エルネの覚悟
次の日の朝早く、二人は馬車で出発した。
「隣村の人達無事だといいね?」
「あんまり期待しない方がいいぞ」
楽天的なエルネにコウスケが釘を刺す。
昼食と夕食で馬車を停めたものの、夜は夜営せずに二人で交代しながら夜通し馬車を走らせた。
その甲斐あって、空が白み始める頃には隣村に着いたのだった。
しかし、村に入った二人の目に映った光景は悲惨なものだった。
数少ない建物は、全てに火がかけられた様で一軒も無事なものは残っていなかった。
さらに、村人達はそこかしこで倒れ伏している。
助かった者はいない様に見えた。
「ひどいッ!!こんなのって・・・」
この光景にエルネはショックを受けている。
「・・・」
コウスケは何も言わず、亡骸一つ一つに触れて、生死を確かめる事しか出来なかった。
それを見たエルネも同じ様に、確かめて回った。
お互いが見えなくなるほど離れていた時だった。
『コウスケ!!いたッ!一人生きてる!』
コウスケにエルネから念話が届いた。
『すぐ行くッ!』
コウスケも念話で返し、エルネの元へと走った。
少し走るとしゃがんでいるエルネを見つけ、コウスケは駆け寄った。
「エルネッ!どうだ?」
「今・・・逝ったわ・・・」
そう言って首を横に振った。
エルネの腕に抱かれ横たわっていたのは、まだ幼い男の子だった。
「・・・私・・・間に合わなかった・・・あと少し早ければ助けられたのにッ!!」
エルネは回復系のギフトを持っている、それが余計にそう思わせるのだろう。
「自分を責めるな。エルネのせいじゃない」
そう言う事しか出来なかった。
その後、エルネと共に村人達を弔った。
この世界は土葬だとエルネから聞き、土属性魔法で掘った穴に一人づつ入れ、墓を作っていった。
すべてを終えると馬車の近くで休んだ。そろそろ日が暮れだす頃だ。
エルネは相当堪えた様で、膝を抱え俯いている。
(早くここを離れた方が良さそうだな)
そう思いエルネを馬車に乗せた。
この時ばかりは流石のエルネも手綱を握ろうとはしなかった。
コウスケが久々に馬車を操り、村を離れるのだった。
十分に村から離れたところで、この日は夜営する事にした。
いつもなら自分のテントは自分で張るエルネだが、この時ばかりは動けずにいた。
そんなエルネを見たコウスケは、テントから食事の支度まで一人でこなす。
普段なら楽しい時間も、あの村を見た後ではそうも行かない。
夕食が出来たことをエルネに告げるが、エルネは何も言わずテントに入ってしまった。
(相当堪えてるな。一晩寝たら復活・・・って訳には行かないか?)
エルネの事を心配しながらも、この日は一人で夕食を食べ、コウスケも休む事にした。
翌朝、エルネはいつも通りの時間に起きてきた。
「気分はどうだ?大丈夫か?」
「ええ、何とか・・・いつも通りって訳には行かないけどね・・・」
まだ辛そうな顔はしているものの、何とか気持ちの整理は付けた様だ。
「コウスケは大丈夫なの?」
「・・・話を聞いた時から薄々は分かってたからな・・・でも実際目の当たりにすると、やっぱり辛いよな?」
「うん・・・コウスケ、私戻って村長さんに報告するッ!」
エルネが言った。瞳にだけは力が戻った様に見える。
「いいのか?また辛い思いをするぞ?俺が村長のじいさんに言ってもいいんだぞ?」
「この依頼を受けたのは私。私が言うわ」
どうやら覚悟を決めた様だ。
「・・・わかった。戻ろう」
エルネと二人で片付けをして、元の村へと戻る道に馬車を進めた。手綱はエルネが握っている。
来た道を再び一日掛けて戻る二人。しかし、現実がそんな二人を更に打ちのめす。
報告に戻った村は無くなっていた。消えた訳では無い。
隣村の様に焼き払われていたのだ。
「またなの・・・」
「入れ違いになったか?」
エルネを馬車に残し、コウスケは村に近づく。
村の入り口にガインが倒れているのを見つけた。
「ッ!じいさんッ!何があったッ!?」
駆け寄り、抱き起こすコウスケ。
「おぉ、・・・コウスケ、さん」
ガインは絞り出す様に言った。
「盗賊がここにも来たのか?」
「アレ、は・・・とう、ぞくじゃ、ない・・・へい、し・・・」
そこまで言うとガインは事切れた。
(・・・盗賊じゃない?どういう事だ?それに、へいし・・・兵士か?)
ガインの言葉に混乱するコウスケ。しかし、今は他にしなければならない事がある。
今回はコウスケ一人で村を回り、生存者を探した。
見つける事は出来なかったが・・・
回り終えたコウスケはエルネの元に戻って来た。
「・・・ダメだったのね?」
コウスケの表情を見て生存者がいない事を悟ったエルネはそう言った。
コウスケは無言で頷くだけだった。
慣れた訳では無いだろうが、今回は塞ぎ込む事の無いエルネと共に墓を建てていった。
その夜、コウスケとエルネはテントの中でこれからどうするかを話合っていた。
「・・・このまま進めば次の街に着くだろう。俺はこの街を避けて進みたい」
コウスケが言った。
「?・・・どうしてッ?このまま放っておくの?コウスケはそれでいいの?」
エルネは反対の様だ。
「・・・エルネはどうしようと思ってるんだ?」
「私は次の街に行って討伐隊を出してもらえる様に頼むわッ!どんなに変な街だったとしても、必ず説得してみせるッ!」
「出してもらえなかったら?」
「そんな事・・・例えダメでも説得するわ。それでもダメだったら私一人でも盗賊団と戦うわッ!」
「・・・じゃあその盗賊団が見つからなかったら?」
「?・・・何言ってるの?コウスケも見たでしょ?」
コウスケの言っている意味が分からず、思わず睨みつけるエルネ。
「・・・じいさんが言ったんだ、死ぬ前に。・・・盗賊じゃない、兵士って」
ガインの最後の言葉を伝える。
「盗賊じゃない、兵士って・・・まさかッ!?」
何かに思い至った様だ。
「村を襲っていたのは盗賊じゃない・・・兵士って事?」
「俺はそう思ってる」
「じゃあ・・・じゃあ盗賊は?」
「・・・初めからいなかったんだと思う。兵士の仕業を盗賊と勘違いしたのか、そう言う情報を流したのか・・・どちらにしたってこの先の街はまともじゃ無いッ!だから避けようって言ってるんだッ!」
「それじゃあ他の村や集落が危ないままじゃないッ!」
「俺達には関係無いだろ?」
信じられないと言う目でコウスケを見るエルネ。
「だとしても私は・・・許せないッ!」
「じゃあどうしても行くのか?」
刺す様な目でエルネを見るコウスケ。
何かを試す様なその目に一瞬怯むエルネだが
「・・・行くわ」
そう答えた。
「そうか・・・」
そう言って立ち上がったコウスケを見て、エルネは悲しそうにうつ向いた。
「話し合いはここまでだな・・・じゃあ飯にしよう?」
「えっ?」
コウスケが自分を置いて去る、と思っていたエルネは間抜けな声を出した。
「えっ?だから飯にしようって」
「・・・私を置いて行くんじゃないの?」
「俺に幾ら借金してると思ってんだ?死なれでもしたら困るからな」
「でもコウスケは次の街に行くの嫌なんじゃ?」
「嫌だよ。嫌だけどエルネ、行くんだろ?」
「うん」
「なら将来の金づるを守らなきゃな?」
「ッ!・・・バカッ!!それなら初めから反対なんてしないでよッ!コウスケに置いてかれると思って・・・うっ、うっ、・・・怖かったんだからぁぁぁ」
そのままエルネは子供の様に大泣きした。
「ごめんって。悪かったって。ってかそんな泣き方?マジ泣きじゃん」
「ヴルザイッ!」
泣きながらもコウスケに言い返すエルネ。
「メシッ!飯にしようぜ!ホラっ、行くぞ」
そう言ってコウスケはエルネをテントから連れ出すのだった。
コウスケが次の街を避けたいと言ったのは本心だ。
しかし、エルネを置いて行くという選択肢も初めから無かった。
エルネを説得して二人で次の街を避けて行く。と言うのが理想だったのだが、覚悟を決めたエルネを見て、それも諦めたのだ。
まぁ単純にコウスケが一人じゃ寂しいと思っただけかもしれないが。




