幻想部品-流涙縛血【リュウルイバクケツ】
ビュウビュウと吹き荒れる風が、外から内へと古びた建物の中を通り抜ける。
建物の内部に存在感を出している木材は、湿り気を隠そうともしておらず、
黒いカビのような部分を表面に見せつけながら、
腐った部分の柔らかさがこの建物の劣化具合を表している。
出入り口となっている扉を過ぎ、リビング部分へと風が通るのに合わせて、
白骨化した誰かの亡骸が、手を伸ばして。
眠りについたのを見て見ぬ振りするように風はそのまま通り過ぎた。
辺りにはキラキラと絹糸のように光る白い髪が散らばっている。
何かを置いていくような雰囲気を残して、風はさらに上へと上がっていく。
二階へ上がった風はすぐ近くにある穴の開いた扉の中へと進む。
風の入った部屋の中には埃被った枕と広めの寝具が一つ置いてあった。
寝具の上の方には、レンズの割れた黒ぶち眼鏡、古びた額縁が置いてあった。
寝具の隅には誰かが履いていたであろう白いワンピースが一着、砂と埃塗れで佇んでいる。
風は寝室の場所からサッと下に溶けて行く。溶けた風の後には、人の姿など無く。
二階から見える庭には草が伸び切り生い茂っているのが見えた。
変わらない事なんてなくて、変わる事は悲惨な事ばかりだ。
誰も居なかった寝室には、一つの影がジッと浮かび上がったまま動かない。
「穏やかな日常なんて、そもそも幻想なんだ」その幻想に身を沈めてしまえば、
其れから抜け出すにはいくつかの方法を取るしかないと。
三人分の、悲しみと憎悪が一つの身体の中で混ざり合うその瞬間、
わたしたちは全員泣いていたのかもしれない。
割れ錆びた二階の窓から、外の景色を眺める。
わたしたちの帰りを待っていた母はどんな気持ちでその最後を終えたのか。
母の命が消えゆく中、焦りを隠しながらわたしたちをなだめようとした父の心はどんな色をして、
どんな風に揺れ動いていただろうか。
今となっては、そんなこともうどうにもならない。
其れならば、抜け出すために、相当の数のカタチを集めなければ――。
錆び割れた二階の窓から離れ、階段を降りて行く。
リビングの横たわる今は無き母の笑顔を思い出して、「ごめんね、おかあさん」
そう呟いて外へ出た。
外に出ると、外は重く灰色と黒の混ざった雲が空を覆っていて、
今にも雨粒が落ちてきそうだった。
――はやくふってくれたらいいのに。
そんなことを心が呟いた。
今大雨が降ってくれたら、わたしはまだ、ちゃんと、一生懸命に涙を流せるはずだから。
ゴウと唸りを上げる空は紫色の雷をスッと光らせる。
雷のときは、いつもおかあさんとおとうさんがいっしょにいて――――。
グッと握る手の中に在るのは、哀れみか悲しさか。
そんなこと、もう、どうでもいい。
息をふっと吐いた後、今までの憎悪を向けるべく、鈍色の雲に染まった空を鋭く睨んだ。
「さてと、この幻想から抜け出すべく、沢山の死を集めに行こうか。」
自分に言い聞かせたのか、今はもういない家族に言ったのか、そんなことも、どうでもいい。
私は、ただ一秒でも早くこの幻想から抜け出したい。
そのための一歩として、私は鈍色の空に向かって、一閃の雷のように飛んでゆく。
私の名前は――ベロベリベル。
死と慈しみの宝石のように幾多の想いを死に至らしめる、アメジスティディスの名を纏う獣。
帰る場所なんて何処にもない、変えられる事なんて何もない。
其れでも私は、砕き続ける。
人から獣へ成り果てた哀れなナニかは、自らの場所から遠ざかっていく。
延々では無く永遠と。
人の居なくなった建物は、静かに砂となって崩れて行く。
其れを彼女自身、観る事が無かったのは、最後の幸せなのかもしれない。