試験準備
宿屋に帰ると追加で一週間分の宿代を払い宿泊を延長した。
残金の計算をする必要はもうないのである。
その日は興奮の余り、なかなか寝つけなかった。
次の日の朝、朝食を済ませ宿屋の前で伸びをした。
(今日は買い物して、その後ギルドに行こう)
いろんな店をまわり次々に買い込んでいく。
買った物は
服上下(一週間分)、下着(一週間分)、フード付マント、財布、解体用ナイフ、鍋、フライパン、食器、保存食、使えそうな素材一通り、ベッド、イス、テーブル、熊の置物、等など。
後半はほぼ勢いだ。使う日が来るのだろうか?
初めて大金を使った事で浮かれたままギルドへ向かう。
扉を開けて入ろうとした時、出てきた人とぶつかりそうになった。
「おっと!これは失礼」
そう言ってこちらを上から下まで眺め、
「・・・フム・・・では」
そう言って去っていった。振り向き目で追う。彼から溢れる魔力が、この街で見た誰よりも多かったからだ。
(名のある魔術師とかだろか?)
そう思いつつ今度こそ中に入った。
「今日はどうしたんだい?」
前と同じおばちゃんだ。
「試験の依頼を受けようと思って」
「ありゃ?言って無かったかい?」
「?」
「そりゃ悪かったね。試験はその日の受験者みんなで一緒に行くんだよ。今日のはもう行っちまったよ」
「聞いてないですよ!・・・じゃあまた明日って事ですか?」
「そぉ言うこった。悪いね」
浮かれていた罰だろう。
「残念です。・・・でもそんな大人数で行って、一人10羽も狩れるんですか?」
「みんなで一緒にって言っても毎日やってるからねぇ。毎回2、3人ってトコだよ」
「言われてみればそうですね。毎日10人も20人も来るわけ無いですもんね」
「朝来れば間違い無いよ。明日がんばんな」
「そうします」
急に時間が空いてしまった。仕方ないので宿に戻る。道中露店で買い食いしながら帰った。
部屋に入り、夜にしようと思っていた事を今やってしまおうと思い立った。
(え~と・・・これと、これ・・・あとこれも)
魔法鞄から財布、フード付マント、魔力を良く通す糸を取り出した。
財布は魔法鞄・・・いや魔法財布に変えるのである。一々背中の鞄からお金を取り出すのが面倒なのだ。
フード付マントは、付与魔法で物魔防御魔法を付与し、魔力を良く通す糸で暑さ寒さを調節してくれる魔方陣を縫い付けるのである。
裁縫は生産マスタリーのお陰で驚くほど上手い。魔方陣の様な複雑な物も簡単では無いができる。
糸は当然付与魔法で強化してある。
結構な時間が掛かり、すべて終える頃には暗くなっていた。
翌朝、新しい服を着込み、新しいマントを羽織りギルドの前に立っていた。
(苦労しただけあって、このマントいいな)
失敗するかも、怪我したらどうしよ等と普通の受験者が抱くような不安は一切無いようである。
「来たね!おはようさん」
おばちゃんはいつ来ても元気だ。
「おはようございます!・・・今日受けるのオレひとりですか?」
辺りを見渡して言った。
「いや。もうひとりいるって話だよ?」
「・・・ふたりで、ですか?気まずいな」
「引率の中級冒険者が付くから3人だね」
中級とはCやBランク冒険者の事である。
「引率、ですか?」
「というより、死なないように見張ってるってトコかね。冒険者になるための試験で死なれちゃ困るからね」
「・・・はは」
「なんだぁ、ふたりって聞いてたのにひとりじゃねぇか」
先に引率の冒険者が来た様だ。
「おかしいねぇ。・・・もう行くかい?」
「オレはいいですけど」
「こっちも只の引率だからな。一人だろうが二人だろうが構わねぇよ」
話が決まりかけた時、誰かがギルドに飛び込んできた。
彼女はキョロキョロと見渡すと、こちらを見つけ駆け寄ってきた。
「ごめんなさい‼遅れちゃいました」
そう言って頭を下げた。
長く真っ直ぐな銀髪の隙間から尖った耳が見えていた。