案件1
それから一週間。
コウスケは、ガラルクラフトとプレーヌス、更には何故か商業都市・ビーサスを行き来して過ごしていた。
エルネとロイドは、其々ガラルクラフトとプレーヌスから動くことはなかったが、ミランダはプレーヌスへと何度か通っていた。
理由は言うまでも無い。
そうして、其々が其々に一週間を過ごした後、コウスケの元にいくつかの連絡が入った。
まずは工房・モンブラント
「オウッ!コウスケ!エルネの嬢ちゃん!出来上がったぞ」
連絡を受け、エルネを連れたコウスケが工房を訪れると、二人を見つけたモン爺がそう声を掛けてきた。
その言葉を聞き、モン爺に駆け寄るエルネ。
「出来たのねっ!見たい、見たいっ!見せてッ!」
興奮を隠せない様子のエルネは、そう言ってモン爺に詰め寄る。
「まぁそう焦らんでもえぇ。弓は逃げたりはせんからな?」
そうエルネを宥めるモン爺。
そこへ、、追い付いたコウスケが
「はしゃぎ過ぎだろ?だからガキだって言われんだよ!」
そう呆れた表情で言う。
そんなコウスケの言葉に
「私を子供扱いするのはコウスケだけじゃないっ!」
そう言い返すと頬を膨らませる。
その仕草すらもガキっぽい。そう思ったコウスケだったが、それは言わなかった。
代わりに、同情する様な眼差しでしばらくエルネを見詰め、その後切り替える様に表情を戻し
「モン爺、行こうか?」
そう言って、モン爺と並んで工房へと向かうコウスケ。
「ちょっと!何よ、今の目は?」
エルネはそう言って二人を追った。
コウスケとエルネが通されたのは、過去コウスケの短剣やエルネの細剣、ミランダの片手剣と盾を受け取った、工房の表にあるカウンターのある場所だった。
そこで二人が待っていると、モン爺がやってきた。
その後ろには、一目見て弓と分かる物を持つ別のドワーフが。
そのドワーフはカウンターの上に弓を置くと、一礼して下がって行った。
モン爺は、カウンターを挟んで二人と向かい合うと、そのカウンターをトントンッと指で叩き
「これが注文の品じゃ。確かめるとえぇ」
そう言ってエルネを見る。
その言葉に、直ぐ様弓を手にしたエルネ。
顔を近づけ良く見てみたり構えてみたりと、実に楽しそうだった。
そんなエルネの様子を、カウンターに頬杖を付きながら眺めるコウスケ。
そして、次にエルネが持つ弓に目を向ける。
モン爺が作った弓は、持ち手は木製ではあるものの、それ以外はコウスケが持ち込んだチタンで出来ている。
持ち手に近い部分は円柱状だが、先に行くにつれ平たい形状となり、見ただけで良くしなりそうだと分かる。
先端に至っては刃物かと思う程薄い。
チタンの部分が鈍い銀色をしているのが更にそう思わせる。
そんな弓を嬉しそうに振り回すエルネからモン爺に目を移したコウスケは
「どうだった?チタンは」
そうモン爺に言葉を掛けた。
モン爺は、頬杖を付き、コウスケと同じ様にエルネを眺めていたが、その言葉に目をコウスケに向ける。
そして、鼻から息をひとつ吐くと
「形を変えるのにこんなに苦労した金属は初めてじゃ」
そう吐き捨てる様に言った。
そんな言葉に苦笑いを浮かべるコウスケ。
しかし、モン爺は続ける様に
「じゃがその分、楽しくもあったがの」
そう言って、ニカリと笑う。
その言葉を聞いたコウスケは苦笑いを弛めた。
そして
「今回は面倒な事頼んで悪かったな?」
そんな事を口にする。
モン爺にとって未知の金属を使わせただけでなく、その金属の特性から調べさせる、という仕事がどれだけ面倒な仕事なのか。
それが分かっていたコウスケは、実は気にしていたようだ。
珍しく素直な言葉を発するコウスケだったが、それを聞いたモン爺は
「何じゃ今更?コウスケが持ってくる仕事はいつも面倒じゃわい。慣れとるよ」
そう言うと、鼻で笑った。
「え?いつもなの?今回の話だったんだけど・・・」
そう言って頬を掻くコウスケ。
「今回は確かに厄介じゃったが、さっきも言うたがその分楽しかったからの。年甲斐もなく徹夜までする程にな」
嬉しそうに笑ったモン爺は、そう言ってコウスケに目を向ける。
「そりゃ良かった・・・のか?」
モン爺の様子に、そう言って首を傾げるコウスケ。
そんなコウスケに
「オメェはこれからも気にせずに仕事を持ってくりゃえぇ。コウスケの仕事は厄介だが、面白いからの。おまけに他所では手に入らん珍しい酒まで付いてくるとなりゃ、ワシとしちゃあ最優先で受けたくもなるわい」
そう言って、豪快に笑うモン爺。
その言葉を聞いたコウスケは、呆れつつも納得のいった表情を見せた。
丁度その時、新品のチタン製弓を振り回すのを止め、弦を張ろうと自らの魔法鞄から取り出し、そしてある違和感に気づいたエルネが
「ねぇ、これ弦をかける所が変な位置にあるよ?」
そう、難しい顔で言った。
エルネの言葉は、本来弓の両端にあるはずの所謂‘弭’と呼ばれる弦をかける部位が見当たらない。と言うものだった。
その言葉は、モン爺を咎める様にも、コウスケに助けを求める様にも聞こえた。
エルネの言葉に、僅かに視線を交わすコウスケとモン爺。
そして
「実は、その長さじゃと弓がしなり過ぎて、弦を張った時に張りが弱くてのう。そうなると矢の威力が出んから、ワシは両端を切って短くしようと思うたんじゃが・・・丁度そこへコウスケが来ての。説明してやったら、そのままで良いと言うたからそのままにしたんじゃ。弦をかける部位は、両端よりも内に入った所に作ってあるから心配せんでえぇぞ?まぁ、その後でコウスケが弄っとったみたいじゃから、それはコウスケに聞くとえぇ」
そう、先に口を開いたモン爺。
それを聞き、エルネの視線がコウスケに向く。
エルネの視線は‘コウスケが弄っていた’と聞いたからか、疑心に満ちたものだった。
そんな視線をコウスケに向けたエルネは
「・・・変な事してないでしょうね?」
そう、低い声でコウスケに向かって言う。
しかしコウスケは
「思い付いちまったから・・・てか、そういう責める様な態度は何をしたか見てからにして欲しい。ボクはそう思いますッ!」
そう抗議の声を上げる。
しかし、完全にふざけている事が見て取れるコウスケの言葉に、エルネは表情を曇らせていた。
そんな様子のエルネに
「そんな嫌な顔すんなよ。弄ったって言っても、ちょっと魔道具の要素を取り入れてみただけだって」
そうフォローを入れるコウスケ。
エルネから離れる様に一歩退った理由は分からない。
しかし、コウスケの言動に、更に不安を募らせたのか
「早く何をしたのか言いなさいよ」
そう、静かに言うエルネ。
表情こそ曇ってはいるが、瞳には感情が籠っている様には見えず、コウスケは冷たい汗を背中に感じた。
「と、取り敢えず、魔力を流してみろ?な?大丈夫、きっとエルネも気に入るから」
そう、エルネを落ち着かせる様に両手を前に出し言うコウスケ。
コウスケの言葉に、やや間を空けた後魔力を流すエルネ。
すると、エルネが手にしている弓の両端から、魔力で出来た弦が弓の両端を繋いだ。
突然の出来事に
「エッ!?」
と、声を漏らすエルネ。
コウスケはその様子にニヤリとし、モン爺は興味深げに目を細めた。
戸惑うエルネをたっぷりとニヤケ面で眺めたコウスケは
「その弦を引いてみろ」
そう短くエルネに指示を出す。
そんなコウスケの言葉に、戸惑いながらも何度かコウスケを見たエルネは、意を決した様に魔力で出来た弦に手を伸ばした。
弦に指を触れたエルネは、指に掛かる感触があったのか、そのまま弦を引く。
すると、弦を引くにつれ、その弦の中心から魔力で出来た矢が伸び始める。
エルネが引き手を顔の横まで引いた頃には、現れた矢は実際の矢と同じ程の長さまで伸びていた。
その光景に、満足そうに頷くコウスケ。
モン爺は、興味深げな目はそのままに、顎髭に手をやり扱いている。
当のエルネは
「こ、これって・・・世界樹の弓と同じ・・・」
そう、目を見開き呟いている。
「そのまま指を離せば射てるぞ?あ!ココでは止めとけ?どうしてもっつうなら、せめて上向けろよ?」
そんな言葉をエルネに掛けるコウスケ。
しかし
「上もダメに決まっとるじゃろッ!!」
すかさずツッコむモン爺。
その言葉に
「ダメだって」
そう、残念そうにエルネへと声を掛けるコウスケ。
武器の類いを扱えないコウスケは、この魔力矢の威力を試してはいなかった。
コウスケは作った物を試さずにはいられない性分だった。
もしかすると、先程の言葉は案外本気だったのかもしれない。
しかし、当然エルネは矢を放ったりはしない。
引いていた手をゆっくりと戻すと、流していた魔力も止めたのか、魔力で出来た弦も消える。
そんなエルネに
「どうだ?余計だったか?」
そう、おどけた様に尋ねるコウスケ。
その言葉に、コウスケへと顔を向けるエルネ。
コウスケが弓を弄ったと聞いて、疑うような態度を取ったエルネが、素直に感謝の言葉を口にする筈は無い。とでも思ったのか、コウスケは悪い顔で、言い淀むエルネをどうからかってやろうか?と身構える。
しかし
「・・・ううん。嬉しい、ありがと」
素直に感謝の言葉を口にするエルネ。
一瞬、呆気にとられるコウスケ。
しかし、直ぐ様表情を引き締めると
「どうした?具合でも悪いのか?」
と、声を掛けた。
その言葉を聞く限りでは心配している様に聞こえるが、表情は先程エルネが見せた様な、疑いの表情だった。
何か裏があるかもしれない。と警戒している様にも見えた。
しかしエルネは
「何よ?私が素直にお礼言うのがそんなにおかしい?」
そう、不機嫌そうに答えるエルネ。
その様子に、裏は無いと踏んだのか
「え?マジで?・・・止めて?調子狂うから」
そう真面目な顔で返したコウスケ。
そこからは、いつもの言い合いが始まる。
そんな二人を、微笑ましげに眺めるモン爺。
まるで、孫のケンカでも眺める祖父の様な表情だ。
そして、そんな優しい表情のモン爺は
「さっさと代金払わんかいッ!」
そう言い放った。
ピタリと動きを止める二人。
ゆっくりとモン爺に顔を向けるエルネに対して、コウスケはそんなエルネから顔を背ける。
結局、モン爺の提示した金額は、エルネが貯めていた金額よりも多かった。
しかし、この街でエルネが稼いだ分を足すと何とか払う事が出来た。
コウスケと共に工房を後にしたエルネは上機嫌だった。
自らの為にコツコツと貯めた酒の数々を手放す事無く、新たな弓を手に入れる事が出来た為だ。
「今回の事で、必要な時に必要な分の金が無いと困るのが分かっただろ?」
ホクホク顔のエルネを呆れた表情で見たコウスケは、そうエルネに声を掛ける。
その言葉に、ひとつ頷いたエルネは
「うん。これからはもっと沢山依頼を受けるよ!」
そう言って、決意する様に拳を握る。
「そういう事じゃねぇだろッ!使う分を減らして、貯める分を増やせって言ってんだよッ!」
そう声を上げるコウスケ。
しかしエルネは
「え?稼ぐお金が増えれば、使えるお金も貯めるお金も増えるじゃない?それが一番良いでしょ?」
そう言うと、コウスケの言葉には納得出来ないと首を傾げる。
それを聞いたコウスケは、眉間を揉む事しか出来なかった。




