危険な実験
三人で旅立ってから数日が過ぎた頃、荷台に籠っていたロイドが御者席に顔だけを出した。
最近、荷台に籠る者が一人増えたので、交代で使っていた。
「コウスケ君。ちょっといいかな?」
「どうした、ロイド。何か用か?」
首だけで振り向き、そう訊ねるコウスケ。
「こっちに来てくれ」
理由も告げずにコウスケを呼び込むのは初めての事だった。
これにはエルネも怪訝な顔で振り向く。
「あぁ、エルネ君は気にせずに、コウスケ君を少し借りるよ」
エルネは無言で向き直り、コウスケは怪しみながらも荷台に移動した。
すると、ロイドはエルネに背を向ける様にコウスケの肩を組み、小声で
「コウスケ君は魔法鞄を作れる。という事は空間属性を使える。合っているね?」
嫌な予感がしながらも
「・・・まぁ、使えるな」
「どこまで使える?」
「一応全部使えるけど・・・なんだよ?」
「いやなに、少し実験に付き合って貰いたくてね」
ロイドの実験だ。予感が確信に変わりつつあった。
「・・・どんな実験するんだ?」
「・・・コウスケ君は合成魔法と言う技術を知っているか?」
「確か二種類の魔法を合わせて発動する技術、だったか?」
「その通りだ。しかし、私は考えたのだよ。二種類で出来るのなら、それ以上でも出来るのではないか?とな」
話が物騒な方向に転がりだした事に気付くコウスケ。
「分からんでも無いが・・・それ絶対危ねぇだろ?」
危ないと分かっていても、実験してみたくなる気持ちは、コウスケにも分かる。
しかし、二種類以上の魔法を合成するなど正気の沙汰では無い。
「そこでコウスケ君の出番だ。荷台を空間ごと遮断して、何が起きても周りに影響が無い様にして欲しい。どうだろう?」
コウスケは迷った。迷ったが
「幾つ合成するつもりなんだ?空間遮断で手に負えるのか?」
コウスケも魔法バカだった様だ。
「最終目標は私が使える基本属性の五つだ。私の計算が正しければ四つまでは耐えられる筈だ」
「ダメじゃねぇかッ!五つに挑戦した瞬間にこの辺一帯が吹っ飛ぶぞ?」
空間遮断を利用した防御法は、地形を変える様な魔法も防ぐと言われている。
それを、破る程の威力だ。コウスケの言っている事も間違ってはいないだろう。
「エルネ君から聞いたぞ。コウスケ君の魔力量はかなり多いそうだね?」
「・・・それがどうした?」
「五つの合成実験の時は空間遮断を三重に張って欲しい。魔力量的に厳しいかもしれんが、それで耐えられる筈だ」
「筈だ、って・・・」
空間遮断は消費魔力が凄まじい。普通は一度発動出来れば立派な魔導師だ。
三重に発動するなどあり得ない。
しかし、そこはコウスケ。
スキルの魔力増大で素の魔力量は底上げされ、消費魔力半減で必要魔力が半分、魔力回復力増大で減った魔力もすぐに回復し、魔力ブーストでより強力に発動出来る。
流石に、ロイドはそこまで知っていて、コウスケに頼んでいる訳では無いだろう。
魔法の得意なエルフのエルネが自慢するくらいだから、三重を張る位の魔力は有るだろう?程度の認識だろう。
「知りたくはないか?五属性を合成した時、どんな魔法が出来るのか、が」
渋っていたコウスケだったが、その魅力的な言葉の魔力に負けた。
エルネに少し籠る事を告げ、荷台に空間遮断を張ったコウスケ。
「それでは三種類から始めようか」
そう言ってロイドは魔力を練る。
固唾を飲んで見守るコウスケ。
「・・・」
「どうした?失敗か?」
「・・・腕は二本しか無いが・・・どうやって三つ目の魔法を構築すればいい?」
それを聞いたコウスケは前のめりにズッコケた。
「そもそもだなッ、おいッ!仕方ねぇ、俺が腕貸してやる」
実験を楽しみ始めているコウスケには、中止という選択肢は無かった。
「属性は大丈夫か?」
「あぁ、基本属性なら問題無ぇ。やるぞッ!」
そう言って、実験を再開した。
何度かの失敗の後
「・・・成功か?」
「その様だな。素晴らしいッ!」
コウスケは拍子抜け、ロイドは感動している。
今合成している魔法は、各現象を掌に発生させるだけの魔法だ。
例えば火なら、掌の上で火が燃えるだけの初歩中の初歩。
そんな魔法を合成しているので、ロイドの掌の上で揺らめいているだけだ。
その魔法には合成した火、風、雷の特徴が現れている様に見える。
当然、恐ろしくて威力は確認していない。
「次は四属性だ。コウスケ君」
「おうッ!」
その勢いで実験を続ける。
何度も失敗を繰り返し、一度暴発させた時は、コウスケの転移でエルネの居る御者席に跳んだ事もあった。
「・・・何してんの?後ろで何かしてたんでしょ?」
「あ、あぁ・・・転移の実験をね・・・なっ、ロイド?」
「そ、そうだ!転移の実験だ」
エルネにバレると、危ない、と煩いので咄嗟に口裏を合わせ、再び転移で荷台に戻ったりした。
そんな事を経て、四属性も成功した。
「素晴らしいッ!何度か失敗もしたが、こうも簡単に成功するとは!」
「・・・」
ロイドはまたも感動しているが、コウスケは黙って何やら考えている様だ。
「どうした?コウスケ君。嬉しく無いのか?」
喜ばないどころか何も言わないコウスケに、合成した魔法を維持しながらロイドが聞く。
「・・・問題発生だ。振り出しに戻ったぞ」
コウスケのその言葉に、維持していた魔法を危うく暴発させそうになるロイド。
なんとか魔法を破棄して
「どういう事だ?」
そう聞く。
「・・・ここに来て、また腕が足りない」
「・・・ッ!!」
魔法の天才と言えるコウスケと、魔法研究者のロイドが居るにも関わらず、そんな初歩的な事に今さら気付く二人。
「ここまで来て中断を余儀なくされるとは・・・もう一人いれば・・・!エルネ君を引き込むかッ?」
「ダメだ。エルネは合成魔法を使えない」
「そんな・・・」
ロイドは項垂れるしか無かった。
「・・・一旦飯にしよう。腹に何か入れれば何か閃くかもしれないしな?・・・それにそろそろエルネが拗ねそうな気がする。そうなったら実験どころじゃ無くなるからな」
そう言って空間遮断を解除するコウスケ。そのまま御者席へ出て行った。
エルネに昼食にしようと告げ、適当な所に馬車を停める。
ロイドも力無く降りてきて三人で準備を始めた。
「コウスケ。ロイドがなんか暗いよ?」
ロイドの様子を見て、エルネがコウスケに聞く。
「あぁ、実験が行き詰まってるんだ。それであぁなった」
「へぇ~。コウスケも一緒にやってたんでしょ?」
「あぁ、俺もお手上げだ」
「コウスケがお手上げなんて珍しいわねっ」
「俺を何だと思ってるんだ?」
この間、ロイドは黙々と食事を摂っている。
そんなロイドを無視して、尚もエルネとコウスケの会話は続く。
「でもコウスケは今まで、付与魔法と魔方陣で大体は解決してるじゃん。今回もそうすれば?」
人の苦労も知らずに!と言おうとして、その言葉をもう一度考えるコウスケ。
急に黙り込んだコウスケを不審に思い、下から覗き込むエルネ。
「どうしたの?急に怖い顔して」
エルネがそう聞くが、尚も黙り込み何かを考えるコウスケ。
暫くして
「・・・その手が有ったか。エルネ、お手柄だッ!」
「私?何なにっ?」
そんなエルネを無視してコウスケはロイドに声を掛ける。
「ロイドッ!解決策が閃いたぞッ!!」
そう言ってロイドの方を向く。
ロイドは優雅に食後のお茶を飲んでいた。
「なにッ?本当かッ!?」
(・・・そんなに堪えて無かったのか?)
そんな思いを飲み込んで、コウスケとロイドはエルネを急かし片付けを始めたのだった。




