サラッと告白
上手い具合にそれぞれが別々のプールに分散した様子を眺めるコウスケ。
エドは、スライダーを上まで登った様だが、下を見て怯んだのか顔を出したり引っ込めたりを繰り返している。
ミランダは、躊躇う事無く一番高い飛び込み台から飛び降りると、気に入ったのか再び飛び込み台へと登り始めている。
シャズは、姿が見えない事から、既に泳ぎ始めている様だ。
彼等が水着姿を気にした様子も無く遊び始めたのを見たからか、エドが用意した試験開業参加者達もチラホラと姿を現し始めた。
そんな中コウスケは、波の出るプールの波打ち際で一人佇むエルネの元へ向かう。
遊びたいが為に水着になる事を決意したエルネが、水に浸かるのを水際で躊躇っているのではと心配にでもなったのだろう。
「入んねぇのか?冷たくはねぇぞ?温水だからな」
そんな言葉を、佇むエルネの横に並んだコウスケが投げ掛けたが、エルネから返事は返って来ない。
いつものコウスケならば、エルネに無視されようものなら煽ってでも反応を引き出すところだが、この時はそんな行動には出なかった。
コウスケの言葉に答えを返さないそんなエルネを、コウスケは横目で窺う様に眺めている。
天井に作られた魔力仕掛けの大きな天窓から差し込む陽光。
その光が、波打つ水面に反射しキラキラとした光を不規則に返す。
その光がエルフ特有の白くキメ細やかな肌に当たり、絹の様に滑らかな輝きを放っていた。
コウスケはそんなエルネの姿に、不覚にも見惚れていたのだった。
「これが海なのね?」
不意にエルネが口を開く。
輝くエルネの肌に見惚れていたコウスケは
「え?・・・お、おう。まぁ人工だけどな?」
慌てながらもそう答えた。
「波が帰ってく・・・」
慌てた様子のコウスケなど気にした素振りも見せずに、波打つ水面を見詰めながら呟くエルネ。
コウスケへの言葉なのか、独り言なのか分からない程だった。
「そりゃあ、波ってのはそういうモンだろ?寄せては返すってよく言うしな」
エルネのそんな呟きに、そう言葉を返してみるコウスケ。
コウスケの顔には「コレ、今会話してるんだよね?」という不安が書いてある様だった。
「波は何処に帰って行くの?やっぱり生まれた所?」
独り言に答えを返しているのではと不安そうにしていたコウスケへ、ようやく目を向けたエルネがそんな問いを投げ掛ける。
一瞬エルネの言葉が理解出来なかったコウスケは
「はぁ?」
という声を漏らすが、しばらくして
「・・・あぁ!いや‘返る’って言うから。そっちの‘帰る’ね」
そんな納得した様な声を上げる。
コウスケの言葉に、何も言わず首を捻るエルネ。
「へぇ~大人になってから初めて波を見ると、そんな風に感じんのか?」
感心した様に呟いたコウスケは、観察する様に波を見る。
「だってそう見えるじゃない?」
そんな風に返すエルネ。
更に
「きっと、遠くまで旅をして来ても帰るべき場所を覚えてるのよ」
そう言って微笑んだ。
しかしコウスケは
「そうか?俺には次の波に巻き込まれて、到底帰れてる様には見えねぇけど?」
そう言って、肩を竦めた。
「ちょっと!夢の無い事言わないでよ。おじさんになると皆そんな風になっちゃうわけ?」
コウスケの言葉に呆れた表情をしたエルネは、そう皮肉を織りまぜ返した。
「残念ながら、俺はおっさんになる前からこんなだぞ?」
エルネの皮肉に顔色一つ変える事無く返すコウスケ。
その言葉に、哀れみの表情を浮かべたエルネは
「子供の頃からおっさんだったのね?本当に残念ね?」
そう言って、首を左右に振る。
「どこの高校生探偵だよッ!そう言う意味じゃねぇよッ!」
思わずそうツッコむコウスケ。
しかし、当然そのネタは伝わらず
「コウコウセイ?何それ?」
と、首を捻るエルネ。
顔を顰めたコウスケは
「何でもねぇよ・・・アレ?何の話だっけ?・・・あぁ、波が帰ってくって話か。んで、結局エルネは何が言いたかったんだ?」
そんな風に話題を戻した。
コウスケの言葉に、更に首を捻ったエルネは
「え?何がって・・・誰にでも帰るべき場所がある・・・って事?」
そう自信無さげに答える。
「俺が聞いてんだよッ!」
再びツッコみを入れるコウスケ。
「帰ってく波を見てたら、ちょっと里の事を思い出しただけよ。そういう事あるでしょ?」
そう言ったエルネは、少し照れながら目を逸らした。
「エルフの里に行ったのちょっと前だぞ?それに、10年、20年戻らねぇのはエルフじゃ普通みたいな事言ってなかったか?」
そう返すコウスケ。
「離れれば離れる程懐かしく思ったり、寂しく思ったりするでしょ!コウスケだってそういう事あるでしょ?」
少し不貞腐れた様に答えるエルネ。
長い時間を生きるエルフが、この期間でその様な感情を抱くのは珍しい。
エルネもその事を自分で自覚しているのだろう。
不貞腐れた態度は、エルネにとっての照れ隠しだった。
「まぁ確かに俺も、獣人のトトに出会った時は、実家で飼ってた犬元気かな?とか思ったけど、寂しくはならなかったぞ?」
いつかに出会った駆け出し商人の獣人を思い出し、そう言うコウスケ。
その言葉を聞いたエルネは、下唇を突き出し
「あっそ!」
と、短く返す。
「まっ、直ぐにホームシック・・・実家が恋しくなるのは、まだまだガキだって証拠だな?」
ニヤリと口元を歪め、エルネにからかう様な言葉をかけるコウスケ。
「うるさいッ!!」
コウスケのからかいに、そう声を上げるエルネ。
そんな、頬を膨らませ顔一杯に不機嫌を主張しているエルネを、コウスケがしばらく眺めていると、不意にエルネが表情を戻し首を傾げる。
そして
「そう言えば、コウスケの昔の話って私聞いた事無いわね?」
そんな事を言った。
「そりゃそうだろ?話した事ねぇもん」
軽く返すコウスケ。
「何で?秘密にしてるの?それとも私にだけ?ミラちゃんとかロイドには話してるの?」
エルネはそう尋ねると眉を寄せる。
「別に秘密にしてる訳じゃねぇけど・・・ちょっと特殊なんだよ。ロイドに言ったらしつこく食い付いてくるだろうし、ミランダは多分信じねぇだろうから言ってねぇよ?」
そう返すコウスケ。
コウスケの言葉に
「ふ~ん。二人に話してないから、私にも言ってないんだ?」
そう納得した表情をするエルネ。
しかしコウスケは
「いや?エルネは口が軽そうだから言ってねぇんだよ?」
そう真顔で答えるコウスケ。
「私だけ信用されてないッ!?」
コウスケの言葉を聞いたエルネは、思わずそんな声を上げた。
「ハハッ、当然だろ?エルネに話すって事は、ロイドとミランダに話すって事と同義じゃん?俺はいつもそう思ってエルネと話してるけど?」
当たり前の様にそう言って笑うコウスケ。
それを聞いたエルネは、自分の信用度の低さに眉を落とすと
「だから私には話してくれないんだね・・・」
と、うつ向く。
しかしコウスケは
「いや別にそう言う訳じゃねぇよ?単に説明が面倒臭いってだけだから、異世界から来たなんて話は」
表情を変える事無く、そう告げたコウスケ。
うつ向いていたエルネは
「・・・ハッ!?」
コウスケの言葉からやや時間差で顔を跳ね上げると、そんな声を上げた。
「ん?」
そう返すコウスケ。
「異世界?今、異世界から来たって言った?それって・・・それってど、どういう意味?」
僅かに狼狽えながらも、そんな問いを返すエルネ。
「どういうって・・・そりゃ異世界だから・・・異なる世界?」
エルネの問いに、首を捻りながらそう答えるコウスケ。
「言葉の意味じゃないわよッ!それ、本当なの?」
全く態度が変わらないコウスケを見て、からかわれているのではと思ったのか、そんな確認の言葉を投げるエルネ。
「俺がここに居るんだからそういう事だろ?な?ロイドには質問責め、真面目なミランダは信じそうもねぇ話だろ?」
そう言って、肩を竦めるコウスケ。
「私だって信じないわよッ!それを聞いた私が一体どんな反応すると思ってたのよッ!」
コウスケの言葉に、睨み付けて言うエルネ。
そんなエルネの勢いに、少し気圧された様に体を引いたコウスケは
「そりゃ‘へぇ~そうなんだ’ぐらいかと・・・」
そう言って苦笑いを浮かべた。
続けて
「そうか・・・エルネでも無理か・・・って事は、もう誰も無理だな」
そう呟き、落ち込んだ様に肩を落とすコウスケ。
すると
「へぇ?コウスケは私が世界一バカだと思ってたって事なのね?そうなのね?」
色の無い瞳をユラリとコウスケに向けたエルネが、静かにそう言った。
隣から冷たいものを感じたコウスケは、思わず背筋を伸ばすと
「いやそこまでは・・・190年生きてる割にはかなりバカだな?ぐらいで・・・」
と、エルネの言葉を否定した。
「へぇ、そうなんだ?でも、それって世界一とどれくらい差があるのかな?」
優しい笑顔で首を傾げるエルネ。
しかし、笑顔によって細められたエルネの目からは、依然として色の無い瞳が顔を覗かせている。
それを見て失敗を悟ったコウスケは、そんなエルネの肩にソッと手を置く。
水着姿の今、素肌を晒している肩にコウスケの手が触れた事で、僅かにエルネの瞳が揺れた。
「エルネ。この話はまた今度にしよう。そうだな?旅を再開した時に、ロイドとミランダも交えて皆で。それまでは忘れてくれ」
エルネの瞳を真っ直ぐに見詰めるコウスケ。
そんな言葉に何かが少し揺らいだ様に見えたエルネだったが
「は、話をはぐらかす気ね?そんな事させないわよッ!」
そう言って、コウスケを睨み返すエルネ。
しかしコウスケは、エルネの言葉を無視するように
「それから、さっきのエルネの波の話。エルネも深い事を考えてんだなって感心したよ」
頷きながらそう言うコウスケ。
その言葉に
「え?そ、そう?」
と、再び瞳を揺らしたエルネ。
コウスケはそんなエルネに
「ただ・・・」
と、続けた。
「ただ?」
エルネもそう返す。
そんなエルネに、やや勿体ぶったコウスケは
「ただ・・・あぁ言う話は本物の波打ち際でするモンだと思う。向こうに思いっきり壁が見えてるこの場所で、良く大自然を目の当たりにした様な顔であんな事言えるな?ここプールだぞ?」
そんな事を一息で言い切る。
コウスケの言葉に首を傾げるエルネだったが、次第に顔を赤くしていき、最後には目に怒りが宿った。
そして、怒りに体を震わせていたエルネが、その怒りを口に出そうとしたところで
「プールにはプールの役割がある。海みたいに黄昏る場所じゃないんだ。楽しむ場所だ。だからエルネも楽しめ?」
そう言って、エルネの肩に置いていた手を一度上げると再び下ろし、ポンッと肩を叩くコウスケ。
言いたい事はそれだけか?コウスケの言葉を聞いたエルネの顔にそんな文字が浮かぶ。
するとコウスケは
「だから・・・ちょっと波に揉まれて来い?」
そう言って笑うと、魔法を発動させた。
瞬間、エルネの姿が消え、波の出るプールの中央。水面より少し上に姿を現すエルネ。
「え!?」
そんな言葉の後、続いて
「キャァァ!」
と言う声が響く。
その光景に一つ頷いたコウスケは、その場を逃げる様に立ち去った。
背後からは
「コウスケェェェッ!!」
と言う、怒気を孕んだ叫び声が聞こえていた。




