表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

先生を堕ろさせる会

先生を堕ろさせる会

作者: 卯月ユウト

本間光留ひかるが通う中学校は、愛知県の通常の公立学校である。

朝には部活があり、6時間の授業が終われば、また部活。

光留はバスケットボール部に入り、1年生ながらレギュラーとして活躍している。

あと1ヶ月で2年生になるが、どんなスーパールーキーが来てもレギュラーは譲らない気でいる。




この日も、約1時間汗を流した光留は、教室へ向かった。

教室の後ろの引き戸を開けると、数人の男子のクラスメートが窓際で話していた。

少し耳をすませば、その内容を聞き取ることが出来た。


「最近、小村センセーのお腹大きくなってきてない?」


小村とは、光留のクラスの担任で、理科担当の女教師だ。


「妊娠したって噂聞いたよ」

「えマジで?それって、ヤったってこと?」

「そりゃそうだろ」

「えー、あいつが?」

「うわっ、キモッ」

「なんかイラつくな。ちょっとイタズラしてやろうぜ」

「ああ、いいねぇ」


小村は嫌われ者である。

妊娠を知った彼らは、それが気に入らないようだ。

光留は聞こえないふりをしていたが、とてつもない悪寒に襲われた。



朝のS Tショートタイムの時、「小村が報告があります」と切り出した。

さっき噂していたクラスメート達は、ソワソワとしている。


「わたし、今妊娠8ヶ月です。この年度が終わったら、4月から産休に入る予定です」


その言葉に、多くの生徒は声を上げ、拍手をして喜んだ。

が、例のグループはバツの悪そうな表情を浮かべている。

光留はどうしても、素直に喜ぶ事が出来なかった。


「それじゃ、残り1ヶ月切ったけど、悔いの残らないよう過ごして、2年生を迎えましょう」


小村が締めると、級長の号令で起立・礼をして、S Tは終わった。




その日光留は、とてもじゃないけど集中して授業を受けることが出来なかった。

グループは毎回の休み時間、ヒソヒソ話をしては、不気味な笑みを浮かべている。

それはおそらく、小村にイタズラか何かをしようと企んでいるのだろう。




光留の悪い予感は的中した。


そのグループの1人が、先生の机の椅子のネジを緩めたのだ。

椅子をガタガタと揺すって、満足そうな表情を浮かべる。

授業の板書を写している間、小村はその椅子に腰掛けた。

幸い、多少ガタついただけで、転倒することもなかったので、大事に至ることはなく、光留は胸を撫で下ろした。




放課後、光留はバスケの練習へ向かう。

と、椅子のネジを緩めたのとは違う、別のあのグループのメンバーに呼び止められた。


「…何?」


光留の声は、怯えで若干震えていた。

それを見て、メンバーの男はフッと笑って、声色を変えた。


「あなたに、『先生を堕ろさせる会』の正式メンバーになる許可が出たことを、今ここに報告します」


光留の身体が、小刻みに震え出す。


「…『先生を堕ろさせる会』…?」

「ああ、気に入らねえんだよ、あんな奴に子供が出来るなんて。だから、産ませねえんだよ、分かるだろ?」

「え、でもそれって…」

「お前は、俺たちの指示に従うだけでいいんだ。な?そうだろ」


気付けば、光留たちの周りには、グループのメンバーが揃っていた。


「逃げるのは無しだぞ」


男が言うと、残りのメンバーはニヤリと笑って、教室から出て行った。

教室には、光留1人となった。



光留は『先生を堕ろさせる会…』と呟いて、今後の不安にさいなまれた。




小村への嫌がらせは、だんだんとエスカレートしていった。

ある昼休みのこと、光留は机に向かい、小テストの勉強をしていた。


「おい、本間。これ見てみろよ。何かわかるか?」


光留に話しかけた男子生徒の手には、少しピンクがかった、ネチョっとした塊が乗せられていた。


「…ガム?」


光留が答えるとニヤリと笑って、


「まぁ、正解だな。噛み終わったガムに、チョークの粉と、歯磨き粉を混ぜたやつだよ」


と言った。

光留が汚いなと思いつつ、


「…それ、何に使うの?」


と聞くと、


「そのうち分かるさ」


吐き捨てて、そいつは席に戻っていった。



光留が謎の塊を見せられた次の日、小村が朝のホームルームで言った言葉に、彼は衝撃を受けた。


「昨日、私の車に白いガムみたいな物が付いていました。何か知っている人は言ってください」


確実に、昨日の物だろう。

彼は、あのネチョネチョのガムやらを混ぜたものを、小村の車に付けたのだ。

光留は先生に言おうと、ホームルームが終わると立ち上がった。

が、後ろから肩を掴まれ、その間に小村は教室を出て行ってしまった。

光留が振り向くと、例の彼だった。


「おい、本間。絶対に言うんじゃねえぞ」


ドラマの犯人役のような、影を持った顔で迫られ、光留は首を縦に動かすしか無かった。


「よし、分かればいいんだ」


彼はまた、不気味笑みを浮かべて席に戻って行った。




それからも毎日、あのグループは放課後集まって、ヒソヒソ話をしている。

光留もおそらくその、『先生を堕ろさせる会』というグループに入らされた訳だが、実際に実行犯となることは無かった。

だから、いわゆる口止めをさせるための同盟だ、と光留は思っていた。


光留が放課後、部活動のために教室で着替えていると、またしてもグループが話し合っている。

静まり返った教室では、その内容は離れた光留にも聞こえてきた。

それは、思いもよらない内容だった。



「明日さ、理科の実験あるじゃん」

「確か、水溶液の実験だったっけ。ミョウバンとか使う」

「そうそう」

「それで、それを使ってあいつに嫌がらせしてやろうぜ」

「どうすんの?」

「給食に、混ぜてやんの」

「ええ〜、まじ?クソ面白ぇ」

「じゃ、そういう事で」



そんな内容だった。

光留は、どうにかして止めたいと思ったが、自分にそんな権限がない事も同時に悟った。

そんな自分が嫌だった。



翌日の3時間目、光留たちのクラスは、理科室で実験を行った。


「はーい、では皆さん、ビーカーに100mlの水を入れて下さ〜い」


小村の指示で、クラスメートは黙々と作業を進めている。

光留は、手を動かしつつも、ずっと昨日の事が頭から離れなかった。


「本間君、どうしたの?」


実験班のメンバーの女子に尋ねられて、光留は我に返った。


「ううん。何でもない」

「そっか、じゃあミョウバン入れるね」

「うん」



実験は順調に進んだ。

いつものように、授業は終わりを迎えた。

何も変わったところはなかった。

グループのメンバーがコソコソしていた事以外は。




光留たちは3時間目を終え、教室に戻ってきていた。

午前中最後の授業は、光留の好きな社会だったけど、彼は全く集中することが出来なかった。

終業のチャイムが鳴り、教科担任が


「終わります」


と言うと、一斉に立ち上がり礼をした。




そしてとうとう、給食の時間がやって来てしまった。

もしかしたら実行しないのではないか。

光留は淡い期待を抱いていたのだが、それを打ち砕く出来事が起こった。



給食当番の人たちが配膳室へ出発したと同時に、クラスのインターホンが鳴った。

級長の生徒が出た。

その内容は光留には分からなかったが、何かむず痒い感覚が彼を襲った。

『はい、分かりました』と言って、級長は受話器を下ろした。



当番の人が丸カンや四角カンを運んできて、配膳を始めた。

教室にはいい匂いが漂う。

級長は銀色の四角いお盆を用意し、


「先生は用事があるそうなので、先生の分の給食をだれか、保健室まで運んで下さい!」


と言った。

彼の言葉にいち早く手を挙げたのは、先生を堕ろさせる会の一員だった。


「じゃあ、よろしく」


級長からお盆を受け取ると、彼は当番がよそった給食の皿をそれに載せた。

そして何故か、教室の後方へ向かって、頷いた。



お盆を持った彼が教室から出ると、光留の後ろの席の、これまたあの会のメンバーが、『トイレ行ってくる』と、席を立った。


光留は不審に思い、少し経ってから後をつけた。

2人は何故か、空き教室で物置と化している部屋へと入った。


光留が恐る恐る覗くと、2人はその日のメインだったミートソースに、白い粉を加えていた。

恐らく、理科の実験のミョウバンだろう。

光留は怖くなって、教室へ戻った。




教室に戻った光留は、席に着き、クラスメートと一緒に給食を口に運ぶ。

が、なかなかそれは喉を通らない。

そんな光留の様子を見かねてか、彼の隣の席の女子が声を掛けた。


「大丈夫?」

「うん…」


光留は答えたが、その後も給食は食べられず、残してしまった。




給食後の昼休み、保線室から連絡があった。

それは、担任の小村が体調を崩したということだった。


光留は、ミョウバンのせいだと確信した。

でも、口止めをされている以上、むやみには言えない。

けれども、言わないのには罪悪感がある。

光留は迷った末、級長へ報告することにした。




光留から全てを聞いた級長は、驚き、言葉を詰まらせた。


「それ、…本当なのか?」

「う、うん。…あいつらが、やったんだと思う。ねぇ、どうしたらいい?」


怯える光留に、級長は表情を緩めた。


「お前は悪くないんだ。あとは、俺がなんとかする」


力強く言い、彼は教室を出て行く。

その後ろ姿に、光留は感謝を送り続けた。




放課後、光留は理科室にいた。

“先生を堕ろさせる会”の1人に呼び出されたからだ。


「おいお前、あいつに、この事を話しただろう?」


あいつとは、級長のことだろう。

光留は、小さく喉を鳴らした。

気がつけば、光留に尋ねた男子生徒のほかに、5人のメンバーがいた。

ジリジリと、光留は6人に壁へ追い込まれていく。

そしてついに、背中が壁にぶつかった。


「ぜってえ許さねえ」


光留に向かって、その男が手を上げた途端、


「待ちなさい!」


理科室中に、声が響き渡った。

光留はその場に、ドサっとへたり込んだ。




声の主は、小村だった。


「あなたたち、一体なんのつもりなの?」


「えっと…、それは…」


さっきまでの迫力が嘘のように、彼は口をモゴモゴとし、目が泳いでいる。


「内村くん(級長)から全部聞いたわ。まさか、そんな事をしていたなんてね」


小村が言うと、6人は床に膝をつけ、土下座をしようとした。


「やめなさい、そんな事。こちらで処理しておくから、もうこんな真似はしない事!いいね?」


床に近づけかけた顔を上げ、小村を見る。


そして、


「すみませんでした!」


そろって言った。


小村は『分かればいいのよ』と、理科室を出て行った。


光留には、小村が何故あそこまで6人に対して優しくしたのか、分からなかった。


けれど、これ以降事件が起こらなかったのは紛れも無い事実であった。








《完》

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ