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最終話

 物語の便宜上、地球を舞台に実験を行っている彼ら、宇宙人たちをとりあえず太陽系派遣部隊と呼ぶことにします。

 ハーブの言った通り、太陽系派遣部隊は全部で20隻+実験船の部隊でした。

 部隊長の下に数人の副隊長がおり、部隊長は副隊長の一人と、艦隊の中でもひときわ大きな司令船に乗っていました。

 2回目の実験の準備もほぼ終わり、あと少しで帰任できると少し気が緩み始めていたところへ、部隊長の下に、緊急連絡が届きました。司令船のエンジンが暴走しているというのです。原因は不明。しかも爆発寸前と判り、船内はパニックです。

 その時、ふと宇宙人の一人が船外を見ました。

「ぶ、部隊長!」

 金切り声を上げて、彼(と言っても差し支えありません。彼らの性も地球人と同じく二種類です)は部隊長を呼びました。

「何事か!」

「そ、外に!」

 部隊長は部下の指さす先を、窓の外を見て、ぎょっと身体を強張らせました。そこに、黒い身体をした巨大な生物が、ディーが浮かんでいたのです。

「な、な、な」

 驚きのあまり言葉も出ません。

「全艦に連絡!敵襲!」

 叫んだのは副隊長です。直ちに連絡が他の艦に飛びました。しかし、司令船を守るには遅すぎました。

 司令船は、エンジンが爆発して粉々に砕け散ってしまいました。


 太陽系派遣部隊はなかなかに優秀でした。

 ハーブとディーはもっと簡単に片付けられると考えていましたが、艦隊からの激しい反撃を受けました。スピードは相手の方が上です。なぞのビーム兵器や追尾型のミサイル。それらを躱し、誤爆させるのはなかなか大変な作業でした。

 基本はディーが囮になり、レーダーやそれに類する機器に引っ掛かり難いと推測されるハーブがこっそりと敵艦に近づき、エンジンを暴走させるという段取りです。

 四隻目をようやく沈めた時、ハーブは偶然、小型の円盤が地球目指して飛んで行くのを見ました。

 ハーブは知りませんでしたが、それは、地球になぞの光線を放ち、海と陸をひっくり返した実験船でした。


「おのれ、おのれ、下等生物どもめ。目にもの見せてくれるぞ」

 実験船の中で、軍人は唸っていました。

 2回目の実験の準備は既に終わっています。後は、所定の位置から光線を発射するのみです。

 実験船は艦隊を離れ、ひたすら地球を目指しました。

 そして月軌道の内側に入り、地球から2万キロほど離れた宇宙空間で静止しました。今回は、ここからの照射です。

 上官の承認を得るつもりはまったくありません。

「準備よし!」

 科学者が叫び、軍人がボタンに指をかけた時、ハーブが実験船に追いつきました。ハーブは地球と実験船の間に滑り込み、軍人がポチッとボタンを押しました。

 実験船から放たれた細い光線がハーブと地球を貫き、貫いたと思った時には、ハーブも地球も、跡形もなく消えていました。


 その頃、小太郎は人魚の集落で宇宙の戦いの様子を伺っていました。葉巻を5本も咥えて力を強め、ハーブの意識に同調していたのです。

 そのハーブとの同調が、突然、プツンと切れました。

「えっ」

 小太郎は思わず小さく声を上げていました。

 彼のすぐ側では、キャンが暢気に鼻歌を歌っています。

 キャンもまた、小太郎を通してハーブと同調していたはずです。

「キャ、キャン。い、今、ハーブが」

 小太郎は震える声で言いました。

 キャンが小首を傾げて彼を見返します。全くクセのない金色の髪が、彼女の白い肌の上で揺れていました。

「ハーブがどうかした?」

「い、いや。お前も、今……」

 ショックのあまりおかしくなっちまったかと心配する小太郎に、キャンは、くすくすと笑って見せました。

 そして、大きく手を開き、彼女はこう言ったのです。

「ハーブなら、ここに。ここにいるよ?」

 と。


 実験船の中では軍人が大笑いしていました。

 彼らの実験とは、力の働きを逆転させること。そしてその最終形は、正の物質を負の物質に変換し、残った正の物質と対消滅させ、一瞬のうちに星を消してしまうこと。

 つまり、反物質化砲です。

 地球は完全に消え去りました。

 実験は大成功と、軍人は確信したのです。

 しかし。

「そんな馬鹿な」

 科学者が言います。

「エネルギーも何も残らないなんて、そんなはずはない」

「どうした!」

 軍人が怒鳴ります。

「結果が予想と異なっています」

「光線が当たった、それは間違いないのですが、こんな風に消えるはずがない」

「当船の背後に大質量の物体があります!」

 パイロットが叫びます。

「なに!」

 軍人の命令を待つことなく、パイロットは実験船を旋回させ、そこに彼らは信じられないものを見ました。

 今し方、消し去ったはずの惑星--地球です。地球が、彼らの背後に回りこんでいたのです。

「……ば、ばかな。惑星が軌道を離れて、勝手に動いたとでも……?」

「左側からも大質量の物体が接近中!」

 再びパイロットが叫びます。

 軍人は窓に走り寄り、地球の衛星が、月が、猛スピードで迫ってくるのを見ました。

「避けれま……!」

 パイロットは最後まで叫ぶことは出来ませんでした。

 実験船は月に殴りつけられるように、その表面で砕け散りました。


 太陽系派遣部隊は、全艦がパニックに陥っていました。

 巨大生物どころではありません。惑星が、衛星が、軌道を離れて彼らを襲ってきたのです。巨大ガス惑星--木星が突然現れ、その重力で艦船を捕らえ、そこに、重力と遠心力を調整して振り回された幾つもの衛星が突っ込んできました。

 火星と木星の間にあるはずの小惑星が踊るように艦船を襲い、太陽系から逃げ出そうとした艦船もカイパーベルトで粉砕されました。

「なんだこれは。なんだこれは」

 そう呟いたのは、司令船に次ぐ艦船に乗っていた副隊長の一人です。

 彼はパニックになりながらも懸命に他の艦や天体の位置を調べさせ、うまく太陽系の軌道面とは垂直方向に、残った艦船を脱出させることに成功しました。

「至急、艦隊総司令部に連絡!我らは未知の敵の襲撃を受けている!至急救援を請う!至急、救援を請うと!」

「副隊長ぉ!」

 パイロットが叫びます。

 副隊長は正面に視線を戻し、そこに、恒星が姿を現すのを見ました。たった今、後にしたばかりの太陽系の主星です。

「う、うわー!」

 太陽から巨大なプロミネンスが噴出し、艦隊は一艦も残すことなく、飲み込まれてしまいました。


 太陽系派遣部隊の救援要請は辛うじて艦隊総司令部に届きました。

 艦隊総司令部は直ちに何百隻もの救援部隊を派遣しました。しかし、到着した先で救援部隊が発見できたのは、太陽系派遣部隊の残骸だけでした。

 そこにあるはずの恒星も惑星も、オールトの雲の欠片さえ、どこにも見つけることはできませんでした。



 どことも知れぬ宇宙の片隅に、地球はありました。

 太陽も月も元の場所に収まり、いつもの軌道を静かに進んでいます。

 キャンは人魚の集落で一人まどろんでいました。

 ハーブの姿はありません。

 しかしハーブは、彼女を包む空気や土、全ての中にいて、静かに彼女と、彼女のお腹の子供を見守っていました。

 いつまでも。

 いつまでも。

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