神様は少女と愛す
神様はアイスを愛す
神様だから、何にも食べなくても死なない。
仕事はたくさんあるけど、部下だってたくさんいるし、最近は労働局がうるさいから、神様の私でも1日8時間労働の完全週休2日制。
無駄に1日を持て余すことも増えた。
そんな日は人間界を見渡すことも多かったが、人間たちが食べているものになんか興味はなかった。
それが変わったのだ。
仕事で行った天国の入り口で一人の少女と出会って変わったのだ。
ついさっき死んだらしい少女は棒にくっついた四角い、白い氷を持ってこちらにやってきた。
それは何かと尋ねると
「わたしの大好きなミルクアイスです」
と、教えてくれた。
少女が私にアイスを差し出した。
「かじってみてください神様、とっても美味しいですよ」
少女は若いまま死んだだけあってまるで生きているような艶やかな頬を引き上げて、ふふっと笑った。
わたしは神様だから何をされても何を食べても死なない、故に恐れもない。
言われるがままにかじった。
すると、どうだろう。
白い氷は氷のくせに柔らかく、細かい粒がシャリシャリと歯に当たったかと思えば、溶けて甘い水になり氷と水の冷ややかさが口から喉につるりと通り抜けて、胸の真ん中が少し痛むくらいヒヤリとする。
これが、アイスというものなのか。
凄まじく幸せな感情が駆け巡る。
アイスをかじる私を見て、少女は今度は綺麗な白い歯を見せて、さっきよりも大きく、でも上品に笑った。
「神様はアイスがお好きなんですね」
私は笑顔で頷いた。
「では、全部差し上げますわ」
アイスは棒にあと半分以上残っている。
本当に貰っていいのだろうか。
アイスと少女の顔を交互に見ると、少女は、どうぞという代わりにか、こくりと頷いた。
「神様は、思っていたよりずっとお茶目なのですね、死ぬのが怖かったけれど天国でも上手くやっていけそうな気がします」
依然として和かな顔が私を見つめた。
嬉しさに少し乱れた息を整えてアイスを一気に頬張る。
口いっぱいの甘さ、胸のあたりと頭に冷たさが抜けて痛む。
雪が溶けるようにじわじわと味が消え、つるりと喉にながれていく。
気づけば残った棒も名残惜しくて、じっと見つめてしまっていた。
「神様、ずっと見ていてもアイスは生えてきませんよ、それより天国で手続きをしなさいと来る途中に言われたのですが、知りませんか」
少女に顔を覗き込まれ、我に帰った。
アイスに夢中になっていたけれど、そういえば仕事中だった。
神様とて定期的に、直接手続きをする仕事もあるのだ。
手続きが終わると、少女は深呼吸をしてから呟いた。
「天国でもミルクアイスが毎日食べられたならわたしも神様も幸せね」
私は手を叩いて賛同した。
さっそく記憶を頼りに毎日ミルクアイスを作った。
一度食べたものを生み出すのは私にとっては容易いことだ。
そうして少女と2人で食べた。
少女は同じ味だと喜んだ。
その日から少女と一緒に片手にミルクアイスを持って人間界を見るのがわたしの楽しみとなった。
「お母さん、わたしが死んでから初めて笑った、うれしいわ」
少女の笑顔と優しい甘さのミルクアイス。
人間界を見ることに必死な横顔を盗み見ること。
すべてが幸せだった。
少女が生まれ変わる日、私にとっては初めて少女と出会ってからとても早く感じたが、幼いまま死んだ彼女にとってはどうだったのだろう。
神様だからといって、分かるわけがなかった。
「わたし、次は重い病気なんかじゃなくってアイスの食べ過ぎで死にたいわ」
そうやっていうから軽く頭を撫でて、冗談はやめなさいと言ってやった。
「小さい頃から大好きだったミルクアイス、最後に母が食べさせてくれたのです」
全部、知っていることだ。
わたしは神様だから。
ベットに座った、年齢の割に小さく細く弱々しい少女。
棒のついた白い氷をを母から受け取って、一口舐めた途端、笑顔になった。
そして母も、笑顔になっていた。
少女はそうしてから間もなくこちらへ来た。
知っていると伝えると
「神様ですものね」
と笑われてしまった。
それからこちらへ一礼した少女は、天国の出口のドアを勢いよく蹴って飛び出していった。
私は見えなくなるまで手を振ったあとすっかり好物になったミルクアイスをかじった。
凄まじく幸せなはずだった。
だけど今日はどこか味気ない、なぜだろう。
あまり出来がよくなかったか、食べ慣れたせいなのかもしれない。
ああ、今日の仕事を終えればまた、ひとりぼっちの休日がやってくる。