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動き出す闇

ここはこの世界のどこか。鬱蒼と生い茂る森。


しかし、暗くは無い。


木々から差し込む木漏れ日が、地面を覆う下草に当たり、まるで緑の絨毯の様だ。


そんな緑の絨毯に走る一本の線。


下草が踏み均され道になっている。


この森に迷い込んだ遭難者がひとり彷徨い歩いて出来た物では無いだろう。


大勢が定期的に通った証。


それは確りと道と呼べる代物だ。


そんな、森の中に不自然に出来た道を辿ると、緑の世界にこれまた不自然に現れる茶色。


地震か、土砂崩れか、何があったか知らないが、土が剥き出しになり崖の様になっている。


道は何故かその崖へと続いていた。


そして道はここで終わってもいた。


崖を避けて道が続いている訳でも無ければ、洞窟が口を開けている訳でも無い。


この道を使っている人達はこの先どこへ向かったのだろうか。


「眩しい・・・これが外?・・・あれが空?」


崖から腕が2本、ニョキリと生えたかと思うと、頭、肩、胴、足。


崖をすり抜ける様に出てきたそれは人だった。


セミロングの栗色の髪。まだまだ幼さの残る顔。病院着の様な粗末な服。


そんな少女だった。


少女は辺りを見渡すとひとり呟き、さらに


「・・・それに匂いも何か変」


感じるままに言葉にしていた。


しばらく辺りの様子を眺めていた少女、今度は自分の着ている服に目を移す。


そして、僅かに眉間に皺を寄せた。


「・・・そうだッ!」


少しの間、不満そうな顔で服を見ていた少女だったが、何かを思い付いた様に顔を上げると踵を返し、再び崖の中へと消えていった。


再度現れた少女。


その手には、何故か湿り気を帯び、テラテラと光っている鞄があった。


その鞄をドチャリ、と地面に投げ出すと両手を鞄に掲げる。


少しの間そうしていると、いつの間にか鞄から湿り気が消えていた。


どうやら魔法を使って乾かしたらしい。


しかし、鞄の表面は乾いた泥の様にひび割れている。


そんな鞄を見て満足そうに頷く少女。どうやら失敗した訳では無さそうだ。


そして少女は着ていた服をおもむろに脱ぎ始める。


下着姿になった少女は、着ていた服が相当嫌だったのか、力一杯に投げ捨てた。


「えいっ!」


服が見えなくなったのを確認して、クルリと体の向きを変えた少女。


そのまま、地面に置いてあった鞄の前にしゃがみこむと、パキリッと音を立てて鞄を開けた。


何やら赤褐色の欠片がポロポロと落ちるが気にしてはいない。


鞄に手を突っ込んだ少女は、中から淡い青色のワンピースを取り出した。


そのワンピースを顔の前で広げて持ち上げると、前後ろと何度も反転させる。


まるで、服屋で服のデザインを確認する客の様だ。


少女は気に入ったのか、ワンピースに頭を通すとそのまま足元まで裾を下ろす。


スカート部分が少し膨らんだそのワンピースを来た少女は、首を左右に振って服の見た目を再度確認する。


納得行ったのか、ひとつ頷くと鞄を持ち上げた。


鞄からポロポロと落ちる欠片が出なくなるまで、バシバシと叩くと肩から斜めに掛ける。


「・・・よしっ!」


そして、緑の絨毯に出来た道を笑顔で歩いて行った。



少女が去った事で再び静寂を取り戻した道の終点。


ここは、非人道的な人体実験を行っていた研究施設の入り口だった場所だ。


そう、‘だった’場所だ。


少女がこの施設内での最後のひとりだ。


では、他の人達は何処へ行ったのか?


研究が中止になり、捨て置かれた訳では無い。


実験の失敗により、深刻な事故が起きて皆逃げ出した訳でも無い。


全員、まだ中にいるのだ。物言わぬ姿となって。


研究員から、実験の対象になっていた被験者まで。


施設内は、まさに血の海だ。


そんな場所から何食わぬ顔で出てきた少女。


当然、この施設内を地獄絵図に変えたのも彼女である。


何故幼い少女にそんな事が出来たのか?


それは、少女も被験者だったから、そして、唯一の成功例だったからだ。


この施設では多くの実験が行われていたが、少女に施された実験は「全ての魔法を使える最強の魔導兵士」を作る実験だった。


何年もの間、失敗続きだったこの実験もようやく成功を迎えた。


そして、終わった。


研究員達が、自分達では制御する事が出来ない、とんでもない代物を生み出してしまった事に気付いた時には、既に遅かった。


生まれた時からこの施設で育った少女は、まともな教育も受けずに育った。


それは、道徳心や善悪の区別がつかない程に。


力を手にした少女は、興味が赴くまま外へと向かう。


それを止めようとした研究員を殺戮しながら。


次々と出てくる、自分の行く手を阻む邪魔者に嫌気が差した少女は、施設内全ての者を対象に魔法を放った。


少しでも自分の行く手を邪魔する可能性のある物を排除するためだ。


そこには悪意の欠片も無い。


もしもここで、自分は邪魔をするつもりは無い、と意思表示する者がいたのなら、その者はきっと生きていただろう。


少女にとってはその程度の事だったのだ。


そもそも、全ての人間にその機会が与えられた訳では無いが。


多くの者は何が起こっているか理解出来ないまま息絶えていったのだから。


こうして施設内を血の海に変えた少女は、ここを去った。


施設内で見つけた、血のタップリ染み込んだ魔法鞄を持って。




木漏れ日が降り注ぎ、緑の絨毯がその陽を受けてキラキラと光る。


そんな清涼な空気に包まれた森の中を、ひとり歩く少女。


セミロングの栗色の髪。まだまだ幼さの残る顔。淡い青色のワンピースを身に纏い、肩から鞄を提げている。


「・・・どこに行こう?」


彼女の名前はD536号。


後に自らアリスと名乗り、また人々の間で[無邪気な恐怖]と噂される事になる存在。


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