飲み会
翌朝。
ジリリリリリリッ
コウスケがセットした目覚ましがけたたましい音で朝を告げる。
「ンン~・・・あと5分・・・」
少し早く設定し過ぎたのか、目覚ましが鳴っても起きないコウスケ。
少しの間、そのままでいると
バシンッ
勢い良くコウスケの部屋の扉が開けられた。
勢い良く扉を開けた人物は、ズカズカと遠慮無しに部屋へと入ってくる。
そして、寝ているコウスケの隣に立つと拳を握り、振り上げた。
「ウッッサイッ!!」
ガシャン
降り下ろされた拳は、コウスケでは無く鳴り響く目覚ましに命中した。
見るも無惨に砕け散る目覚まし。
それでも起きないコウスケ。
目覚ましを破壊した人物の目標は、尚起きないコウスケへと向かう。
「こんな物作ったんなら、ちゃんと起きなさいよっ!他の部屋の人に迷惑でしょ!!」
そう言って寝ているコウスケの襟首を掴み、持ち上げると平手で頬を張る。
「イデッ!何だよエルネッ!痛ぇじゃねぇかっ!」
怒れるエルネ。寝起きに張り手。
これに怒りを顕すコウスケだったが、チラリと横目で目覚ましを確認する。
その無惨な姿を見て、何が起きているのか察したコウスケ。
「・・・オハヨウゴザイマス」
そう言う他無かった。
何はともあれ目を覚ましたコウスケ。
清々しい目覚めでは無かったが、目的の時間に起きれた事には変わりない。
準備を済ませ屋台と共に宿を後にするのだった。
~~
それから数日。
コウスケの屋台は大繁盛していた。
この世界の人間には、タレとマヨネーズが思いの外受けたのだ。
今はまだ早起きをして場所取りを頑張らなければいけないが、すぐにそんな事も気にしなくても行列が出来そうな勢いだ。
屋台も軌道に乗ったそんなある日。
最近の日課になっていた仕事終わりの飲み会へと向かうコウスケ。
売り物を変えた日。
商品を売り切った帰りにパンを売ってくれたパン屋の店主に礼を言いに寄ったコウスケ。
そんなコウスケを、パン屋の店主が飲みに誘ったのが始まりだった。
それ以降、帰りに寄って誘われ、屋台を置いて集合。
それが日課の様になっていた。
パン屋の店主と二人で酒場に向かうコウスケ。
道中、他の屋台の店主も合流していく。
酒場に着く頃には7~8人になっている。
彼らは、パン屋の店主同様に後ろの方で固定客を相手に細々と営業している屋台仲間らしい。
そんな彼らと連れだって酒場に入っていくコウスケ。
入るなり、店主仲間の一人が声を上げる。
「おばちゃん!いつものっ!全員分ねっ!」
丁度厨房に戻る所だった恰幅の良い女性にそう言った。
「今日も来たのかい?座って待ってなっ!」
そう威勢良く返すおばちゃん。
コウスケは、この酒場に来るのは数度目だが、彼らは違う。
所謂常連と言うやつだろう。
店の人に対しても気兼ねが無い。
そうして、彼等の指定席となっているテーブルにつく。
程無くしてビールに似た酒が運ばれてくると、皆その酒を掲げ飲み始める。
ここ数日、毎夜の飲み会だったが、コウスケは楽しんでいた。
彼らは皆いい人で、無理に飲ませてくる様な事もしない。
其々が其々のペースで酒を飲み、楽しくバカ話をするのだ。
そんな雰囲気がコウスケは気に入っていた。
そんな、何時もは楽しい雰囲気が充満した酒場だが、この日はそうでは無い一画があった。
その雰囲気に気付き、チラリと目をやるコウスケ。
そこはカウンター席の様になっており、一人で来た客向けの席だった。
その向こうには酒がズラリと並んでおり、その間に店員が一人。
一人で来た客に酒を出したり、話相手になったりする為だろう。
そのカウンター席に座っている客は、突っ伏しながらも前に立っている店員に管を巻いていた。
絡んでいる訳では無さそうだが、延々と愚痴を溢している様だ。
前に立つ店員は困り顔だ。
(酔っ払いの相手も大変だな)
重い空気が漂うその一画を見て、そんな事を思ったコウスケだったが、特に関わる気も無い。
視線を戻すと、店主仲間の会話へと戻っていった。
皆が、酒も会話も満足したのは、日付を跨いだ辺りだった。
余り深くなっても翌日の仕事に障ると切り上げる一同。
支払いは仲良く割り勘だ。
支払いも済ませ、何時もなら肩を組みながら皆で通りを歩いて帰るのだが、この日コウスケは最後の最後で催し、トイレに向かった。
彼らには先に行っていいと言い残して。
そうしてトイレに向かうコウスケ。
この店のトイレはカウンター席の後ろを通らなければ行けない。
酔った心地よさのままにカウンター席の後ろを歩いていると、店員に管を巻いていた客が見える。
突っ伏したカウンターの上に、何やら書類の様な物を置き、顔を伏せたまま店員に尚も愚痴を溢していた。
それを見たコウスケは、多少興味を引かれたが今はそれどころでは無い。
そのまま通り過ぎ、トイレに駆け込んだ。
用を足したコウスケは、トイレの入り口で立ち止まり手を拭く。
そうしていると、突っ伏している男の愚痴が聞こえてきた。
「俺はもうダメだ。明日までなんてとても間に合わない・・・」
「まぁまぁ。そんなに落ち込まないで下さい。折角のお酒なんですから楽しく飲みましょうよ」
男の愚痴に、宥める様に店員が答えるが
「楽しくなんて飲んでられるかっ!明日までにこの新しい魔方陣の研究の成果を提出しないといけないだぞっ!!じゃないと俺はクビだ。もう俺は終わりだよ・・・」
カウンターに置いた書類をバンバンと叩きながら、そう声を荒げる男。
手を拭いていたコウスケは、男の口から出た魔方陣と言う単語に引き寄せられ、男の背後から近付く。
そうして、男が叩いていた書類を覗き見る。
そこにはやはり魔方陣が描かれていた。
コウスケが見る限り、何の変哲も無い、物を持ち上げる魔方陣だった。
更にコウスケは書類を一枚捲った。
そこには、従来の物では無く改良を施そうとした形跡のある、不完全な魔方陣が描かれていた。
フムフムとその魔方陣を眺めるコウスケ。
向かいに立つ店員はコウスケに気付いているが、突っ伏している男は気付いていない。
一通り見終わったコウスケは、どうした物かと腕を組んだ。
少し考えて、男の隣へと腰を下ろした。
「コレって魔方陣ですよね?」
そう声を掛けながら。
その声を聞いた男は、少し顔を上げ横目でコウスケを確認する。
しかし、ニヤケ面の若造だったからか
「だったらどうしたって言うんだ!俺に構わないでくれっ!」
そう言い放ち、再び顔を伏せる。
しかし、コウスケは構わず続ける。
「物を持ち上げる魔方陣ですよね?コレは従来の物だけど、こっちは・・・完成前ですか?」
二枚目の紙を指差し、そう尋ねるコウスケ。
それを聞いた男はバッと身を起こし
「解るのかッ!」
そう驚く。
「えぇ。魔方陣にはそれなりに詳しいんです」
そう控え目に答えるコウスケ。
詳しいなんて物では無い。極めているのだから。
コウスケの言葉を聞いた男は驚きの表情を消し、冷めた表情へと変わる。
「詳しいなら教えてくれ。どうすればその魔方陣が完成するのか。まぁ、解るなら。だがな」
そう言ってまたも突っ伏す。
コウスケはどうしようか?と考える。
コウスケがその気になれば、目の前の不完全な魔方陣など直ぐに完成するだろう。
しかし、自分の為に作るなら未しも、見ず知らずのおっさんの為、となると考え物だ。
これが綺麗なお姉さんなら、酒の勢いも借りて助けていたかも知れないが、目の前で困っているのはおっさんだ。
では、何故コウスケはこの男の隣に座ったのか。
魔方陣と言う単語に興味を引かれたと言っても、それだけでは面倒事を避けたいコウスケが自ら関わるには弱い。
理由はコウスケにしか分からないが、この酔っ払いの相手を困り顔でしている店員が綺麗なお姉さんだと言う事は関係無いだろう。
どうするか少し悩んだコウスケは、取り敢えず訳を聞いて見る事にした。




