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第四話

 可愛い人魚の少女は、キャンと名乗りました。

 ただし、彼女はどうやら口がきけないらしく、そう教えてくれたのは小太郎です。小太郎とは違い、キャンはテレパシーが使えるものの、ハーブとは話せないようでした。しかしなぜか、小太郎とキャンはテレパシーが通じるのです。

「彼女らの集落があるんだってさ。勇者様に助けて欲しいって言ってるんだけど、どうする、ハーブ?」

「勇者って、オレのこと?」

「助けただろ、彼女を」

「集落って、やっぱり人魚のだよなぁ」

「ま、そうだろうね」

「助けて欲しいってどういうこと?」

「さっきみたいなサメやチョーチンアンコウの群れに集落が襲われているんだと。それで助けが必要だって」

 キャンは懇願するように胸の前で両手を組み合わせてハーブを見ています。その手の下には金髪があり、その金髪の下は何も着ていないムフフです。

「仕方がない。ここで断るのは男が廃る」

 ということで、キャンを小太郎の背中に乗せて、キャンの案内で人魚の集落に向かうことになりました。

「オレも行くよ」

 と、小太郎があっさり言ったのが、いささか意外ではありました。

 小太郎は小太郎で、生き延びるにはハーブについて行った方がいいと判断したのです。ただし、ハーブをいい気にさせたくなかったので彼はあえて口にはしませんでした。

 出発する前に、キャンがこれをと差し出したのは、彼女の集落に代々伝わるという一振りの長剣でした。

「オリハルコン製だってさ。勇者の剣だって」

「おお」

 ハーブは期待して長剣を抜いてみました。しかし残念ながら、普通の剣です。もっともずっと海の中にあったはずなのにまったく錆びていないのは、流石伝説のオリハルコン製と思えるところではありました。

 ハーブは恥ずかしいので、小さな小さな声で「オーリー*ールコーン」と囁いてみました。

「短剣じゃないとムリか」

 ため息混じりに呟いて、ハーブは長剣を鞘に収めました。


「ここまでどうやって来たの?」

 ハーブの問いに、小太郎の通訳を介してキャンは、集落を救ってくれる勇者を探してイルカに乗って来た、と答えてくれました。勇者は北の方角にいると、人魚の長が予言をしたというのです。

 彼女を乗せて来てくれたイルカは、かわいそうにサメの餌食になったとのことでした。

「予言とは、ズイブン非科学的だなぁ」

「今更言うか、そんなこと」

「ま、そうだよな」

 途中で2泊しました。

 食料は、かつての海底にひっくり返っていた船から調達しました。貨物船、タンカー、豪華客船。様々な船が海底に座礁していました。残念ながら、生きている人間に出会うことはできませんでした。

 1泊目、ハーブは眠ることができませんでした。無防備に眠っているキャンのムフフなムフフが気になって仕方がなかったのです。遂に彼はむくりと置き上がり、キャンにこっそりと近づきました。

 とても勇者のすることではありません。

 そーっとキャンのムフフに手を伸ばし。

「う、うーん」

 キャンが寝返りを打ち、ハーブはその場から飛び離れました。そしてそ知らぬ顔をしてキャンから目を逸らします。

 誰かが、もちろん小太郎が、ため息をついたような気がしました。

「チェッ」

 と舌打ちして、ハーブはふて寝することにしました。


 そんなこんなをしながら、ハーブたちはキャンの集落の近くまで辿り着きました。

 襲撃は、突然行われました。

「この先だってさ」

 小太郎がそう言った時、体長5mほどのホオジロザメが、岩陰からいきなり彼らに躍り掛かって来たのです。

「わっ!」

 ハーブは咄嗟に伏せ、キャンは小太郎の背びれにしがみつき、小太郎は身体を斜めに落として、ヤスリのようなサメの歯をすんでのところで躱しました。

 小太郎が「あっ!」と言うのが聞こえ、ハーブが見ると、小太郎は地面に転がってジタバタしています。

 キャンは小太郎のすぐ側に投げ出されていたものの怪我をしている様子はなく、既に半身を起こしていました。キャンのムフフが金髪越しにちらりと見えて、思わずハーブは瞠目しましたが、それどころじゃないと、慌てて小太郎に目を戻しました。

「馬鹿、早く起きろ、コタ!」

 ハーブは叫びました。

 サメはゆっくりと旋回して、再び彼らの正面に陣取りました。しかも更に2匹、両側の岩陰から滑るように別のサメが現れました。

 全部で三匹です。

「コタ!何してんだ!」

 小太郎は応えません。

 ただ、ジタバタするだけです。

 キャンが何かを探すかのように辺りを見回しています。小太郎の葉巻が、彼女の背後に落ちていました。両手を使って体を引き摺り、キャンは葉巻を拾うと、同じ様に体を引き摺って、それを小太郎に咥えさせました。

 小太郎がフーと紫煙を吐き、身体を立て直して少しだけ浮かせました。

 キャンが彼の背中に急いで這い上がります。

「コタ、お前……」

 その様子を見ながら、ハーブは呟きました。

「あー。助かった」

 小太郎がキャンを背中に、ぷかぷかとハーブの隣に漂ってきます。

「そうか、葉巻がないと……。ま、それは後回し。助かったって言うのは、まだちょっと早そうだぞ、コタ」

「そうだな。じゃあ、ちゃっちゃと片付けてくれよ、ハーブ。前みたくさ」

 さっきまでジタバタしていたとは思えない落ち着いた声で小太郎が言います。キャンも期待を込めた目でハーブを見ています。

「よーし。任せとけ」

 ハーブはそう言うと、右拳を固め、前の時のようにサメに向けて思いっきり振り抜きました。しかし、スカッと何の手応えもありません。

「あれ?」

 サメたちは宙に浮かんだまま、何事かと怪しむようにハーブの様子を窺っています。

 ハーブはもう一度拳を固め、やっ!と声を上げて拳を振り抜きました。やはり拳はむなしく空を切るのみです。

「な、なんでだぁ!」

「やっぱりな」

 小太郎がまったく驚く様子もなく言いました。

「何がやっぱりなんだ。絶体絶命だぞ!」

「オレの葉巻と同じなんだよ。きっかけが必要なんだ」

「きっかけ?」

「ああ。やってやれ。キャン」

「やってやれって何を……」

 ハーブが振り返ると、何処に隠していたのか、キャンが棍棒を両手に握って、大きく振りかぶっていました。必死なのでしょう、固く目をつぶっています。

 こんな表情も可愛くて、いじらしくていいなぁと、ハーブは自分の胸がきゅんとするのを感じました。思わず口元が緩みます。

 ゴチン。

 ハーブの目の前で青い星が飛びました。


 サメたちはハーブたちの様子を慎重に窺っていました。

 さほど知能は高くありませんでしたが、人魚がここまで帰って来たということは、仲間を倒して来たのだと判っていたのです。

 しかし、何故だか人魚がヒトを殴り、どうなってるんだと思っていると、フラフラしながらヒトが彼らに近づいて来ました。

 そしてさっきと同じように拳を固めると。

 まず、右側の仲間が粉砕されました。

 すぐに左側の仲間も粉砕されました。

 真ん中のサメは危険を察知し、身体を躱しました。よく判らない何かが身体を掠めて過ぎるのを、サメは感じました。岩陰に逃れ、大きく迂回して、サメは上から、ガッと口を開いてヒトに襲い掛かりました。

 しかしヒトは、そこにはいませんでした。

 サメは自分の上に、ヒトの気配を感じました。

 ハーブの手にしたオリハルコン製の長剣が一閃し、サメは何もできないまま、頭を切り落とされました。


 どうっと音をたててサメの身体が地面に落ち、先に着地していたハーブは、どうだと言わんばかりに両腕を振り上げました。

 誰かに呼ばれたような気がして振り返ると、小太郎の背中からキャンが両手を広げて彼に抱きつこうとしているところでした。キャンの裸の胸が押し付けられ、彼女を傷つけないよう長剣を咄嗟に投げ捨て、ハーブは彼女を受け止めて倒れました。

 キャンが大きな目で彼を見つめ、感極まったかのようにピンク色の唇を彼の唇に重ねました。ハーブももちろん大歓迎です。

「あーあ」

 と小太郎が呟くのが聞こえましたが、ハーブは何も気にしませんでした。

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