分かれ道
ロイヤルガーデンから逃げる様に出発して、数日。
エルネが操るコウスケ達の馬車は順調に学術都市・マギエンティアへと向かって進んでいた。
そんなある日。
いつもの様にエルネが馬車を、コウスケはその隣でタバコを咥えてダラけていた。
ロイドは勿論、荷台に籠っている。
いつもと違うとすれば、ダラけているコウスケが景色では無く空を眺めていたくらいだ。
そんなコウスケ達にとってはいつも通りの日常。
背もたれに体を深く預け、足を前に投げ出し、真上を仰ぎ見るコウスケ。
自らの口元から、風に乗って流れていく煙を目で追いながらも、それで何かを思う事も無く無心で空を見上げていた時だった。
急に馬車がギシリッと音を立てて停まった。
まだ昼には早い。
昼休憩でも無いのに、エルネが馬車を停めるなど初めてだ。
何事か?と思ったコウスケだったが、特に焦る事も無く、空を見上げていた首をグリンッと回し、エルネの方へと向ける。
コウスケもエルネとはここまで共に旅をしてきた仲だ。
その中で、何かが起きれば一番に騒ぎ始めるのはエルネだと知っているコウスケ。
理由があって馬車を停めたのだろうが、その馬車を停めたエルネが騒いでいない事。
それが、コウスケが焦りを見せない理由だろう。
関係は無いが、色々あったコウスケの首が健康そうで何よりだ。
「何かあったのか?魔物か?」
馬車を走らせている時と変わらず前方を見ているエルネに、そう声を掛けるコウスケ。
「うん・・・アレなんだけど」
何やら不思議な物でも見る様に、首を傾げながら言うエルネ。
その言葉に、ようやくコウスケも背もたれから体を起こし、エルネが見ている先を確認した。
そこには、これまで走ってきた様な一本道では無く、分かれ道があった。
それだけならエルネも馬車を停めたりはしないだろう。
これまでも、街から街を繋ぐ街道。その一番太い道を走ってきた。
その大部分は一本道だが、近くの村や集落へと続く分かれ道が時折現れる。
そんな道も見てきたのだ。
今さらそんな事で馬車を停めるエルネでは無い。
では、何故停めたのか。
その理由は、この先に見えている分かれ道がどう見ても不自然だったから、だろう。
何が不自然なのかと言うと、分かれ道の片方は真っ直ぐに続いている。
こちらが街道なのは見て分かる。
そして、もう片方の道。
この道は当然、街道から逸れる様に続いている。
ここまでは当たり前だ。
そもそも分かれ道というのは、違う目的地へと続く道なのだから。
しかし、目の前の分かれ道は真っ直ぐに続く道から分かれた後、少し膨らむ様に弧を描いている。
そして、あろう事か真っ直ぐ続く道へと100メートル先辺りで合流しているのだ。
この光景を見たコウスケも
「・・・何だコレ?」
そう言って首を傾げた。
気にせずに真っ直ぐに進めばいいのかもしれないが、良く見れば膨らんでいる道の方が新しい。
対して、真っ直ぐ続く道は皆避けているのか、最近通った形跡が無い。
そんな気味の悪い分かれ道を、首を傾げながら眺めていた二人だったが、こうしていても埒が明かない。
「どっち通る?」
手綱を握るエルネが、そう切り出した。
「う~ん・・・何か理由があんだろ?みんなあの新しい方通ってるみたいだし。俺達もあっちで良いんじゃね?」
コウスケはそう軽く言った。
コウスケのその言葉に、エルネも
「そう、ねっ!そうしましょっ!」
そう言って馬車を進める。
不気味だが続く先は同じだ。
ひどく遠回りする訳でも、目的地に行けなくなる訳でも無い。
気を取り直したエルネは、道が分かれている箇所に近付く。
この不気味な分かれ道を一緒に確認したコウスケだったが、再び馬車が動き出した事で、既に背もたれに体を預け、いつもの体勢に戻っていた。
しかし、馬車は再び停止する。
「次は何だよ?」
今度は素早く体を起こしたコウスケ。
そんなコウスケにエルネは
「コレ・・・」
そう言って、何かを指差すエルネ。
「何だよ?」
そう面倒くさそうに言って、エルネの方へと身を乗り出すコウスケ。
そこには、木の杭に木の板で作られた小さな立て札が立っていた。
遠くからでは見落としそうな程小さい。
そんな小さな立て札に、コウスケは目を凝らす。
<直進危険!この先集魔草有り!!>
立て札にはそう書いてあった。
集魔草が何か分からない二人は、再び揃って首を傾げる。
「コウスケ、集魔草って何っ?」
「俺だって知らねぇよ!まぁ、名前からすると・・・魔を集める草?なんじゃね?」
適当な事を言うコウスケだったが、強ち間違いでは無かった。
それを教えてくれたのは
「どうした?しばらく停まっている様だが」
異変に気付いて荷台から顔を出したロイドだった。
そんなロイドに、コウスケは今の状況を説明した。
「フム、集魔草か・・・その名は初めて聞いたが、私が知っている中にその名と同じ様な働きをする植物がある。それは魔奪花と言う花だ。この花は周りにある、ありとあらゆる物から魔力を奪い花を咲かせる植物だ。恐らくこれと同じ種類のものだろう」
コウスケの話を聞いたロイドは、そう二人に説明した。
「でも植物なんでしょ?避けて通らなきゃいけない程なの?」
自然を愛するエルフ。その種族特有の感覚なのだろうか。
エルネは分からない、と言った風だ。
「ありとあらゆる物からって事は・・・ロイド?」
質問になっていない質問をロイドに投げ掛けるコウスケ。
「あぁ。人間も対象か?と言う質問ならその通りだ。この植物は人からも魔力を奪う。名前が変わったのか、私が知っている物とは別物なのかは知らないが、この轍がそれを避けているのならば、少なくともそこは同じなのだろう。」
「どれ位ヤバいんだ?」
コウスケが聞いた。
「私が知っている魔奪花なら近付くだけで、一般的な魔力量の成人男性は10分と持たずに昏倒するだろうな」
「10分か・・・それ以上だとどうなるんだ?」
「体から魔力が根こそぎ抜かれれば、当然死に至る」
「マジか?」
驚くコウスケ。
「しかし犠牲になる者は殆ど居ないと思うが?」
「え?だって昏倒って事は動けなくなんだろ?そうなったら終わりじゃねぇか」
気付かずに近づいた場合、そのまま意識を失い、死。
そんな流れを思い浮かべていたコウスケは、ロイドの言葉に納得が行かない様だ。
そんなコウスケに
「この先の地面を良く見てみるといい。そうすれば理由が分かるだろう」
そう言うロイド。
ロイドの言葉に従い、真っ直ぐに続く道、そしてその周りの地面を観察するコウスケ。
しばらく眺めたコウスケは
「・・・あぁ、成る程。見りゃ分かるって事か」
そうひとり納得した。
集魔草、魔奪花、まぁどっちでもいいが、それらがあると周りから魔力が奪われる。
そうすると、魔力が奪われている範囲に有る物は、目に見える変化をする。
植物は枯れる。地面は痩せる。魔物や動物が近付けば・・・。
円を描くように変化が見て取れるのだ。
コウスケの様にこの世界の事を知らない人間か、エルネの様に世間知らずで無い限りは近づかない。
それが犠牲者が殆ど居ない理由だ。
「そう言う事だ。あの様になっている場所を避ければ良いのだからな。確かこの類いの植物はギルドに駆除依頼が出る筈だが」
そう言ったロイドはエルネを見やる。
「えっ?私っ?ムリムリっ!どうしろって言うのよ?」
三人の中で冒険者として活動しているのはエルネだ。
依頼は受けていないが、やってはどうか?とロイドが言外に勧めるが、エルネは嫌な様だ。
「なぁロイド?それって素材として使える物なのか?」
何を思ったのか、コウスケがそうロイドに聞く。
「素材?・・・あぁ、そう言えば魔法薬の材料として価値が高いと聞いた事があるな。何でも集めた魔力を保持するらしい。上手く採取出来ればだがな」
そう返すロイド。
「へぇ・・・」
そう言って、コウスケはニヤリと笑った。




