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オトメブランド  作者: 山溶水
第一章 雨と雪
2/30

2.夕食の時間

(誰もいない……まぁ、当然か)

 目的地であるスーパーマーケットに到着した茜一行は各々物色を開始していた。

(最初の頃はいけないことをしてるみたいでドキドキしたっけ……)

 今はそんな高揚感は微塵も無い。

 店内は静まりかえっていた。時々千聖や宮子の声が聞こえるだけだ。

 生鮮食品は初めて訪れた時にはもうダメになっていたため、ビニール袋にまとめた。そうなると必然的に食べられるものは限られてくる。

 缶詰やレトルト食品などある程度の保存がきくものだけだ。


「にく、くいてー」


 叶わぬ願いだが口に出さずにはいられなかった。


「私も食べたいなぁ」


 不意に後ろから聞こえた声に驚く小雨。振り向くと、茜が立っていた。


「茜さん、いつからいたんですか」

「にく、くいてー、のところから」

  

 いたずらっぽく笑う茜。

 独り言を聞かれていた恥ずかしさに、小雨は思わず顔が赤くなる。


「袋に入れるの手伝ってくれ」


 そういって茜へエコバッグを渡してきた。

 二人並んで手当たり次第に缶詰を袋に入れる。


「そろそろ無くなるな」


 棚に並ぶ缶詰は残り少ない。


「そうですね」


 黙々と、袋に入れる小雨。


「新しいところ行くしか無いんじゃないですか」

「そうだな、今日の集会で話すか」


 一瞬、小雨は苦い顔をした。


「そうですね」


 しかし小雨は気持ちを抑え、事務的に返した。







「よし、帰るか。私たちの家に!」


 買い物を終えた一行はスーパーを出て帰路に着く。


 町の外れ、バリケードと塀に囲まれたその建物が茜たちの家だった。

まず目を引くのが屋上に設置された大きな貯水タンク。そして太陽光発電のためのソーラーパネル。

 通称、安全施設(セーフゾーン)

 宇宙人の侵略以降、政府が各都道府県に四箇所以上の設置を義務付けた戦乙女の活動拠点である。

 茜は指紋認証で扉を開ける。


「オカエリナサイマセ」

「ゴヨウケンヲドウゾ」


 玄関脇のタッチパネル式のモニターに消費電力量や発電量といった項目が表示される。


「今はいいや、ただいま」


 茜は×ボタンをタッチする。


 自給自足システム、通称自活クン。

 厳密に言えば、ここ十海エリアに導入されているのは女声タイプの自活チャンなのだが。様々な管理を任せているため、やりくり上手な家政婦って感じだ。


「ふわあーー疲れたーー」


 ソファーに体を預ける千聖。

 買ってきた品物を棚に収める茜と宮子。

 階段を上がり自分の部屋に戻る雪。

 各々が勝手知ったる様子で行動を開始する。

 十海エリアの安全施設は四階建てである。一階はキッチンがあるためリビングとして使用している。二階には大きな講堂があり赤岩教師が教室として使用している。三階は居住スペースとして二人用の部屋が五つホテルのように並んでいるが、茜、千聖、宮子がそれぞれ一人部屋として使用している。四階も三階とほぼ同様の作りであり、トイレに一番近い部屋に小雨が、一番奥の部屋に雪が、それぞれ自分の部屋として使用している。

 発電所も水道局も機能していないこの世の中で、この場所では不自由ない生活が送れている。始まりの戦乙女の予言と奪還作戦の成功があったからだ。

 ただ――収容人数二十人以上を想定したこの家に五人で住むのは広すぎる。


「小雨センパイ?どうしたんですか?」

「あ、いやツインテールのこと考えてた」

「なんですかそれ」


 咄嗟に変な嘘をついてしまった。


「呼びました!?」


 千聖がソファーの上から会話に食いつく。


「いや、怪獣のほう」

「なんだー、残念」


 千聖は携帯ゲーム機に向き直る。


「先輩……」

「疲れてるんですね、休んでください。ご飯、出来たら呼びますから」


 どうやら宮子にいらぬ心配をかけてしまったようだ。


「あはは……ありがとう。じゃあお言葉に甘えようかな」









「ふぅー……」


 仕事帰りのOLのように、小雨はベッドにうつぶせに倒れこむ。

 しばらくベッドに顔をうずめた後、小雨は起き上がり、持ち帰った戦利品を確認する。


「この世界の何がつらいって、好きな漫画の続きが読めないことだよな・・・・・・」


 小雨の部屋は漫画と小説で埋め尽くされていた。崩壊した世界で、小雨は外出の度に気になっていた漫画や小説、あるいは昔持っていた漫画や小説を持ち帰るという行為を繰り返していた。あっというまに部屋は埋め尽くされていった。

 現在、隣の空き部屋も小雨による小雨のための小雨チョイスの図書館と化している。

 今回の戦利品は週刊少年ジーコに連載されていた「恋とゴリラと落ち武者と」というアニメ化もされた人気作だ。世界が崩壊する前に完結している。続きが気になって仕方ないため、小雨は完結済みの作品を好むようになった。

 小雨はベッドに仰向けになり、ページを進める。

(なんか……わかるな)

 小雨は裏表紙のあらすじを見る。




慣れ親しんだ日常は奴らによって壊された。

奴ら──トキメキゴリラは無慈悲に人間に襲いかかる。崩壊した世界で日野たちは生き残ることが出来るのか!?

恋と、ゴリラと、落ち武者と……


最後のピースは、まだ見つからない。




 ざっくり言うと突然化け物が現れて主人公達がそれに立ち向かうという話だ。

 似てる、と思った。

 違うのは化け物が「突然」現れた、ということだけだ。小雨たち人類はエイリアン・ゾンビの出現はわかっていた。わかっていたのに防げなかった。結果として、世界は崩壊した。

 以前だったら共感はできなかっただろう。だが今は、この作品にリアリティを感じる。それが良いことなのか、悪いことなのか……


答えはわかっている。




悪いに決まってる。



「センパイがたー! ご飯できたよー!」


 下の階から声が聞こえてきた。この声は……というかこの音量は絶対に千聖だ。

 部屋を出て、奥の部屋を見る。

 中から人が出てくる気配はない。

 寝てるのかな、と一瞬思ったが、あの声量で起きないというのは至難の技だ。部屋の前に立ち、ノックをしようとして、小雨はその手を止めた。雪が以前言っていたことを思い出したのだ。


「後で食べるので、呼ばなくて大丈夫です」


 部屋から出てこないということはおそらくそういうことなのだろう。

 小雨は一人で階段を下りた。



 一階に下りてくる途中、香ばしい匂いが小雨の鼻孔をくすぐった。思わず早足になり、一階リビングに着くと三種類のパスタが山盛りで小雨を待ち構えていた。

 一つ目はパスタの王道、ナポリタン。ケチャップソースの醸し出す絶妙な酸味と麺の融合はいくらでも箸が進みそうだ。ちなみにケチャップはトマトの缶詰などから作った自家製だ。

 二つ目はカルボナーラ。ホワイトソースの甘味と表面にまぶされた黒胡椒の塩気が抜群のコンビネーションだ。牛乳などはないため、茜と宮子が協力してホワイトソースを作り出したらしい。

 三つ目は小雨の好物でもあるペペロンチーノ。食欲を掻き立てるにんにくの風味と輪切り赤唐辛子のピリリとした辛さがたまらない。


「うま~」


 既に千聖が手をつけていた。ホワイトソース、ケチャップソース、赤唐辛子が口の周りについていた。

 それを見ている茜がティッシュを持って微笑を浮かべている。


「先輩もお好きなものをどうぞ」


 宮子が小皿とトングを手渡す。


「ありがとう」


 小雨は中盛りペペロンチーノに手を合わせる。


「いただきます」






 小雨がペペロンチーノを平らげ、ナポリタンに手をのばそうとした時だった。


「あれ?雪センパイがいませんね」

「そうだなぁ……」


雪の不在に気付いた千聖と苦い表情を浮かべる茜。


「こんなにおいしいのを食べないなんてもったいないです! 私呼んできます!」

「あっ……」


 小雨が口を挟む間もなく千聖は階段を上っていく。

 複雑な顔をしている茜と目が合う。


「私も行ってきます」

「悪いな……たのむ」


 罰が悪そうに茜は答えた。




 階段をのぼっていると千聖の声が聞こえてきた。


「センパーイ! いっしょに食べましょうよー」

「……今はいい」

「具合でもわるいんですか? お腹へってませんか?」


矢継ぎ早に質問する千聖。


「別にそういうわけじゃ……」

「じゃ、いきましょうよ! みんなで食べたほうがおいしいってあかねっちも言ってましたよ!」


 遅かったか……

 部屋から半ば強引に連れだされる雪。みるからに不機嫌そうだ。

 千聖と茜が悪い人じゃないことはわかってる。


 みんなで食べたほうがおいしい。


 明るくて、前向きで茜たちらしいと思う。

 でも、わからないかなぁー……

 そういうのが苦手な人もいるんだって。

 私の勝手な想像かもしれないけど、雪ちゃんはたぶんそっちの人だと思うんだよな……


「あ、小雨センパイも来てくれたんですね、さぁ、戻って一緒に食べましょう!」




 こうして、少し気まずい(一名気付かず)夕食の時間が過ぎて行った。





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