。

 どたっ、と地面に腰をつく千聖


「あははは……今のはほんとにヤバかったかな……」

「ありがと、あかねっち」


「……」


 雪は表情を変えることなく、ブランドを戻した。

 しばらく虚空を見つめた後、雪は牧場を去った。


 追いかけるべきだろうか、いや、追いかけたところでなんて声をかければいいんだ?


 小雨は逡巡する。


「大丈夫!? 千聖!」


千聖にかけよる宮子。


「だいじょぶだいじょぶー」

「やっぱりつよいなー、雪センパイ」


「なにのんきなこと言ってるの!」


 普段は口喧嘩ばかりの二人だが、宮子は見るからに動揺し、千聖を心配していた。


「あっ、血が出てるじゃない! 早く治療しなきゃ!」

「やっぱりちょっと噛まれてたかー」


 心配する宮子をよそにいつも通りの千聖。


「ほら、治療するよ」

「はーい」


 宮子は千聖を引っ張るような形で家に連れて行った。

 牧場に残った小雨と茜。

 茜は罰の悪そうな、複雑な表情を浮かべている。


「教え子に銃を向けてしまった、とか考えてるんじゃないですか? 先生」

「うっ……そ、そんなことはない」

「図星ですね」


 少し間が空く。

 先に口を開いたのは小雨だ。


「あの場での先生の判断は間違って無かったと思いますよ」

「そうか……?」

「そうですよ」


 再び、間が空く。

 口を開いたのは茜だ。


「小雨は、大人だな。教師の私より」


 胸がチクリと痛む。茜が自らを教師と言うことに小雨にとっては少し複雑な思いがあった。


「全然そんなことないですよ。先生の方が大人です。私より胸大きいし」

 

 最後の一言はジョークだ。深い意味は無い。


「……ぷっ、あはははは、なんだそれ! 今全く関係無いだろ!」


 よかった。笑ってくれた。





 崩れた平和、壊れた日常。



 こんな世界でも……



 いや、こんな世界だからこそ小雨は周りの人たちに、大切な人たちに笑顔でいてほしかった。










評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ