第六話
ディーと、クジラは名乗りました。
「宇宙人、というのはホントかね」
そう尋ねたのは、いつもダンディーな艦長です。
「信じられないとは思うが、ホントだ」
宙に浮いたままディーがテレパシーで答えます。テレパシーなのに何故か、ディーの声は野太く、重々しく聞こえました。
夜はとっくに明けています。
集落の外で、彼らは車座になって話し合っているところでした。
参加しているのはディーと艦長、それにハーブです。
「いや。こんな状況だ。信じられないことなんか、ひとつもない。UFOの目撃情報もあるしな。しかし、証拠が欲しい、というところだ」
「証拠、というのは難しいな。ただ、見てきたんだ」
「どうやってかね」
「もちろん、宇宙に行ってだ」
「おいおい」
ハーブが口を挟みます。
「宇宙って、お前。どうやって行くんだよ。それにさ、宇宙はとんでもなく寒いし、空気も何もないんだぞ」
「知ってる。実際に行ったからな。しかしな、ハーブ。お前も行くんだ、宇宙に。お前はオレよりもはるかに力が強い。お前とオレの二人で宇宙に行って、宇宙人どもをやっつけるんだ」
「無茶を言うなよ、ディー」
ハーブは呆れたように言いました。
しかし、ディーは決して無茶や冗談を言っている訳ではありませんでした。
ただし、すぐには無理で、少々、訓練が必要でした。
「確率を変えるんだ」
ディーはそう言いました。彼の前には、ハーブが憮然として立っています。集落から少し離れた荒地でのことです。
「そんなこと言われてもなぁ。もっと具体的に教えてくれよ」
「ハーブ、お前、自分がどうやって手を動かしているか、説明できるか?」
「……出来ないな」
しばらく考えて、ハーブはそう答えました。少しだけ、ディーが言わんとすることが理解できました。
「お前はもう確率を変えているんだ。オレと戦ったろ。アレがそうだ」
そう言ってディーは、ハーブの前に置いた岩を示しました。
「その岩は動かないよな。しかし、重力に引っ張られている。重力も実は確率だ。アインシュタインは、神はサイコロを振らないと言ったが、ホントは振るんだ。物体は常に確率の高い状態に移ろうとする。いや、確率の高いほうに収束する、と言った方がいいかも知れない。それが重力の正体だ」
「重力と超能力がどう関係するんだよ」
「超能力という言い方は、それはそれで正しい。しかし、同時に間違ってもいる。
生命は元々、確率を変えられる存在なんだ。生きるというのは、確率を変え続けるということと同じ意味なんだよ。自分が存在する確率、生存確率をより高める方向にな。
判るか?ハーブ。
お前やオレが使っている力は、実は、普段の生命活動の延長線上にあるんだ」
「ホントかよ」
「観測者問題って知ってるか?ハーブ」
「どっかで聞いた、かなぁ……」
「自分の確率を、生存確率を変えられるのが生命だと仮定してみな。現在の確率を変えられるのが生物だと。
人間はそのことを見逃している。ヒトが特別な存在だと自負していながら、建前ではそれを認めようとしないからな。だから理解できないんだ。
観測することで結果が変わるなんて、むしろ自明の理さ」
「そういうものかなぁ」
「実際にやって見せた方が早いだろう。
ちょっとその岩の存在確率を変えるぞ。下に存在する確率より、お前から見て、左に存在する確率を上げてやると」
岩が左に動きました。
そのまま左へと左へと動いていきます。
いや、動くというより、不思議な感じですが、左に落ちている、という感じをハーブは受けました。
「どうだ?」
見えないほど遠くで岩が止まります。ディーが存在確率を元に戻したのでしょう。ハーブは、ディーが行った何かを、感じられた気がしました。
「なんとなくだけど、判った気がする」
「だろうな。お前は、もうそれをやっているのだから」
「それにしても、ディー。なんでお前、アインシュタインや観測者問題なんか知ってんの?コタもそうだったけど、海生哺乳類、いんにゃ、鯨類の間では、物理を勉強するのが流行ってんの?」
「常識だ。オレたちの間ではな」
「コタと同じことを、言うんじゃないの」
「宇宙を飛ぶのも同じだ。自分の存在確率と生存確率を上げるんだ」
「簡単に言うなあ」
とりあえずは実戦が第一です。しかし、ハーブが実戦に臨むとなると、ちょっと面倒でした。それはつまり、毎日頭を殴られるということでしたから。
1日目。ゴチン。
ハーブは空に浮かぶことに成功しました。
2日目。ゴチン。
ハーブは空を自由に飛べるようになりました。
3日目。ゴチン。
ハーブは高度2万メートルまで飛んでみました。不思議なことに息苦しくも寒くもありませんでした。
「なあ。オレらのこの力って、やっぱり宇宙人の仕業なのかな」
訓練の間に、ハーブはディーに尋ねてみました。
「多分な。空から光が落ちて来た、あの辺りにオレもいたんだ。あの光が宇宙人の仕業なのは間違いないから、やっぱりそうなんだろうな」
「ヤツラの狙いって何なんだろうな。オレたちを超能力者にすることなんかじゃない気がするけど」
「そうだな。ホントのところは判らないが、副作用といったところじゃないか」
「副作用か。なるほど。それは納得できるなぁ」
4日目。ゴチン。
ハーブは調子に乗って高度1万キロの宇宙空間まで出てみました。やはり、息苦しくも寒くもありません。地球に戻る際も、熱いお風呂につかる時のようにそろりそろりと大気圏を降りていくと、摩擦熱の心配も杞憂に終わりました。
5日目。ゴチン。
頭がいい加減フラフラしてきましたので、ハーブは思い切ってディーと少し遠出をしてみることにしました。
「艦長。確認してきました。確かに宇宙人ですね」
ダンディーな艦長はハーブの報告より、彼が手にしているものの方が気になりました。ハーブは星条旗を肩に担いでいたのです。
「若者。ちょっと訊きたいんだが、それはどこから持ってきたのかね」
「証拠が要るって言ってたでしょう?ですからちょっと」
「まさか、とは思うが」
艦長は夜空を、そこに浮かんだ月を、恐る恐る指さしました。
「ええ」
屈託なくハーブは頷きました。
艦長は若者の無知と無謀さに、思わず大きく頭を振りました。
「証拠を持って来てくれたのはいいんだけどね。できれば返して来て貰えないかな」
「うーん。せっかく持ってきたんだけどなぁ」
「それと、アームストロング船長の足跡とか、消したりしていないだろうね。あれは人類にとって大きな一歩、貴重な遺産なのだから」
「足跡……」
「なぜ、目を逸らすのかね?」
「いやいや。大丈夫です。何も踏んだりしていませんから」
艦長は諦めたように大きな溜息を落としました。
「で、宇宙人だと確認できたんだね」
気を取り直して艦長は訊きました。
「ええ。外見的にはむちゃくちゃ醜いヤツラです。ヤツラの目的は、地球の侵略でさえありません。こっそり心を読むと、ヤツラはどうやら、オレらに断りもなく、この地球で何かの実験をしているようです」
「実験。すると、今の状況は実験の結果という訳か?」
「ええ。ヤツラ、しかもまだ何かやるつもりですよ。次は何が起こることやら」
「だからその前に、こちらから仕掛けるべきだろう」
そう言ったのは、ディーです。
「……異論はないよ。ただ、どう仕掛けると言うんだね」
「オレとハーブの二人でヤツラの宇宙船を破壊する。二人だけで充分だろう」
「どうやって?」
「ヤツラのエンジンを狙う。作動原理は判らないが、外から確率を操作して暴走させる。そうすれば、一発でドカンッだ」
「今、地球の近くにいるのは20隻程度ですから、なんとかなると思いますよ」
「作動原理が判らなくてもかね?」
「ええ。必要なのは現在の確率で、現在とは異なる方向へ、エネルギーの確率を大きく外すんです。そうすれば」
「ドカン」
「判った。君たちを信じよう。我々は何をすればいい?」
「ここに攻め込まれることはないでしょうし、攻め込まれたら終わりでしょうが、とりあえずここを守っててください。キャンとオレの子供を」
艦長は温かな笑みを浮かべて頷きました。
「了解したよ、若者。後は任せたまえ」