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第三話

「そもそもなんで海底の方が低くて大陸の方が高くなってるのか、判るか?」

 大平原を目指して山を下るハーブの近くに浮いたまま、小太郎は尋ねました。

「さあ。考えたことないなぁ」

「地殻は海底の方が薄いんだぜ。大陸の方が厚くてさ。厚い、つまり、大陸の方がより重いってことだよな?だったらなんで大陸の方がマントルに深く沈みこまないんだ?」

「それは、あれだろ、なんだっけ。ア、アイ、えーと」

「アイソスタシー。地殻均衡だよ。お前、人間のクセに知らないの?」

「ほっとけ。とにかく、そのアイソスタシーのハタラキだろ?」

「だから、そのハタラキが逆転したってことじゃね?オレはそう思ってるけど。そもそもアイソスタシーだって、ひとつの説だろ?新しい状況が見出されたら考え方を改めなくっちゃ。

 それが科学ってもんだろ?

 例えば、自然界の4つの基本的な力についても、重力はホントは基本的な力じゃないって仮設が出てきているよな。ヴァーリンデの重力仮説ってヤツ」

「お前、何でそんな言葉知ってんの?」

「常識だよ、オレたちイルカの間では」

「ホントかよ」

 嘘くせーと思いながら、ハーブはずんずん山を下っていきました。小太郎の言う通り、海と陸がひっくり返ったとはとても信じられません。

 しかし、何か異常が起こっていることだけは確かです。

「ん?」

 だいぶ山を下って、平原まであと少しというところまで来て、不意に小太郎が声を上げました。

「どうした、コタ」

「あれ、人間が襲われてるんじゃね?」

 小太郎の視線を追って、ハーブは確かに彼の言う通り、誰かが襲われていることに気がつきました。陽光に長い金髪が輝いているのが見えます。

 そして襲っているのは、サメ、でした。

 ただし、普通のサメではありません。小太郎と同じように、空を飛ぶサメです。

「ありゃあホオジロザメだな。凶悪な連中だぜ。ハーブ、近寄らない方が身のため……」

 小太郎がそう言った時には、ハーブは駆け出していました。人道的な考えからではありません。襲われていたのが、どうやら妙齢の女性、と見えたからです。


「オレが空を飛べるようにさ、お前にも何か力があるんじゃないかと思うぞ」

 小太郎は、少し前にハーブにそう言いました。

「心当たり、ないか?」

「ある」

 ハーブは即答しました。

 やけくそ気味に叩いただけで空高く消えた大深度有人潜水調査船のハッチです。

「もしかすると、オレ、スゴイ怪力になっているのかも」

「なるほど」

 小太郎は納得したように頷きました。


 ハーブが今、走っているのは、自分が怪力だと信じているからです。

 そして女性を助けた後は。ムフフと、ハーブは笑いました。

「ゴルァ!!」

 ハーブは平原に降り立ち、サメに向かって叫びました。

「魚類風情が、なに人間様を襲っとんのじゃあ!!」

 今、まさに女性に食いつこうとしていたサメと、食いつかれようとしていた女性がハーブを振り返ります。

 おお、とハーブは心の中で感嘆の声を上げました。

 長い長い金髪。大きな青い瞳。ピンク色の唇。そして、抜けるように白い肌。

 まるで絵に描いたような金髪碧眼の美少女です。

 俄然ヤル気を出して、ハーブは足元の石ころを拾いました。流石に素手で勝負する気はありません。

「人間様の力を見せてやるわ!」

 ハーブは大きく振りかぶり、全力で手にした石を放ちました。

 石は渦を巻いて一直線にサメに向かって……は、いきませんでした。

 へろへろっと山なりの石が、サメのはるか手前でポトリと落ちました。

「あれっ?」

 サメがハーブに向き直ります。どうも怒っているようです。もっとも、ホントにそんな感情がサメにあるかどうかは判りません。ですが、少なくともサメが狙いをハーブに変えたことだけは確かでした。

 遠くで身を隠して成り行きを見守っていた小太郎は呟きました。

「サヨナラ、ハーブ。短い付き合いだったな」

 サメが大きく口を開き、ハーブに襲い掛かりました。

「ヒェェェェッ」

 ハーブは身を躱そうとして、足を滑らせ、ゴチン。目の前を青い星が飛びます。サメがハーブの頭上を風を巻いて通過しました。

 あたふたとハーブは立ち上がり、サメが方向転換し。

「あっち行け、**魚類!」

 ハーブはサメに向かって叫びながら手を振り回し、突然、何かに殴られたかのようにサメが吹っ飛びました。

「ん?」

 ハーブは手を振り回すのをやめました。

 触った訳ではないのに、何かを殴ったかのような手応えがありました。

 よろよろとサメが空中で態勢を立て直そうとしています。

「もしかして」

 ハーブは拳を握りしめ、サメに狙いを定めて、ただしその場で、拳を思いっきり振り抜きました。鈍い手応え。と、ぐしゃっという鈍い音。

 サメの鼻づらが叩き潰され、真っ赤な血を撒き散らしながら、サメは吹っ飛んで行きました。

「おお!」

 ハーブと同じように、岩陰で小太郎も「おお」と声を上げていました。「アイツ、もしかして……」

「どうだ、人間様の力を思い知ったか!」

 ぴくぴくと痙攣しているサメに向かってハーブは叫び、襲われていた美少女に向き直りました。

 ハーブを見つめる少女の瞳には、ハーブを賛美する輝きがありました。

「大丈夫ですか。お嬢さん」

 ハーブは少女に歩み寄り、声をかけました。

 しかしショックのあまり口がきけないのか、少女は笑みを浮かべて口をパクパクさせるだけです。

 その時になってハーブは、彼女が上半身に何も着ておらず、裸なのにようやく気づきました。細い首、なだらかな肩。ムフフなムフフ。そして。

 あれっとハーブは思いました。

 何か変です。

 もう一度、少女を見直します。

 細い首、なだらかな肩。ムフフなムフフ。そして、魚の尾びれのような尻尾。

「えええええええええっ!」

 少女は人間ではありませんでした。

 彼女は、とても可愛らしい人魚だったのです。

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