使い魔召喚
魔方陣の中央に召喚されたモノを見て驚いたコウスケは、その後崩れ落ちる様に両手両膝を地面に付いた。
「ドラゴンはどうしたッ!せめてデカめの狼とかがセオリーだろ・・・」
そう言うと、悔しさの滲む表情で地面を叩く。
そして、再度魔方陣の中央に目を向けると
「何で猫なんだッ!しかも普通サイズのッ!せめて犬だろッ?ずっと犬派だって匂わせて来たじゃねぇかッ!!」
そう言って又も地面を打つコウスケ。
使い魔を召喚するこの魔方陣でコウスケが呼び出したのは、コウスケが言った通り猫だった。
ライオンやトラの様に大きな体を持つ訳でも無く、尻尾が二本有る等という事も無い。
特徴らしい特徴といえば、体毛が見事に黒一色の黒猫だという事くらいだろう。
しかしそれは珍しい事でも無い。
コウスケが元居た世界では、不吉な生き物として昔から有名なくらいだ。
この世界ではどうなのかは分からないが、少なくとも街中の空き地で雛鳥と喧嘩をしていても、誰も見向きもしない程には一般的な生き物の筈だ。
そんな一般的な生き物を、態々魔方陣まで使って呼び出したという事実に、打ち拉がれるコウスケ。
当の呼び出された黒猫は落ち着き払った様子で、首筋を優雅に後ろ足で掻いている。
しばらくそうしていたコウスケだったが、大きくひとつ呼吸をすると立ち上がった。
「まぁ食わず嫌いは良くねぇよな?何が出てきても飼うつもりだったし・・・デカ目の生き物でもって意味だったけど」
そう自嘲気味に呟き、黒猫を見据えるコウスケ。
‘食わず嫌い’の部分で黒猫が反応した様に見えたのは、コウスケの気のせいだろう。
そうして、黒猫を飼う事を決めたコウスケだったが
「契約ってどうすればいいんだ?これには呼び出したモノと契約する魔方陣も組み込まれてるけど・・・発動する気配がねぇな?自動じゃねぇのか?」
黒猫の足元で光を失い、ただの落書きと化している魔方陣を見詰め首を傾げる。
すると、そんな首を傾げているコウスケの耳に
「手を付け」
そんな声が聞こえた。
思わず辺りを見渡すコウスケ。
しかし、周りには短い草、聳える城壁、そして、コウスケと黒猫。
そんな物しか見当たらない。
何処かに誰か隠れているのかと、再度首を振るコウスケ。
そんなコウスケの耳に
「貴様ワシを馬鹿にしておるのか?契約する気が無いのなら、ワシは帰らせてもらうぞ?」
そんな声が、正面から聞こえた。
今コウスケの正面に居るのは、呼び出した黒猫のみ。
左右に振っていた首を、ゆっくりと正面に向けたコウスケは、こちらを見詰める黒猫に視線を合わせると
「・・・そう来たか」
そう呟いた。
一方の黒猫は、目は合っているものの一行に動く気配を見せないコウスケに、苛立つように長い尾を一度地面に打ち付け
「早く決めんか!この状態では、魔力はこっち持ちなんじゃぞ?ワシに魔力を無駄遣いさせよって」
と、文句を言っている。
それを聞いたコウスケは
「え?そうなの?」
と、ようやく会話に応じる。
返事らしい返事が返って来た事に、僅かに落ち着きを取り戻した黒猫は
「そんな事も知らんで呼び出したのか?全く・・・契約すれば契約相手の魔力でこちらに存在する事が出来るが、初めて呼び出された時は自前の魔力じゃ」
そう、得意気に説明した。
しかし、それを聞いたコウスケは納得のいかない様な表情で
「いやでも、この魔方陣を発動させたのは俺の魔力だろ?それって俺の魔力でお前がここに居る。って事なんじゃねぇの?」
そう返した。
「確かにワシを呼び出したのは貴様の魔力じゃ。しかしそれは、あくまでワシを出現させる為の魔力。こちらでワシの存在を維持する為の魔力ではない・・・って違うッ!契約するのかしないのか決めろと言っとるのだ!何を悠長に質問なんぞしとる!」
まるで学校の教師の様に、コウスケの質問に丁寧に答えていた黒猫だったが、本題を思い出したのか、そう声を上げる。
「いや答えるから・・・」
そんな黒猫に呆れたように返すコウスケ。
「何じゃ?ワシが悪いと言うのか?そんな事も知らん貴様が悪いんじゃ。フンッ!気分が悪い。ワシは帰るッ!」
そう言うと、クルリとコウスケに背を向ける黒猫。
「分かった、分かったから。俺が悪かった。契約するから、な?」
黒猫の言葉に、焦った様にそう言って引き留めるコウスケ。
その言葉に、肩越しに振り返った黒猫は
「ならさっさとしろッ!」
そう言い放つ。
顔を引き締めたコウスケは、ひとつ頷くと
「・・・で、どうすれば良いんだっけ?」
そう黒猫の背中に尋ねた。
すると、黒猫はコウスケに向けた尾を左右に大きく揺らし、左右の地面を音が鳴る程叩く。
今度は体ごと振り向いた黒猫は
「余計な話ばかりで、ワシの話を聞いとらんからじゃッ!!」
そう怒りを爆発させる。
予想外の出来事に肩を竦めるコウスケ。
犬派のコウスケは、黒猫の尾の動きを見て、機嫌が良いと勘違いをし表情を弛めていたのだ。
そんなコウスケを、鋭い視線で見上げた黒猫は
「手を付け。最初にそう言った筈じゃ!陣に魔力を流せ!」
そう、強めの口調で言った。
「あぁ!鳴る程。もう一回魔方陣を発動させるのか?」
納得した様にそう言ったコウスケは、そのまま腰を屈める。
「そうじゃ。貴様は少し頭が高いからな?両手をついて、ワシに頭を垂れるがいい」
黒猫の言葉に従い両手両膝を地面に付けようと動くコウスケ。
そんなコウスケに、胸を張り、確りと脚を伸ばし大地に立つ黒猫が得意気に言った。
正に仁王立ちと言った様子だ。四足ではあるが。
しかし、その言葉を聞いたコウスケは、途中まで屈めていた体をピタリと止めると、地面に付く為に突き出していた手を引き、体を起こす。
「どうした?止めるか?ワシはそれでも良いぞ?」
体を起こしたコウスケを見た黒猫は、そう言うと猫の顔で器用にニヤリと笑う。
「いや・・・何か今のカチンと来た」
不機嫌さを隠す事無くそう言ったコウスケは、これ見よがしに黒猫を見下ろす。
しかし黒猫は
「何じゃ?一丁前に腹を立てたのか?じゃがどうするんじゃ?そのままでは契約は出来んぞ?意地を張らんと・・・ホレ、ホレッ!」
ニヤケを深めた黒猫は挑発するようにそう言うと、今度は尾を器用に動かし、コウスケに手を付く様に促す。
そんな黒猫をしばらく見下ろしていたコウスケは、何かを思い付いた様で、黒猫を真似る様に口元をニヤリと歪めた。
そんなコウスケを見上げていた黒猫は
「な、何じゃ、その気味の悪い顔は?」
自分の事を棚に上げてそう言うと、一歩後退る。
そんな黒猫の様子を満足げに眺めたコウスケは、徐に左足の靴を脱ぎ始めた。
続いて靴下も脱ぐと、完全に裸足になる。
そして、その裸足になった左足を魔方陣に乗せると、目を閉じ僅かに眉を寄せた。
すると、魔方陣に魔力を流した時と同じ様に光が広がっていった。
それを確認したコウスケは、口元を歪めた表情へと戻すと、黒猫へと見せ付ける様にその顔を近付けた。
「チッ・・・無駄に器用なヤツめッ!!」
黒猫は悔しさを隠そうともせずにひとつ舌打ちをすると、そう言って顔を背ける。
しかしコウスケは、顔を背ける黒猫の顔を追う様に回り込み、自らの顔を見せ付け続けた。
しばらくして。
「しつこいわッ!!何時までやるつもりじゃッ!とっくに契約も終わっとる!」
回り込み続けるコウスケに嫌気が差した黒猫は、遂に我慢が出来ずに声を上げた。
黒猫の言葉に動きを止めたコウスケは、足元の魔方陣を見渡し
「ホントだ、気付かなかった。光も収まってる」
今気づいた様にそう言った。
コウスケが動きを止めた事で、地獄の様な嫌がらせから解放された黒猫は、その場で崩れ落ちる様に手足を投げ出し横になった。
「貴様、どこかイカれておるぞ?ワシの様な可愛らしい猫相手に、あれ程執拗に嫌がらせをしてくるとは・・・」
そう言う黒猫。
もう動く気力も無いのか、あれ程黒猫の心情を表す様に動いていた尾も、力無く地面へと横たわっている。
「流石に普通の猫にここまではしねぇよ?お前が話せる猫だからこそだろ?言葉が分かれば、冗談も分かる。そうだろ?」
さも当たり前の様にそう言うコウスケ。
「いや。絶対に貴様はイカれとる!間違いない」
確信した様に黒猫は言った。
黒猫のそんな言葉を聞いたコウスケは、何故か少し愉快そうに笑った後、横たわる黒猫の横に腰を下ろす。
「まぁこれから長い付き合いになりそうだし、慣れるしかねぇぞ?」
そう言うと、黒猫に目を向けるコウスケ。
「ワシは今、恐怖しか感じておらん・・・」
そう言うと、死んだ魚の様な目をする黒猫。
「まぁそれも含めて慣れてかねぇとな?・・・あっ!そうだ!お前名前とかあんのか?俺はコウスケってんだけど」
思い出した様に名乗るコウスケ。
黒猫はそんなコウスケに目だけを向けると
「契約した使い魔は、契約者に名を付けられるものじゃ。それも知らんかったんか?」
体を動かす気力が無い黒猫は、器用に声だけで呆れを表現した。
しかしコウスケは、そんな黒猫の呆れなど気にする事無く
「名前かぁ~武蔵は向こうに居るしなぁ・・・あっ、じゃあ武蔵と言えば・・・いや、その前にひとつ聞いて良いか?」
名前を選んでいたコウスケだったが、それを中断すると黒猫にそう問いかけた。
興味が無いのか黒猫は気だるげな様子で
「何じゃ?」
と、短く答える。
そんなやる気の無い黒猫を見たコウスケは
「疲れてるみてぇだから、自分で確認するわ」
気遣いなのか、そう言った。
コウスケの言葉を聞いた黒猫は、答えなくても良い。と受け取ったのか、言葉を返す事無く目を閉じた。
休む構えだ。
しかし、そんな休憩に入ろうとしている黒猫に手を伸ばすコウスケ。
前足の両脇に手を入れると、体をぶら下げる様に持ち上げ、黒猫の腹側を確認している様だ。
休憩中の突然の出来事に
「な、何じゃ!?いきなり何をするッ!」
そう慌てる黒猫。
しかしコウスケは構う事無く
「うん。オスだな」
そう言って頷くと黒猫を下ろした。
「それくらい態々確認せんでも分かるじゃろッ!せめて聞けッ!!」
ご立腹の様子の黒猫。
しかしコウスケは
「いや万が一って事もあるだろ?オスの名前付けてメスだったら気まずいじゃん?」
そう軽く返す。
そして、まだ何か言いたそうな黒猫を手で制すと
「性別も確認出来たし、今日からお前は小次郎だ!分かったか?小次郎?」
そう問い掛けた。
手で制されていた黒猫は、それを聞くと
「コジロー?何とも不思議な響きの名じゃのう・・・まぁ良いか?」
そう呟いた。
そして、新たな名を覚える様に何度も呟く小次郎。
そんな小次郎に
「どうだ?気に入ったか?」
そう尋ねるコウスケ。
すると小次郎は
「フン。仕方無いから呼ばれてやるわい」
そう答え、顔を逸らす。
それを聞いたコウスケは僅かにニヤついた後、ひとつ膝を打ち立ち上がる。
そして
「よし!じゃあ帰るか?」
そう小次郎に言った。
コウスケを見上げた小次郎は
「そうか。ならばワシも帰るとしよう。必要な時は呼ぶが良いぞ」
そう言って、コウスケと同じ様に立ち上がった。
しかしコウスケは
「え?帰んの?俺の宿に一緒に帰ろうぜ?一緒に旅してる仲間にも紹介したいし・・・ってか帰る必要あんの?」
そう言って首を傾げるコウスケ。
「貴様は何を言っておる?そもそも使い魔とは・・・」
そう呆れた様に話始める小次郎だったが
「あぁ、そういうのは後から聞くから。取り敢えず帰ろう!」
コウスケはそう言うと、話の途中だった小次郎を抱き上げると歩き始める。
「ちょ、な、何をする!?話を聞けッ!」
そう言って、コウスケの腕の中で暴れる小次郎。
「だから後で聞くって!ちょ、暴れんなって!!」
こうして、言い争いをしながらも、城門を抜け、宿へと帰るコウスケと小次郎。
そんな調子で言い争いながら、宿も近くなった道すがら
「つか小次郎、何で喋れんの?」
「・・・貴様、今更じゃな?」
そんなやり取りに、力が抜ける小次郎。
いつの間にか、小次郎はコウスケの肩の上に腰を下ろしている。
「貴様は少し頭が高いからな。これで我慢してやろう」
そう言った小次郎が、肩の上を定位置と定めたのだった。
「俺の方がデケぇんだから、頭が高いのは仕方ねぇだろ?」
コウスケのそんな言葉に、小次郎は真横からコウスケの頬にネコパンチを見舞っていた。
ともあれこの日、コウスケ一行に新たな仲間が加わったのだった。




