13.ひんやり
「思ったより出てこないな」
そう呟いたのは的だ。
小雨たちは順調に地下駐車場へ向かっていた。最初のホールでしかやつらとは遭遇していない。
「あれは……」
「宮子さん?」
良心が聞き返すが、宮子に聞こえている様子は無く、何かを見つけたのか、引き寄せられるように宮子は走り出した。
「待て!単独行動は危険だ!」
一行は宮子を追って地下駐車場への正規ルートを外れる。そして、映画館の前を通り過ぎた時だった。
「アアアアアアアアアッ!!」
ドアの開く音の後に大量のムジルシが小雨たちに向かって雪崩れ込んできた。
「邪魔!!」
先頭を走る宮子はブランド「撫子」を展開し、進路を遮るものだけをなぎ払い走る。その目はただ一点しか見つめていない。
「くそっ!」
続いて的もブランド「円鷹」を展開しムジルシを撃ちつつ走る。一体のムジルシが的に追いつき、的の首に掴みかかる。しかし的は振り向きもせず担ぐような体勢で後ろに銃口を向けて、ムジルシの手のひらごと眉間を撃ち抜いた。
適性補整「狩場円」
自らの周囲半径一五メートル内の物質、状況を把握する能力だ。その能力はまるで見て触れているかのように範囲内の状況を理解できる。遥か上空から全てを見通す「鷹の目」だ。
同じくブランドを展開して戦う小雨と良心。
「数が……多い……っ」
小雨の視界から宮子が遠ざかっていく。その様子を見た良心は拳で脅威を排しつつ言った。
「的さん!ここは私たちがなんとかします!宮子さんを追ってください!」
「了解だ!」
的は直近のムジルシだけ倒して戦闘を切り上げて宮子を追う。
「はっ!」
良心は大きく跳躍して的を追いかけようとするムジルシを上から拳で叩きつけた。
「追わせないよ」
走る的を背に仁王立ちする良心。
「超覚醒!」
良心が叫ぶと良心の周囲を大量の水が包み込んだ。激しい勢いの水が渦を成し、水しぶきが辺りへ飛び散る。
「ふっ!」
渦を斬り裂き、サファイアの瞳が輝きを放つ。そこに立っていたのは青き戦士、アクアフォームの良心だった。
その手に持つのは水の長剣「海神」(わだつみ)。基本的な構造は赤の通常状態と変わらないが龍を象った仮面は甲虫の天を穿つ角とは違った迫力を生み出していた。
「雲さん! よけて!」
海神が水を───その力を纏う。
「もうよけてる!」
学生時代に何度も手合わせをした仲の二人はお互いがすべきことを理解していた。
「さすが雲さん……」
独り言を呟き、そして剣を大きく振りかぶる。
「――一刀両断!」
刃を振り下ろす。
良心の直線上にいた三匹のムジルシが真っ二つになる。周囲にいたムジルシも吹き飛ばされるほどの威力。その威力は当然小雨にも適用されるが、小雨は螺旋を地面に突き刺し体勢を維持していた。
高圧水流による飛ぶ斬撃。
地球の七割を占める海。その力の一端を体現する一撃だった。
「あの子がいれば大丈夫って安心感……相変わらずでよかった」
そう呟きながら地面から螺旋を引き抜き、構える。
「私も……っ!」
良心の戦いぶりに触発され、小雨も勇んでムジルシに挑む。
戦闘は小雨側が優位の状況で進んだ。少し疲労はあるものの傷一つ負わないままムジルシの数が片手で数えられるほどに減った時だった。
「アアア……」
先刻ムジルシが雪崩れ込んだ場所とは別のシアターから五体のムジルシが現れた。
「くそっ!」
「雲さん! 先に行ってください!」
「でも、良心ちゃんが……」
「私なら大丈夫です! すぐ片付けて向かいますから!」
「……ありがとう!」
もちろん心配はあった。小雨はこの場所で仲間を失っている。しかし二人の間には揺らがぬ信頼があった。
今この状況、一歩間違えば取り返しのつかないことになるかもしれない。迷ってる時間すら惜しい。 任せよう。そして信じよう。良心ちゃんを。
小雨の姿が見えなくなり、良心は体の正面で拳で手のひらを叩いた。
「……超覚醒」
瞳の色がサファイアからエメラルドへ。それに伴い仮面と鎧も姿を変える。右手に握るのは風を操る銃『竜巻』
「すぐ行くよ、みんな」
銃口がムジルシを捉える。
ショッピングモール内に、エメラルドの風が吹き荒んだ。
「目を覚ませ! 栗持宮子!」
「離して!」
無人のフードコートに二人の声が響く。どうやら揉めているようだ。
「何があったの、宮子ちゃん!」
「先輩! 先生と千聖がいるのに、この人が邪魔するんです!」
「先生と、千聖……?」
今、そう言ったのか?
小雨は宮子が指さす方向を見る。
そしてそこには
エイリアン・ゾンビとなった二人が、呻き声をあげて歩いていた。
「え……?」
手に持っていたブランド、「螺旋」が地面に落ちて、消える。
小雨は体に力が入らず、膝からその場に崩れた。
「なん…………で………………?」
目の前の光景から目を背けたい。
しかし小雨の体は、眼球はそれを許さない。視線があの二人にぴったりくっついて離れない。
感染からまだ時間が経っていないからだろうか、見れば見る程にそれはかつての仲間、そして恩人の姿をしていた。
宮子の話から二人が亡くなったであろうことはわかっていた。信じられなかったが、あの日二人で涙を流したことで一つの区切りを自分の中でつけたつもりだった。
しかし、それでも
「なんで、感染してるの……?」
見るに堪えない、感染者の末路。それが今目の前にある二人の姿だ。
戦乙女は感染しない。
小雨はそう学んだ。事実噛まれたときや引っ掻かれたときも感染することは無かった。それは先生も千聖も同じだった。じゃあ今目の前にいるのは……?
どうして……?
どうして…………?
「まさか貴様、知らないのか?」
驚いたように聞くのは的だ。
そして的たちは当たり前だと思っていた、小雨たちにとって衝撃的な事実を告げる。
「戦乙女はその身体にある闘争細胞によって感染することはない。ただしそれは闘争細胞の持ち主が生きている場合に限っての話だ。戦乙女でも死後に感染し、エイリアン・ゾンビ化することがある」
「死後に、感染……?」
瞬間、小雨の脳内に最も見たくない光景が印象として浮かんだ。
しかしそれからは目をそらすことができた。目を逸らさなければ小雨は本当に──
「貴様もか! しっかりしろ! 雲行小雨!」
的の呼びかけで彷徨いかけた意識が戻ってくる。
見ると二人の大切だった人たちが小雨たちに向かってきていた。
「私はこいつを押さえてる。貴様が倒すんだ!」
倒す
倒すって、何だ
倒すって、殺すってこと?
私が、先生を?
私が、千聖を?
私が
私が
私が
私が
私が
私が
私が
小雨はショットガンのブランド「時雨」を二人に向ける。
身体が震えて照準が定まらない。
引き金に指をかける。
重い。
硬い。
撃てない。
撃たなきゃ噛まれる。
噛まれたらどうなる?
噛まれただけじゃ死なない。
でも反撃しないと噛まれて死ぬことになる。
巡る、巡る、巡る
廻る、廻る、廻る
めぐる、めぐる、めぐる
思考がめぐる
近づいてくる
先生
千聖
大切
大切 だった 人たち
来る
来る
来る
来る
く、る
『バァンッ!』
目の前で、先生だった人の頭がはじけ飛んだ。それはもう綺麗にはじけとんだ。一発だ。きっと苦しむ間もないくらいの一発だ。
でも、おかしい
私は撃ってない
硬く重い引き金を引けていない。
ただ震えていただけだ。
「貴様! 死にたいのか!」
そう叫んだのは的だ。見ると手にスナイパーライフルを握っている。その銃口は煙をあげていた。
「私が撃ったんじゃないんだ」
小雨の胸の中にあったのは、安心だった。自分の命が助かった。大切だった人を撃たないで済んだ。そんな、安心だった。
「もう一体いるぞ! 撃て! 撃たなきゃ貴様が死ぬ……ぞ……」
「え……?」
的に訪れた、突然の衝撃。
その原因は腹部に刺さった刃だった。
「よくも先生を!!」
そう言って宮子は的に刺した薙刀を引き抜いた。鮮血とともに、的は倒れる。
怒り。
宮子にあったのはそれだけだった。
それだけが正当な感情で、それだけが宮子の寄る辺だった。
「こんな……バカなことが……」
的は腹部を抑えながら立ち上がろうとするが、それが出来ない。薙刀の大きな刃は生きるために必要な臓器をいくつか貫いていた。ただ血と、何か大切なものがこぼれるのを元の場所に留めることが関の山だった。
「こんな……ところで…………うっ」
ゴポリと温かいものが口から吐き出される。的の視界がゆっくりと、ぼんやりと、そして、確実に暗くなっていく。
「……エミ……さん………………」
最後にそう呟き、的は瞳を閉じた。
「千聖っ!」
宮子は駆け寄り、千聖を抱きしめた。
「良かった、千聖。会いたかったよ、あの時はごめんね、千聖、ちさ」
「アアア…」
千聖だったものが、宮子の首筋に噛みついた。
「え……」
千聖だったものは咀嚼を始める。
「あっ、あっ」
肉を噛みちぎる音と、宮子の喘ぎ声。
宮子の、意識せずとも生理的に出てしまうような声が、小雨の耳に入ってくる。
眼前では、大切だった人が今も大切な人を食べている。
ただ、見ていた。
もう手遅れだった。
何もかもが手遅れだった。
倒れた宮子をひとしきり貪った千聖だったものは、血を滴らせながら小雨に向かってきた。
「いや……」
腰が抜けてしまった小雨は後ろに後ずさる。
すると、手が「時雨」に触れた。
元千聖は小雨の前に立ち、小雨を見下ろすような体勢になる。
元千聖の口から落ちた血の一滴が小雨の頬に当たった。
その血の温度を感じた小雨の中で何かが、切れた。
「アアアアッ!」
まるで顔を覗き込むように、白い液と赤い液を滴らせながら小雨に口を近づけてくる。
「ア」
元千聖の動きが止まる。その口は時雨の銃身を咥えていた。
小雨は再度、引き金に指をかける。
この距離なら外さない。
この距離なら、確実に終わらせることができる。
後は少し指を動かすだけだ。
「…………ごめんね」
カチリ、と引き金を引く音。
目の前では千聖だったものの頭がはじけた。
ドロリとしたものが周囲に飛び散る。小雨もそれを浴びた。不快感はなかった。ただひんやりと冷たかった。
それを服の袖で拭って呟いた。
「ごめんね」




