交渉
別室へと移動した三人。
エルネとロイドは
「私達は別にいいんでしょ?ここで帰るわっ!買い物でもしてくるわ」
そう言い、ちゃっかり小遣いまでせしめて屋敷を後にしていた。
フカフカのソファーに腰を下ろす領主。
机を挟んで向かい合う様に置かれたソファーにシャズナブルとコウスケは並んで腰かけた。
「それで?まだ何かあるのか?」
シャズナブルが口を開いた。
先程の様な畏まった口調は無い。
「つれないなぁ、シャズ。久しぶりだろ?楽しくお喋りぐらいいいじゃないか?」
こちらも気安く返す領主。
「・・・エド。本題を言え!コウスケまで呼んだ理由を」
シャズナブルの言葉は尤もだ。
楽しく昔話をしたいのなら、コウスケも呼ぶ必要は無い。
「シャズのせっかちは相変わらずか・・・まぁいいか。そうだよコウスケ君に話があって呼んだんだ」
コウスケにも砕けた口調で話しかける領主。
「はぁ・・・あの、その前に二人はいったい・・・」
ようやくコウスケも口を開いた。
大方の予想は付いているが、どうにもハッキリさせないと気持ちが悪いコウスケ。
それに答えたのは領主だった。
「アレっ?シャズ、言ってないの?もしかして自分の事も?」
「あぁ、エドとの事は必要無いと思ったからな。オレの事は・・・言いそびれた」
「まったく・・・じゃあシャズの事は自分で説明してもらうとして、僕達二人の事だね。そうだなぁ・・・まぁ簡単に言えば小さい頃からの友人、幼馴染みってヤツだね。だから普段はシャズ、エドって呼び合う仲さ。あっ!ちなみにエドって言うのは僕の名前がエドワードだからだよ!こんなところでいいかな?」
まるで様子が違う領主、もといエドワード。
「あ、ありがとうございます。・・・それで領主様の話というのは?」
ハッキリしたところで話を進めるコウスケ。
少しでも早くこの場から逃げたいのだろう。
「う~ん、固い!固いよ、コウスケ君!何だか僕に対しては萎縮してる様だけど、シャズにはそうでも無いみたいだね?・・・よしっ!こうしよう!次はシャズの話を聞こう!それがいい!」
どうやら本題にはまだ入れないらしい。
「そうか・・・何を話せばいい?」
「コウスケ君に何か言いそびれたんでしょ?」
エドワードは分かっているのかニヤニヤしてそう言った。
「コウスケに貴族かと聞かれたが、その事か?」
「そう!それだよ!」
エドワードはどこか楽しそうだ。
「そうか・・・コウスケ、オレはホワイト伯爵家の三男だ。家督を継ぐ事は無いが、貴族か?と聞かれれば貴族だ。と言える」
「そ、そうですか。大変失礼しました」
薄々は感付いていた事だったが、改めて聞くと一層萎縮してしまうコウスケ。
「気にするな、コウスケ。オレはダンジョンを攻略したコウスケの実力を認めている。何ならエドの様にシャズと呼んでもらっても構わない」
「あっ!シャズの事をそう呼ぶんなら僕の事もエドと呼んで欲しいね!友達の友達は友達だろ?」
さぁ呼んでみろ!と迫るエドに、ついに限界に達したコウスケは口から魂が抜ける。
そして、戻ってきた時には開き直っていた。
「・・・本当にいいんですか?」
「勿論!何なら普段通りに話してくれて構わないよ」
「じゃあ・・・エド」
「何だい?」
エドワードは嬉しそうだ。
「貴族に囲まれて俺は居づらい!早く本題に入って、帰らせてくれ」
開き直ったコウスケはいつもの口調でそう言った。
覚悟を決め、何かあったら逃げてやろうとすら思っていた。
「そう!それだよ!やっぱり会話はこうでなくっちゃね」
しかし、コウスケの心配を他所にエドワードは本当に嬉しいのか笑顔だった。
いつまでも嬉しそうなエドワードにシャズナブルが
「エド。コウスケは話を進めろと言ったぞ?」
「んっ?あぁ、つい嬉しくてね。・・・本題だったね?コウスケ君、貴族になるつもりは無いかい?この国は人手不足でね。功績を挙げた者に男爵位を与えて人材を集めているんだ。どうだい?」
その言葉にシャズナブルも賛成なのか、腕を組み頷いている。
しかし、コウスケは
「お断りします!」
即答だった。
「どうしてだい?良い話だと思うけど?」
「面倒事はゴメンです!それに俺は、俺達は今旅の途中なんです。それを止めるつもりも無いんです」
開き直っているコウスケは臆すること無く言った。
「困ったなぁ。受けてくれると思ったのに・・・徴用もありか?」
後半の台詞はブツブツと言っていたのでシャズナブルには聞き取れなかった様だ。
しかし、その物騒な単語をコウスケは聞き逃さなかった。
(徴用って確か強制だったよな?そんな事出来るのか?マズイッ!マズイぞッ!・・・仕方がない、商人スキルの出番だッ!!)
そんなスキルは存在しない。
要するに商談または交渉でもするつもりなのだろう。
「そもそも何で俺なんですか?他に頭のいい人とか、仕事がデキる人優先した方が人材不足にはいいでしょ?」
探りから入るコウスケ。
「それはな、不足しているのは文官ではなく武官だからだ。オレも冒険者をしているが有事の際には呼ばれる」
意外にも説明してくれたのはシャズナブルだった。
(・・・それって・・・軍人って事じゃねぇかッ!ムリムリッ!絶対嫌だッ!)
頭の中が忙しいコウスケ。
「まぁシャズの場合は、実際事が起こっても呼ばれる事は無いだろうけどね。名前だけ貸してるってカンジだよねぇ?」
(何その素敵待遇ッ!?)
要するに伯爵家の三男、Sランク冒険者という名前を貸して抑止力的な使い方なのだろう。
もしかすると、本物の伯爵様。シャズナブルの親が止める、と言う意味かも知れないが。
「武官が不足しているから、ダンジョンを攻略した俺を?」
話を本題に戻すコウスケ。
「それもあるよ。他にもこの先コウスケ君が更に功績を挙げれば、爵位に就かせた僕の株が上がる、とかね?」
(なるほど・・・政治ってカンジだな・・・じゃあご相談と行きますか)
「さっきエドは徴用って言ったよな?それって強制だよな?」
「ありゃ聞こえてた?」
エドワードはバレたと舌をだす。
「それは戦時の法だろう?」
シャズナブルがそう言ったが
「まぁそうなんだけど、やり様はあるよ。抜け道ってヤツだね」
方法はあるらしい。
「そうなったら俺は困る」
「そうだろう?だから・・・」
「だからこうしよう」
コウスケはエドワードに被せる様に言った。
「・・・何か条件でもあるのかい?」
エドワードの目が少し細くなる。
「俺は爵位を受ける。だが貴族としての仕事はしない。旅も続ける。有事の際の呼び出しも受けない」
「こっちに利益が無いじゃないか。流石にシャズと同じ扱いなんて無理な話だよ?」
「俺はこの先も功績を挙げると約束する。そうなればエドの株もうなぎ登りだろ?」
「例えそれが本当になったとしても、君を厚遇するには弱いな」
「ダンジョン攻略のアイテムを売る、と言っても?」
エドワードの表情が変わる。
シャズナブルも僅かに眉を上げた。
「・・・なるほど、それが切り札かい?・・・どう思う?シャズ」
「オレは領主じゃない。エド、お前だろう?」
シャズナブルは厳しく突き放すが、顔は笑っている。どうやら楽しんでいる様だ。
「・・・目下の問題が解決するなら悪く無い、か?・・・いいだろう。その代わり値段は期待するなよ?」
「俺の条件が通るなら何でもいいよ」
こうしてレアアイテムひとつを失い、地位と金と自由を確保したコウスケ。
ようやく解放され、シャズナブルと並んで屋敷の廊下を玄関へと向かい歩くコウスケ。
褒美とやらを受け取り魔法鞄に仕舞い屋敷を出る。
少し歩くと
「オレはコウスケを見誤っていた」
唐突にシャズナブルが言った。
「何が?」
「エドの困っている顔を見たのは久しぶりだ」
「?・・・俺の方が困ってたけどな」
「エドに困らされるヤツは多いが、エドを困らせるヤツは少ない」
「そうなのか?じゃあまぁ一矢報いたってトコか」
「仕返しが怖いな?」
「ッ!エドってそういうヤツなのか?」
「・・・さぁな」
そう言ってシャズナブルは笑った。
その後は取り留めの無い話をして、別れる頃にはコウスケは自然とシャズと呼べる様になっていた。
シャズと別れたコウスケは、エルネ達と合流すべく歩くのだった。




