第9話_コレが切り札?
第9話_コレが切り札?
「松と、すすきと、利美姉で、白髪鬼の右腕を消滅させたの!」
「そうなんです。利美お姉ちゃんと協力して戦いました♪」
利美先輩に両脇から抱き付きながら、松とすすきが自慢げな様子で尻尾を振った。
利美先輩達に何があったのかは知らないけれど、松とすすきの二匹はすっかり利美先輩に懐いている。大学生のお姉さんと、それにじゃれつく中学生の姪っ子みたいな微笑ましい光景。
赤いアンダーリムのメガネの奥から優しい眼差しを松とすすきに向けて、二匹の頭を撫でながら、利美先輩がゆっくりと口を開く。
「白髪鬼は、首だけになって逃げてしまいましたね。……倒せなかったのが残念です」
「ああ。あたいの百鬼夜行に取り込んだはずなのに、あの親玉のせいで逃げられてしまった」
少し不機嫌そうな若宮さんの言葉の直後、小さな静寂が場を包んだ。
白髪鬼を逃がしたことよりも、白髪鬼の背後にいる謎の妖しのことが、みんな気がかりみたいだった。
取り繕うみたいに夜桜様が口を開く。
「えっと、若宮さん――とりあえず、ここまでの全員の話をまとめると、白髪鬼はしばらく現れないということですよね。首だけになって逃げてしまいましたし、白髪鬼の親玉も『また近いうちに~』って言っていましたから。それが分かっただけでも大収穫ですよ」
「でも現状では、あたいらに勝ち目が無いな。この次ぶつかったら、戦力不足で白髪鬼の親玉にやられてしまう。――違うか?」
若宮さんの言葉に、夜桜様が困ったような表情を浮かべて、ゆっくりと視線を下に向ける。
「それは……違いませんね。このままでは、私の地域の妖しは攫われ続け、利美さんの呪いが解けることもありません。何もかも、お終いです……」
弱気な夜桜様の言葉に、何かを思いついたというような表情で、若宮さんが言葉を発する。
「なぁ、極端なことを言うかもしれないが、夜桜さんが前線に出ることは出来ないのか? 見たところ、あたいは妖力が半減しているし、この中じゃ一番の力を持っているのは夜桜さんだろう? 何故、積極的に戦わない?」
若宮さんの言葉に、申し訳なさそうな様子で夜桜様が口を開く。
「それは――私の力は神社を守るためにあるので、神社の半径一キロメートル以内じゃないと力が出せないんです。お恥ずかしい話ですが、神社から離れるごとに力が減っていくので……神社から三キロメートルも離れてしまったら、松やすすきと同程度か、それ以下の力しか出せないと思います」
その言葉に若宮さんが、小さく反応した。
「守護する土地に限定することで強大な力を得る――まさに土地神だな。それなら、夜桜さん。松やすすき以外に白髪鬼と戦えそうな妖しはいるのか? この土地には自警団もあるって、あたいは聞いているけれどさ?」
夜桜様が困ったような表情を浮かべる。
「いえ、恐縮なのですが……自警団では、束になっても白髪鬼にすら敵わないのが現状です。自警団は何かと協力してくれるのですが、白髪鬼の親玉を討伐するのには力不足だと思います」
若宮さんが、何かを考えるといった様子で腕組みをして、ゆっくりと言葉を発する。
「まさかと思うが、黒神島地域の『土地棲みの大妖し』も弱いのか? これだけの地域なら、それなりの妖力を持つ大妖しが地主として棲んでいるはずだけれど――戦力にならないのか?」
利美先輩が不思議そうな表情を浮かべたから「土地棲みの大妖しとは、その土地のヌシのことです」と小声で説明をする。そんな僕らを横目で見ながら、夜桜様が口を開いた。
「えっと、黒神島の土地に古くから棲む地主さんは七匹いるのですが――大きな妖力を持つ存在ゆえに自我が強いのです。私自身、まだこの土地の守護を任されてから半年と日が浅いせいもあって、なかなかこの土地の地主さんに自警団以上の協力してもらえないのが現状で……」
「夜桜さん、それは本当か? 何匹もの妖しが連れ去られている大事件なのにか?」
驚いたような若宮さんの言葉に、夜桜様の表情が暗くなる。
「ええ、申し訳ないのですが、どの地主さんも『土地神が何とかするのが仕事だろう? 自警団の人員は足りているだろう?』と言うばかりで……」
夜桜様がため息をつく。
でも若宮さんは、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「あたいが思った通り、夜桜さんは人望が無いんだな♪」
一瞬で、空気がピリッと凍り付いた。
若宮さんの言葉に夜桜様が、むっとした表情を浮かべる。
「私、人望が無くはありません。実際、こうして松やすすきがいます。それに――」
「見栄を張らなくて良いよ。今は人望が無い、別に良いじゃないか。今回の件を地主の力を借りずに丸く納められたら、夜桜さんの株が大きく上がるのは間違いないよね?」
にぃっと悪い微笑みを浮かべて、若宮さんが言葉を続ける。
「だから、あたいと取引しようよ。あたいには、白髪鬼とその親玉を消滅させる切り札がある」
「……切り札、ですか? ――いえ、その前に取引とはどういう意味です?」
夜桜様が困惑したような表情で聞いた。
若宮さんが嬉しそうに口を開く。
「言葉の通り取引だよ。今回の白髪鬼の事件を無事に解決できたら、あたいを『黒神島地域の地主の一人』にしてくれないか? 土地は黒神島学園高等部の敷地だけでいい。配下の妖しも今はいらない。ただ、将来的に、夜桜さんが他の地主達と会合を開く場合に、あたいも必ず出席させて欲しいんだ」
「そんなこと……私一人の判断では難しいです」
「そっか、それじゃ止めとくか? もったいないなぁ、無責任だなぁ。切り札があるのに使わないで、白髪鬼とその親玉に好き放題させておくのかぁ。そうなると、人望の無い夜桜さんは、黒神島地域の腹黒い地主達にあることないこと吹聴されて、全ての責任を押し付けられた上に、神社から追い出されるんだろうなぁ♪」
子猫をいたぶるカラスみたいに、若宮さんは残酷な声色で囁いた。自分が絶対的強者の立場に立っていると分かっている時に出る、若宮さんの悪い癖。
夜桜様は困ったような表情を浮かべたまま、何かを考えている。
そりゃ、いきなり若宮さんを――余所の土地のたたり神を――地主として迎えろというのは無理な交渉だと思う。僕の実家の裏山に、御社も土地もあるのに……一体、若宮さんは何を考えているのだろう?
「なぁに、そんなに迷うことはないよ、夜桜さん。あたいは地主になったからって長居はしない。あたいは広郷にとり憑くたたり神だから、どんなに長くても広郷が大学を卒業して桜島を出たら、それに憑いて出て行く。それに地主になる条件は成功報酬で良い。白髪鬼を退けた『名誉地主』とか言って、期間限定の肩書を作ってくれるだけで構わない。これは良い取引じゃないか?」
若宮さんの言葉に意志を決めたのか、真剣な表情で夜桜様が頷く。
「分かりました。他の地主さんに掛け合ってみないといけませんが、『期間限定』ってことなら、私の責任で何とかさせてみせます。なので、切り札とやらを教えていただけますか?」
「ああ、分かった。――切り札は、広郷だよ♪」
ぽんぽんっと若宮さんが僕の頭を叩いた。全員の視線が僕に集まる。
「えっと、僕ですか?」
「そう、広郷が切り札♪」
夜桜様と松のじとっとした疑いの視線。利美先輩とすすきのキラキラした期待のまなざし。どちらかと言えば前者の方に僕自身の感情は近い。
「広郷~、そんな顔をするなよ。広郷はあたいの神降人。あたいの切り札。具体的に言うなら、神器を――広郷の場合は霊剣を――持つことで、その力を数倍に引き上げることができる。その能力を今回は使おうと思っているんだ」
神器? 霊剣? 力が上がる? どういう意味だろう?
「えっと、霊剣を持つと僕の妖力が上がるんですか? そんなの初めて聞きましたけれど」
「うん。あたいは広郷に殺されたくないから、ずっと黙ってた♪」
てへっと、悪戯がばれた子どもみたいな表情を浮かべて、若宮さんが笑った。
余計に訳が分からなくなって混乱してしまう。
「僕に黙っていたって、どういう意味です?」
「いや、だって、広郷ってあたいの神降人のくせに反抗的だろ? 『妖力補給』以上の力を与えると、図に乗りそうだなぁって思ってさ~」
にやりと若宮さんが笑って、意味深な表情を作った。
「そんなことありませんよ。どんなことがあっても、僕は若宮さんに手は上げません」
「嘘付き。例えばさ、白髪鬼を倒せる力があるって分かっていたら、広郷は最初から利美を助けるって言って聞かなかっただろう?」
「うっ……助けられるんですから、助けますよ」
「うん、それが大きな勘違い。力を持つということは、それだけ危険に身を晒すことになると、あたいは考えている。あたいは広郷のたたり神。広郷が死んでしまうと急激に力が弱まってしまう。だから、広郷が死に急ぐことは、あたいにとっては広郷に殺されるようなものだよね?」
「えっと、それは……今後、きちんと考えて行動します」
僕と若宮さんのやり取りを見ていた夜桜様が、不思議そうな表情で首をかしげた。
「あの、若宮さんにとってリスクが少なくないのに――何故、今回協力してくれる気になったのですか? 神器を使って神降人の霊力を上げる方法は、とっくの昔に廃れた幻の技法。今まで神降人の広郷さん本人にも内緒にしていたような、重要なことですよね?」
若干の不安が込められた夜桜様の言葉に、若宮さんが自慢げに微笑む。
「別に夜桜さんや利美のためじゃない。このまま白髪鬼と親玉を放置しておく方が、あたいと広郷の脅威になると思ったからだよ。白髪鬼の親玉は、あたいの百鬼夜行を取り込みやがった。白髪鬼においては広郷に呪いをかけようとしてきた。だから、あいつらはここで倒さないと危険だ。例えあたいの切り札を使うことになっても、放置するわけにはいかない」
真面目な表情でそう言うと、若宮さんが言葉を続ける。
「――ということで広郷。本当は渡したくなかったけれど、とっておきの霊剣をあたいが授けてあげよう♪ これを使いこなせれば、広郷は強くなれるぞ!」
若宮さんが自らの胸元に手を突っ込んで、ぞぞりと細長い物を取り出す。
出てきたのはプラスチックのライ○セイバー。工事現場の誘導員が持っているアレ。正式名称は、確か『誘導棒』とかいう名前だったと思う。若宮さん以外の全員が、拍子抜けしているのが分かってしまった。
「若宮さん、これがとっておきの霊剣ですか?」
「ああ、広郷。格好良いだろ? さっき工事現場の隅に転がっていたのを拝借してきた」
そう言って笑うと、若宮さんが誘導棒を左右に振った。LEDが光って赤色の残像が発生する。多分、最新式。夜桜様が困惑した表情で口を開いた。
「これが切り札ですか? ちょっとありえないです」
「僕もそう思います。若宮さん、本当は、もっとちゃんとした霊剣があるんですよね?」
「いや、広郷、これが神器になるんだぞ? ――っていうか、本当のことを言うなら、霊剣を作るのは棒状のモノなら何でも良いんだ。木の枝でも竹輪でも、上手く妖力さえ込められれば何でも霊剣に変化させることができる。――ほら、白髪鬼が傘を細剣にしていただろ? 同じ原理だ」
若宮さんに言われて思い出す。
確かに、白髪鬼は日傘を丸めて細剣に変化させていた。この誘導棒も妖力を込めたら、きちんとした霊剣になるのだろうか? ――ふと気が付くと、誘導棒に興味津々といった様子で松とすすきが若宮さんの隣に来ていた。二匹とも、LEDの輝きに合わせて犬耳がぴこぴこ動いている。
「松には武器無いの?」「すすきには武器無いんですか?」
「二匹とも鉤爪を具現化出来ているだろう? 武器を持っていないのは、広郷だけだ」
「え~、広郷だけ、ずるいっ!」「にぃにぃ、良いなぁ~」
うらやましそうな視線を二匹から向けられてしまった。
若宮さんがくすりと笑う。
「誘導棒、意外と人気あるんだな。こんなことなら、あと二本もらってくれば良かったよ。でもさ、冗談抜きでコレを使いこなせれば、白髪鬼程度なら『余裕で』勝てるぞ?」
若宮さんは「余裕で」を強調して言った。若宮さんが誘導棒を握り締める。
ぶわんっと羽虫が飛ぶような音を立て、赤黒色に輝く霊剣が生まれた。
きゃっと悲鳴を上げて松とすすきが若宮さんから飛び退いた。
ぞわりと背筋が凍る。まるで百鬼夜行が発生したみたいな威圧感を感じた。
「ま、あたいが霊剣を具現化したらこんな感じかな。とは言っても、あたいが具現化させても単なる武器になるだけで、特に妖力が上がる訳ではないんだが――神降人の広郷の場合は違う。神降人が霊剣を持つことは神との接続を意味し、爆発的に妖力を上げることが出来るんだ」
「神との接続?」「せつぞく?」
松とすすきが不思議そうな表情で言葉を繰り返した。
「そう、神との接続。簡単に言えばさ、人の身である広郷が、たたり神のあたいの力を霊剣という触媒を使って引き出せることを意味するんだ。呪い、呪われ、祟り、祟られ、壺毒のような鬱屈した深淵の底に燻っている闇の魂達を、純粋な妖力に変換して己の力に変える――結構、レアな能力だぞ?」
ぽんっと霊剣を投げる若宮さん。
無造作に投げられたそれを手で受け止めて良いのか迷った瞬間、霊剣は空中で元の誘導棒に戻った。くるくる回る誘導棒をキャッチしてから、軽く誘導棒を振ってみる。
チカチカとLEDが点滅した。
ふふっと若宮さんが噴き出す。
「悪い、霊剣を作る時は毎回あたいが最初に妖力補給しないと作れないぞ。所詮、広郷はあたいの神降人。あたいの同意が無いと、あたいの力は使えないし引き出せない。――ってことで広郷に妖力補給三六〇秒」
若宮さんが、いつもよりゆっくりと祝詞を唱える。
視界が暗転して、全身に妖力が漲った。
「広郷、イメージしろ。自分の手の先に、もう一つの手があるような感じだ。誘導棒も身体の一部だと思えれば、比較的簡単に妖力を込めることができるはずだぞ」
若宮さんに言われた通りにイメージする。ぶんっと音がしてライ○セイバーが白銀色の日本刀に変化する――わけがない。誘導棒は所詮、誘導棒のまま。全員の期待の眼差しが、少し白けたのが分かってしまった。
「まっ、初めてはそんなもんだよな~。時間はあるから、気長に挑戦しておけ♪」
若宮さんが、僕をなぐさめるように苦笑した。
(第10話_若宮さんのアドバイスへ続く)